ACT82 いじられ役

「なんや今日は、おばあちゃんみたいやなぁ」

 この日の収録は終始いじられ役だった。

 何とかトークは返せるものの、常時身体を気遣うその様子はまさしくおばあちゃんそのものだった。

 

 いじられ役を一手に担う事になった私を、バラエティー(芸人たち)は容赦なく攻め立てる。

 特に真希は完全に悪ノリをしていた。


「局長。面白いですよホラ」

 そう言って私の脇腹を突く。

「ぴゃあ――ッ!!」

 私の奇声に合わせて真希が笑う。

 大口を開けて笑う。大爆笑である。

 何笑ってんだコラ!

 怒りの鉄槌を――と思ったのだが、身体が言う事を聞かない。

 拳を振り上げたまま私はフリーズする。

 電気が身体を駆け抜けた。

 痛っ。

 動けずにいると、すかさず真希が攻撃してくる。

 突く、揉む、叩く、その一つ一つが今の私にとっては脅威。面白がっているその顔は無性に腹が立つ。

 

 私が全快したら覚えてろ。

 そんな私の決意とは裏腹に、私はノックアウト寸前だった。



「で、ではまた来週~」

 浮かべた笑みは引きつっていたに違いない。

 収録が進むにつれて痛みを増す身体。

 番組の最後には完全におばあさんと化していた。

「はいOKでーす」

 お疲れ様でしたと至る所から声が飛ぶ中、私は地面にへたり込んだ。

 立っていられなかった。

 そんな私を真希は見下ろしながら笑う。

 ほんとにムカつく。


「結衣。今日のアンタ最高よ。てか何よその様は」

「身体中が軋んでるのよ」

「先週もそんな感じだったけど?」

「ぶり返したのよ」

「筋肉痛が遅れてきたみたいな感じ?」

「あー……そんなとこ……かな?」


 事の始まりは先週。

 ソファで寝たのが全ての元凶だ。

 ソファで寝てしまったがために身体を痛めた。

 そのまま収録に向かい、撮影。身体の不調を悟られない様に気丈に振舞った結果が身体の軋みの悪化である。

 悪化した身体の軋みは相当のもので、歩くことすらままならない。

 

 そんな状態で迎えた収録は……成功だったようだ。

 私個人としては失敗もいいところなのだが。番組的には成功だったようで、

「結衣ちゃん今日よかったでぇ」

「ほんまに。終始ボケまくってたからな」

 などと各々の感想を述べてくれる。

 一つ訂正するなら私はボケていたのではない。

 みんなが好き勝手に私に突っ込んでいただけである。

「来週もその調子でよろしくなぁ~」

 来週には全快してるわ!! ……たぶん……。


 それに明日はCM撮影がある。

 菓子屋ファミリーシリーズの撮影だ。

 MIKAが撮影に合流するのだ。

 全国ツアーの合間での撮影ということで、MIKAを中心にスケジュールが組まれている。

 私や真希はもちろん、他の共演者もMIKAに合わせてスケジュールの変更を余儀なくされた。

 特に真希なんかはそのことに憤慨していた。

 まあ、真希は今まで散々周りに迷惑をかけていたから、自分の身勝手さを知るちょうどいい機会だと思う。

 しかし、私を始めとする大多数の出演者はいい人(真面目)だからMIKAのスケジュールに付き合わされる筋合いは無い。

 もっと言えばMIKAが、私たちのスケジュールに合わせるのが普通である。


 芸能界のパワーバランス――均衡が崩れ始めていた。

 この綻びは新たなムーブメントの序章なのだろうか? いや、そんな簡単にムーブメントなんて作られてたまるか! 時代の中心は私たちだ(ちょっと調子に乗ってます(笑))。


 そんな訳で明日のCM撮影は戦い――戦場なのだ。

 気合の入った私は、要メンテナンスの身体とは対照的に気力は充実していた。

 真希にはムカついているけどいちいち腹を立てたりしない。

「お先に」

 一言。

 高野さんに肩を借りて私はテレビ局を後にした。


 …………

 ……

 …

 

 明日は勝負のCM撮影だ。

 そんな風に意気込んでいると、カーテンの隙間から朝陽が差し込んできた。

 あれ? もう朝?

 気が付けば時計の針は、片手の指の数では足りない時刻を指していた。

 もうすぐスマホで設定したアラームが鳴る時刻だ。

 

 3、2、1――ピピピピピピ……――

 素早くアラームを切ると、私は「よし」と短く言って布団に潜り込んだ。

 

 高野さんが迎えに来るまで、一休み……一休み…………。

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