選定と淘汰と花束を⑥
「まだだ、まだ弱い。強いやつは居ないのか、私は強くならなければ……強く、もっとつよ……」
「お痛をする子は君かなー」
死角から入り込んで来ていた残党を斬ろうとしていたが、降って来たチェリーが先に地面にこびりつかせてしまう。
垂直に槍を抜いたチェリーは私に向けて頷いてみせるが、残党の手応えの無さと、獲物を取られた苛立ちも相俟って、余計に焦りが降り積もる。
「邪魔だ、今のは私がやろうとしていただろ」
「……そーか、それは悪かったね。間に合わないと思ったけど、君なら大丈夫だったかい?」
「いえクライネ様、今の攻撃はどう立ち回っても間に合いませんでした。チェリーの判断は……」
「いや間に合った! 余計なお世話だって言って……」
「どうしてですか……どうして喧嘩になるんですか。クライネ様、私たち3人は貴女の事だけを想って今まで共に居ました。私だって気付いていたんです……貴女は私を唯の側近としか思ってくれていないと」
静かに深く重い言葉を吐き出し続けていたナハトの翼が黒く染まり、その翼から瘴気の様なものが滲み出ていて、数年前と同じ光景が広がる。
それまで手を動かし続けていた残党もそれに戸惑い、戦闘どころではなくなっていた。
唯一以前と変わっている所と言えば、瘴気の量と胸を締め付けるような空気の重さが、比じゃない程に強くなっている事と、突然夜が訪れた事だ。
燃え上がった炎の中から現れた女性は私を認めてから目を少し大きくし、持っていた杖を軽く振るう。
何かに引っ張られる体が女性の前まで移動し、何故か身動きが取れない私の顔をまじまじと見る。
杖の先で私の顎を上げ、唇を舌で舐められる。
「似ている、最果ての騎士にはなれなかった英雄に。世界を救えなかった廃墟、アトラルは百年戦争でも見たが……」
「チッ、やっぱり貴女なのね〜。何で死人がこんなところに〜、あらぁ〜……ナハトちゃん頑張っちゃったのね〜。ヨルムちゃん困るわぁ〜」
女性はひらりと宙を舞い、どこからか降ってきたヨルムの一撃を容易く避け、ささやかな反撃に氷塊を飛ばす。
それをまた容易く砕いたヨルムが毒で形成された槍を構えると、轟音と共に雷が降り注ぎ、イシュタルが光の中から姿を現す。
「黒雷姫と最果ての魔女、トールが言っていた通りね。金色とトールがぶつかり合い、神王が神域を作る為に動けなくなるこの時だって。でもね、私たちも居るのよ」
「よく知ってるねあたしの事、それにトールか。久し振りに聞く名前、元気にやってる?」
「教えてあげない、自分の子の生死を知りたいなら。まずは私たちを殺したら?」
「そうさせてもおうかしら、殺さないとずっと邪魔でもするつもりなんでしょ? グリダヴォル!」
無言の返事で返したイシュタルが雷を放ち、その光に隠れて肉薄したヨルムが槍をぶつけるが、どちらも見えない壁に阻まれる。
それを分かっていた2人は2手に分かれて立て続けに波状攻撃を仕掛け、女性が杖で攻撃を受けるまで壁を削り切る。
両手に槍を携えたヨルムの猛攻に生じる、たった一瞬の隙を埋め込む様にイシュタルが雷をぶつけ、女性を攻めに転じさせない。
今まで見た事も無い程の神力がぶつかり合い、大気が揺れ、ぶつかり合うごとに地響きが鳴る。
だが、槍を握るヨルムの手から血が滲み始めると、予想していなかった隙が生じ、それを見逃さなかった女性が杖を振るう。
突然牙を向いた炎が2人を吹き飛ばし、ヨルムを空高く舞わせ、イシュタルを地平線の向こうに飛ばしてしまう。
どちらも目視出来ない場所まで消えると、今度は何とか残った理性で私を守ろうとするナハトに狙いを変える。
だが、チェリーとリュリュは何も構えずに立っていて、敵意が無いと分かった女性は辛うじて自我を保っているナハトだけに杖を向ける。
「チェリー、リュリュ。クライネ様をお守りしないといけないのに、何で何も構えないの」
「そりゃ……聖君じゃない王に仕えるなんて、気分が悪い以外ないだろう。だから私は何もしない、騎士として貫くものはもう無いからね」
「リュリュも今のクライネは駄目だと思う、何も見えてなくて怖い」
「あらら、同じ名前だから驚いたけど。こんなに良い眷属が居ても、誰も覚醒してないのは貴女の無能が原因じゃないかしら」
「黙れ!」
ナハトを退けて女性に飛び掛るが、再び張られていた見えない壁に阻まれ、逆手持ちで突き立てたナイフが行き場を無くす。
強行突破しようとあるだけ魔力を使って雷をぶつけるが、無表情はピクリとも変わらない。
「はぁ〜ん……神核持ちってことは神、いや私と同じアトラルなのか。後から入れられた神核を……」
「私を見ろ! お前を殺す私をだ」
「残念だけど、ここに用は無いの。黒騎士に会わないとね」
「待て、まだ終わってなど……」
聞く耳を持たない女性は突然消えてしまい、結局何も出来ないまま場が収束し、掻き乱すだけ掻き乱して消えてしまった。
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