ACT63 傷だらけの女優

「ただいま~」

 一人暮らしの私が帰宅を知らせているのにはちゃんと理由がある。

「お帰り~」

 現在私は妹と同居? しているのだ。


 キャリーケースをガラガラと引き摺りながら玄関に倒れ込む。

 腕がもげそう。

 全身筋肉痛だし、関節痛も発症しているに違いなかった。腕とか膝とか全身のいたるところの関節の可動域が有り得ない程に狭くなっていた。

 無理に曲げようとすればズキズキと痛む。

 膝を曲げて歩けないためにその歩行ウォーキング姿は不恰好だったに違いない。

 撮られたりしてないわよね? 普段であれば警戒は怠らないのだが、現在はそんな余裕はなかった。

 誰にも私の正体がバレていない事とを祈るしかない。

 大理石の床が心地いい。ひんやりとしていて、私の身体の熱を取ってくれているような感覚だ。


「お姉ちゃん汚いよ」

「大丈夫よ私の家綺麗だから。高い金出して清掃業者に来てもらっているもの」

「私が来てから一度も来てないけどね」

 妹が鼻で笑いながら言う。


 私はいそいそと体を起こす。

 パッパッと服の表面を払い、「荷物お願い」とだけ言って自室へと向かう。

 背中から「私も撮影終わりなんですけど~」と草臥くたびれた声が聞こえた気もしたが無視した。


 翌朝。

 私は騒音によって目を覚ました。

 何事かとその元凶を突き止めるべく部屋を出た。


 リビングでは妹が、――騒音を轟かせていた。

「何してるの?」

 ――ウィーン

「……――」

 何事か言っているようだが全く聞こえない。

 餌を待ちわびる金魚の如く口がパクパクと動き、その形を変えていた。

 聞こえるのはウィーンという騒音だけ。

 騒音の元凶たるくすんだ黒色の燃費の悪そうな掃除機を引き摺る妹。

「な・に・し・て・る・の」

 口の動きでこちらの質問を伝えようと試みるが、耳に手を当て「な・に?」と口が動く。全くこちらを見ていなかった。


 そもそも掃除機の電源を切れば済む話ではないか。

「掃除機を切りなさい!」

「……――」

 声は聞こえないがその口元が「は?」と動いているのが判る。

 いつまでたってもらちが明かないので、私は妹を小突き掃除機を奪い取った。



 一日たっても身体の痛みが引かないので私はソファーの上で身体を投げ出しじっとしていた。

 掃除機を取り上げられた妹は床をモップ掛けしている。

 どうやら昨日の会話に出た、清掃業者が来ていない事の原因が自分にあることに少なからず良心の呵責かしゃくがあるらしく、掃除を買って出た次第なのだそうだ。


 朝っぱらから迷惑はしたが、妹の気持ちが何より嬉しかった。

 口には絶対にしないけど。

 健気に掃除に勤しむ姿はハリウッドスターには見えない。このまま家に住まわせてもいいかしら? なんてことを考えているとテレビに知った顔が映っていた。


「ワォ!! あの子も大胆ね」

 掃除の手を止めて妹もテレビ画面に釘づけになってた。

 画面には茹蛸ゆでだこみたいに真っ赤な顔をした結衣が映し出されてた。

 スッピンみたいだけど、まぁまぁ耐えれる(画面に)じゃない。

「肌綺麗よねあの子。お姉ちゃんより綺麗かも」

 ツンツンとほっぺをつついてくる。

 ウザったいので小突いて黙らせた。


 恋愛なんかに現抜かしてる場合!? 

 男なんてアクセサリーと同じでしょ? そんなものにあんなになるまで骨抜きにされるなんてどうかしている。

 綾瀬真希は男をとっかえひっかえしている、なんてネットで叩かれているのは知っている。でも遊んでいる訳じゃない。

 役作りの時に適当な人と付き合ってみるだけ。だって私自身(浮気希望うきのぞみ)は本当の意味で誰かを好きになったことが無いから。


 テレビに映し出される結衣の姿を見て、鼓動がほんの少しだけ高鳴った、気がした。

 きっと気のせい。羨ましくなんかないもん。そう言い聞かせて私はテレビを消した。

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