ACT108 動画投稿の真相

 私は、MIKAの投稿した動画を何度も見返す。

 動画はMKAが歌い、真っ暗な画面に白い文字で歌詞が出ているだけのものだ。

 ファンからしてみれば不満もあるだろう。

 事実、コメント欄には「動画の意味ないよ~」「エンジェルスマイル見せて~」「本物?」など様々なコメントが書き込まれていた。

 どれもこれも顔を見たいという点では一致していた。


 閲覧数は上昇を続けていた。

 ユーチューバーで食っていけるのではないか? と思えるほどの人気ぶりだ。

 メディアもこの動画を取り上げ始め、私たちのデビュー曲なのでは? と騒ぎ始めた。


「もしデビュー曲なら私たちが歌ってないのはおかしいでしょ?」


 真希がテレビに向かって正論を突きつける。

 もちろん、画面の向こうにいるコメンテーターたちは真希に答えない。


 ……って言うか何で一緒にいるの?


 私は真希に視線を送る。

 きっといい顔はしていない。顔が引きつっているのが自分でもわかる。


「なによ、その顔は」


「……別に」


 私たちはオジデック・レコード社に来ていた。

 マネージャー同士の話し合いがあるのだ。

 何故かそのマネージャー同士の話し合いにタレントが同行するという摩訶不思議な状況が起きていた。


「先輩方はこんなところに居ていいんですか? 歌とか聴いたことないんですけど、私たちよりは下手ですよね? 練習しなくていいんですか?」


 MIKAがケンカを売ってくる。

 だが、事実なだけに反論もできない。

 真希は絞り出すように唸った。


「ぐぅ……」


 真希はぐうの音は出るようだ。


「分かってるんだけどね。高野さんに来なさいって言われたら逆らえないよ」


 何とか言い訳(?)をする私。

 折角なのでMIKAに動画投稿の真意を訊いてみることにした。


「ところで、なんで動画投稿したのか聞いてもいい?」


 ……チッ。


 舌打ちが聞こえた気が……いや、考えるのはやめよう。

 MIKAも真希同様に口が達者だ。口論になればほぼ100パーセント負ける。


「あのヤスヒロって子はさみしいだけ。居ない父親の影を歌の中に見出そうとしているだけ」


 呆れるようにMKAが言う。


「それじゃあ、あの曲ってヤスヒロくんの作った曲?」


「歌詞みれば分かるでしょ?」


「いや、初めて聞いた曲だったし」


 半ばキレ気味で「私があんなヘンテコな歌詞書くわけないでしょ!」とMIKA。

 それはそれでヤスヒロに失礼な気もするが……。


「自分でも作詞家は無理って気付いたんでしょうね。この歌以外は作曲だけで歌詞は付けてないから」


 天は二物を与えないという事か。

 ヤスヒロの才能は作曲に振れているようだ。

 音楽については素人なので私にはよく判らない。


「初めて彼が投稿した曲は曲調も短調だし、歌詞も下手くそなポエムみたいで自分に酔ってる節があるのよね」


 絶対本人の前で言ったらダメだからね!?

 口が悪すぎる。芸能界で真希以上の腹黒はいないと思っていたけど、MIKAは負けず劣らずひどい。


「……でも、ストレートに気持ちが伝わっていい曲だとは思うけど」


 ツンデレ? 今、デレているのか? 分かりづらい。

 ともかく、ヤスヒロのことをバカにはしてないようだ。


「だからこの曲をアップしたわけだしね」


「どうゆうこと?」


「聴いてもらいたい人が居るから、ずっと彼は投稿してきたんだし。私はその手伝いをしただけ」


 ???……どゆこと???

 疑問符が乱立する。


「だって……」


 ヤスヒロのお父さんは亡くなっていて、血のつながりのある家族が居なくなってしまって……


「何か勘違いしてない?」


「え?」


 私はMIKAに疑問符を託す。

 はぁと盛大なため息の後、MIKAが種明かしをしてくれる。



 結果から言えば、ヤスヒロのお父さんは生きている。海外転勤で家に居ないだけであった。

 ヤスヒロが引き籠りになっている理由はイジメが原因。

 お義母さんが匂わせていた血のつながりの件は、自分に心をまだ開いてくれおらず、血のつながりのある夫であれば何か糸口を話してくれるのではないか、という悩みの吐露に過ぎなかった。


 全ては私の早とちり。


 誰も死んでいなくてよかった。確かに芸能界の暗い部分を知っている人間からしてみればヤスヒロは弱い人間に思えるかもしれない。

 真希とかMIKAの陰湿かつ人生を終わらせかねないイジメに比べると、私もMIKA同様の考えをヤスヒロに抱いていたかもしれない。

 それでも絶対に口には出さないけどね。


 ヤスヒロはお父さんに聴いてもらいたくて歌を作った。

 だからお金に執着しなかった。そこには関心を示さなかった。


「だから私は彼の願いをかなえてあげたんです」


 MIKAはやれやれといった様子で肩を竦めながら言った。

 まるで手のかかる弟の手伝いをしたかのようだ。

 まあ、弟のいない私には分からないけどね……。

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