黒雷姫①

青年の中隊、300騎が先行して本隊の左に逸れ、左方の半獣種の1万に向かっていく。

少しでも早く撤退させてあげられるように速度を上げ、前方から来る龍鱗種はヨルムとジャンヌが迎え撃つ。


少しでも敵の隊列を伸ばして戦いやすくする為に、少し険しくなるが渓谷を行くと決断した。

本隊1200と龍鱗種8000の戦いがどうなるかは分からないが、ヨルムの攻撃力があれば突破出来ない数でもない。


途中、ターニャの講義で習った龍鱗種の姿を思い出す。

姿はトカゲのようなもので、鱗で全身が覆われた、人の様なものだった様な気がする。


「龍鱗種の先頭が見えました!」


ヨルムが振り上げた右手を見て太鼓が鳴らされ、それを合図に全騎士が己の得意とする獲物を構える。

身体能力も体も、自分たちとは桁外れに大きい相手に向かっていく恐怖を、雄叫びで掻き消す様に皆が叫ぶ。


「怯んだ者から散ります! 全員、足を止めずに打ち破って下さい!」


そんな事は言われなくても分かっている、だが、誰かが言う事で隣が倒れても自分は走り続けられる。

走り続けなければ命令違反になる、雄叫びで聞こえていなくとも、彼らにはしっかりと届いた筈だろう。


短期決戦を焦った人類連合は王都付近に1日も駐屯出来ず、その圧倒的な力の差に、無休で撤退を余儀なくされた。

そんな中での疲労感もあって、戦況は圧倒的に不利になっている。


ヨルムが陣頭に立ってもどれだけ減らせるか分からない、実力を知らない新兵に先頭を任せる不安にも、誰も何も言わずに私の判断を信じてくれた。

今回ヨルムの攻撃を避けた両翼が激戦となることを予測して、右翼にはガルドナル将軍、左翼にはエルが万全の体勢で待ち構える。


遂に兵刃が接す位置にまで両軍が接近すると、龍鱗種が一斉に鋭い爪を振り上げる。

自分も剣を抜いて周りの護衛を追い抜き、先頭のヨルムに並ぶ形で刃を振り下ろす。


「王に指一本触れさせるな!」


「新兵に武功を持ってかせるな!」


そう口々に叫ぶ者が前に躍り出ては切り裂かれ、吹き飛ばされてはまた次の者が後を追う様に、唯一信じられる己の刃を踊らせる。

混戦となった戦場を駆け回っていると、前方から吹き飛ばされた騎士と接触して落馬してしまい、体勢を立て直そうと顔を上げると、飛び掛って来ている龍鱗種が目前に居た。


「君はどうしてそう無茶をしたがるかな」


反射的に閉じた瞼を無理矢理開けると、槍で龍鱗種を貫くチェリーが居た。

槍の先で次の攻撃を繰り出そうとする龍鱗種を、今度は真上から降って来たリュリュが斧で砕き潰す。


「ありがとうございます、まだ戦え……」


チェリーに差し出された手を掴もうとした瞬間、地鳴りの様な轟音を上げて、左方から黒い雷が飛来する。


「ここから離れようクライネ、私たちじゃ止められない。ナハトがまた……」


「チェリー!」


立ち尽くしていた私を拾ったチェリーにリュリュが飛び付いて、黒い雷から寸での所で逸れさせる。

両軍が戦う手を止めて黒い雷の方を見詰め、全方向に走る雷の中でこちらに来る黒い雷を必死に掻き消す。


だが、及ばなかった者は跡形も無く塵のように消え去り、断末魔すら死者に残させない。


「ナハトが黒雷姫こくらいきって呼ばれる所以ゆえんは知ってるかな」


「いえ、雷が黒だからですか?」


「あながち間違いじゃないけど、ナハトは不安定になると魔力が黒に染まるんだ。そして自然に悪影響を及ぼしながら増幅し、果てには世界から色が消えるとトールは言ってた」


「それは止めないと駄目ですね」


「クライネの白い魔力とナハトと黒の魔力、相容れない2つはどちらかが必ず死ぬ事になる」


私の中の白い魔力はよく分からないが、不安定なら安定させてあげないと、ナハトもずっと苦しいままだろう。

それにどちらかが死ぬまでやる事も無い、ナハトを止めて落ち着かせればきっとすぐに忘れられるだろう。

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