短編~黒龍編~
短編01 アレースとリシャーナの出会い
※短編は本編を読んでから読むことをお勧めします。
ネタバレや、次の話しへ関係ある内容のものもあります。
目の前にいる人物を別に嫌ってはいない。ただ、苦手なだけなのだ。
ウェイバーに紹介され、やって来た彼女はずっと話している。疲れることはないのかと、気になるが口を挟む隙すらない。
夜中にウェイバーから連絡が来て、今日彼女がやってくることを告げられたが、何を思って会わせようと思ったのかは分からなかった。だが、ずっと話し続ける彼女の言葉を聞いてなんとなく紹介した理由が分かった。
彼女は多くのことを知っているのだ。その中にはウェイバーが知っていても自分が知らないことや、自分が知っていてもウェイバーが知らないことなども含まれている。
それなのに彼女はそれを知っているのだ。夜中の連絡で彼女が情報屋だとは聞いていたが、まさかそんなことまで知っているとは思わなかった。
自分が知っていることは城にいる者の数人程度にしか教えていないことだ。それも、信頼出来る人物にだけ。まさか城に一度も入ったこともない彼女が知っているとは思わなかった。
誰かが話したのかとも思ったが、そんなはずはない。誰もが彼女を見たら必ず自分に話すだろう見た目をしているのだから。
彼女はとても目立つ。それもそのはずだ。この国では見ることはないと言っても良い見た目をしているのだから。
誰かが彼女を見たのなら、必ず耳に入ってくるだろう。彼女はクロイズ王国の人間なのだから。黒い髪だけではなく、黒い服を着ているのだ。耳に入らないわけがない。
マスクの下の顔が見えないからなのか、彼女は話し続ける。彼女が話すのは、最近クロイズ王国とヴェルリオ王国周辺で起きた出来事ばかりだ。
誰がいなくなった。誰が捕まった。彼処は危ない。など様々だ。
ただ、彼女の口からスカジの名前が出たときは驚いた。元々この国の人間ではないから、知っていてもおかしくはないのだが、少し警戒しているようだった。
だが、話す内容は警戒するようなものではなく、召喚するところを誰も見たことがないということ。
確かにスカジが何かを召喚するところを見たことはないし、召喚した何かを連れているところも見たことはない。それなのに、何故専属召喚士としてそばに置いているのかと疑問なのだろう。
そんなこと一度も考えたことはなかった。彼女の言葉に俺が疑問を覚えてはいけないと思う。そう思ってはいけないのだ。何故スカジが専属召喚士なのか。
「そういえば」
彼女は突然何かを思い出したかのように、顎に手を当てて天井を見上げた。スカジの話しは終わったようだ。
口元に笑みを浮かべて、俺をゆっくりと見る彼女はいったい何を思い出したのか。正直言って、彼女の考えていることは分からない。会ったばかりだからというだけではなく、今後も分からないだろう。
「エリスに会ったわよ」
こいつは何を言い出すのか。そうとしか思えなかった。ウェイバーはきっとエリスのことを話してはいないだろう。彼女は情報屋なのだ。だから、知っているのだろう。
そうとは思うのだが、俺は公言してはいないのだ。エリスは妹だと。それなのに彼女は俺にエリスに会ったと言う。何故かは分からない。情報屋だから知っている。本当にそうなのか。
「貴方とエリスってそっくりなのよね。情報屋としては前から知っていた情報なんだけど。マスクで目元を隠しているといっても、そっくりなのよ。金髪青目、整った顔立。それに、前国王、前王妃を知っていればその子供も知っている人は多いんじゃないかしら?」
そんな彼女の言葉は聞いていなかった。何故なら嬉しかったからだ。そう、嬉しかったのだ。今まで生きていて一度も言われたことがなかったことを言われて嬉しかった。
俺とエリスがそっくりと。
正直このとき彼女の話しをしっかりと聞いていれば、マスクをつけて自分を偽り国王を演じていなくても良かったのかもしれない。彼女が言うには、国民の多くは俺の正体を知っていることになる。それなら、若いからなめられるのではという心配などしなくても良かったはずだ。他国の国王たちの反応はどうかは知らない。俺が一番大事なのは国民。
だが、国民に顔を隠しているお陰でエリスと会うときは本当の自分をさらけ出せたのだ。国民が国王の顔を知らないと思っているから、少々情けない姿を見せても安心することが出来た。それなのに、本当は国民は俺の正体を知っていたのだという。
エリスとそっくりと言われていなければ、ショックで固まっていたかもしれない。俺が話しを聞いていないと気がついたのか、彼女は小さく溜息を吐いた。
「それじゃあ、今日はこの辺で失礼するわ。彼に貴方に会えば今後お互いにも良いだろうと言われて来てみたけど……妹好きということを除けば貴方と会ったことは間違いではなかったようだわ。アレース・リュミエール国王陛下」
「……お前は……」
「あら、そういえば名乗っていなかったわ。話すことに夢中で忘れてたわね。ときどきあるのよ、そういうことが、ときどきじゃないかいら? 私を知っている人に言わせればいつものことなのかも」
息を吸うことなく一息で言う彼女に、またはじまったと頭を抱えたくなる。また彼女は自分の名前を名乗らずに語るのだろうと思うと頭が痛い。しかし、失礼すると言ったことは忘れていなかったのか、それともこのあと用事でもあるのか彼女は語りはじめることはなかった。
「私は、リシャーナ・ヘヴンズ・ヘルヴィス。これでもあなたの嫌いな魔物……獣人と人間のクウォーターよ。といっても、ほとんど人間の血しか混ざってないから見ただけじゃ分からないでしょうけどね」
微笑んで「私は貴方が嫌いなものの血も少しだけ混ざっているのよ」と言って彼女――リシャーナは俺に背を向けた。扉の前で振り返り、何も言わずに手を振ると扉を開けて部屋から出て行った。
俺は何も言わず体から力を抜いた。とても疲れたのだ。リシャーナとの出会いは良いものだったとは思う。様々な情報を持っているのだ。彼女のような情報屋は秘密は秘密として誰にも話さないだろうという確信があった。
だが、苦手なこととは別だ。彼女の弾丸のように一方的に話してくるのは、何処で話しかけて良いのかも分からないため苦手だ。今後彼女とのつき合いは長くなるだろうことは分かる。だが、彼女が苦手だということも変わらないだろうと言うことも何故か分かってしまったのだった。
短編01 アレースとリシャーナの出会い 終
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そして、このあとリシャーナはエリスとお茶をする。
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