ACT32 またまたピンチ
体の内から心臓がドンドンと激しくノックしている。このまま飛び出してくるのではないかと思ってしまう程、激しく脈打っていた。自然と呼吸も速まる。
それにしてもどこで気付いた? 私を始め、誰の口からもシェリルの名前は出ていない。それなのに、目の前の男――桐谷搭司はシェリルの名を口にした。
コレってピンチじゃない!? 撮影始まる前にバレるって想定外なんですけどぉぉおっ――
私の心配を他所にシェリルは堀川汐莉として共演者との談笑に花を咲かせている。
マジでふざけるなよ! 何で私がこんなに気を揉まなきゃいけないの!? もはや怒りなのかどうかも判らない。言葉にならない感情が渦巻く私に、「大丈夫?」
と心配して声を掛ける彼――ってか、そもそもお前の所為だからな、判ってるのか?
すでに敬意も何もない。お前呼ばわりしているが私の心労を考えれば
「何の事?」
相って彼を睨み付ける。
眼力には自信がある。伊達に女優をやっている訳じゃない。
「とぼけなくてもいいのに」
と笑う彼には私の眼力は通じていないらしい。よくよく考えれば、彼も私も同じ役者なのだからいつも対峙している分、耐性もあるだろう。
目を細めて笑う彼の瞳の奥には何かが激しく燃えていた。その何かの正体は判らないけど、きっとそれは私と同じ。役者としての野心――願望と言えるかもしれない何か。その何かが直感的に真実を見抜いたということなのだろう――そう思うことにした。
一つ溜息を吐いて彼の眼を真っ直ぐに見る。
向こうで話しましょ、と言いスタジオの隅へと二人で移動する。
「ここならみんなに声は聞こえないわよね」
「別に小声で話せば大丈夫だったと思うけど」
「わかってないわね。男性はどうか知らないけど、女の聞き耳スキルはすごいのよ。真希なんか特にすごいわ。あのまま放してたら明日にはゴシップ記事になって日本中に話が広まってしまうわ」
「へぇ、女の子はうわさ好きなのは知ってたけどそこまですごいのか」
と白い歯を覗かせて笑う彼は、ちっとも私の話を信じていないようだった。何か頭にくる。
「ごめんごめん。そんなに怒らないで」
と困ったように頭を掻く。
そんなに怒ってる様に見えたの? そこまで怒ってなかったんだけどな。もしかして私の顔ってキツイのかしら? なんて事を考えていると、
「大丈夫だよ。身内以外でシェリルの変装見破れる奴なんて俺くらいのものだから」
と自信ありげに宣言する。まあ、と何か続けようとして、
「やっぱり何でもない。大丈夫だよ。君の反応が無かったら俺も確信持てなかったくらい、完璧な変装だよ。それとこの事は秘密にしといてあげるよ」と話を切ってみんなの輪の中へと戻っていった。
え……私の所為でバレたの?
私は桐谷塔司の背中を見つめながら思った。
なんで協力者なんて引き受けてしまったのだろうか、と。
明日から本格的な撮影に入ると言うのに不安は尽きない。
そして私は、この撮影でさらに追い込まれることになる。
この時の私はそんなこと知る由もなかった。
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