ACT13 帰宅

 長い一日がようやく終わる。


 学校の授業が終わり、本来であれば放課後は友達とおしゃべりしながらダラダラと時間を浪費するという夢のプランがあったというのに女優、新田結衣としての仕事が入っていたために瑞樹たちの誘いを断らなければならなかった。


 まさに苦渋の決断! でも仕方がない。


 無茶を言って今の学校に通わせてもらっている私は、女優業はセーブするが仕事は今まで通り行うことを条件に今の環境を手に入れた。テレビのお仕事は好きなんだけど……。バイトが週5ってちょっと無理あるかな?


 とっさに瑞樹が「バイト?」と断る口実を作ってくれたからいいものの私一人ではあたふたするだけだっただろう。


 瑞樹にお礼言っとかなくちゃ。

 今週を乗り切れば当分、仕事は入っていない。


 もしこれが芸人さんとかタレントとして活動していたらレギュラー番組出演のために確実に一日潰すことになるだろう。自分が女優という道に進んだことに感謝する。


 今日のお仕事もドラマの番宣のためのバラエティー番組に出演だった。しばらくドラマに出演する予定はないから、たまにゲストとしてテレビに映る程度かな? あれ? 結構、ヒマじゃない?


 新しく出来た友達と遊ぶのも現実味を帯びてきた。

 でも、だからこそ長い間仕事(メディアへの露出)を控えていたら、いとも簡単に忘れ去られてしまう。


 女優とはそういう仕事なのだ。


 貪欲に役を勝ち取りに行かなくては主役級の役をもらうことなどできない。それなのに私は今、一般人を装い学校に通っている。もし週刊誌にでもこのことがバレたら……。


 新田結衣は芸能界(女優業)と距離を置きたいと業界関係者に認識されてしまう。そうなれば新田結衣へのオファーは減り、次第にテレビから消え、芸能界を去るなんてことになりかねない。


 踏ん張りどころだぞ私、と自分で自分を鼓舞する。


「着いたわよ」

 運転席からの声に外を見る。


 あっ、家だ。

「ほら、明日も早いんだからさっさと帰って寝なさい」

 高野さんってお母さんみたい。


 車のドアを開けてもらい玄関までの数メートルをエスコートしてもらう。


 高野さんが玄関のドアを開けると、

「お帰りなさい。結衣」


「ああ、うん。ただいまお母さん」


「高野さんもご苦労様でした」


「いえ」

 短く返事をすると高野さんは、「ちゃんと休みなさいよ」と言って車に引き返していく。


「学校はどうだった?」


「うん。楽しかったけど、ちょっと疲れた……」


「お風呂沸いてるわよ」


「うん……入る……」

 閉まったドア越しに車のエンジンがかかる音がする。


 しばらくその場にとどまっていた音が少しずつ遠くに感じられ、しばらくすると何も聞こえなくなった。


 *


 目を開けると高野さんの顔があった。

「おはよう」


「おはようございます?」


 何で高野さんがいるのだろう?


「高野さん帰ったんじゃ?」


「帰ったわよ5時間前に。そして今、貴方を迎えに来ているの」


 ……迎え?


「学校に行くわよ結衣」


 ウソ……どうしよう。宿題してない。

 ていうか私いつ寝た?


 最早、睡眠というより気を失っていたと言う方がしっくりくるのかもしれないが、玄関先で眠りに就いたらしい私は、昨日渡された課題のプリントを一切していない。


 どうしよう……。

 私の焦燥をよそに課題提出時間は刻々と迫っていた。

 絶望的だ。


 学校までの車中、高野さんに課題の答えを教えてもらおうと思っていたのに、「自分で考えなきゃ課題の意味がないでしょ」と一蹴いっしゅうされ、私はさらに絶望的な気分になった。


 もう、マジでダメだ……終わった……。

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