モデル業も楽じゃない! 第1話


ーーカチャリ。

私のティーカップが小さな音を奏でました。

結婚記念に奮発して買った、旦那とお揃いの品です。

白地に蒼い花模様があしらわれ、取っ手は金で縁取り。

値段については忘れました、全力で。



ーーサァァアッ。

窓の外には草原が広がっていて、風が吹く度にユラユラと揺れます。

なんとも心地よい、悠久のひととき。

特に子育て世代の私には贅沢過ぎる時間です。



「ケティはわかるのよ。こーゆーのがオトナの時間なのよね!」



テーブル向かいに座っている長女のカトリーナ。

ちょっと背伸び気味のコメントをしてますね。

上の長男のリアムはカゴ片手に虫の収集してますから、女の子ってのはおませさんです。



「ママ、ケティもそれで飲みたいの!」

「このカップですか? それはダメです」

「ケチィ! パパもダメって言うの、どうしてなの?」

「これはね、大事な人と買った特別なものなんで。ケティもそんな人を見つけたら買うんですよ」

「ふぅん。やっぱりママはパパが大好きなのね」



ーーエッッフンエフン!

唐突に止めていただきたい。

いやまぁ、愛してはいますが……実の子に問われると気恥ずかしいですね。



「きかせて! パパとのお話!」

「えーっとですね、パパとはこの街で知り合って、絵のモデルを……」

「ちがうの、おっきな街でのお話!」

「おっきな街って、王都の事ですか?」

「それ、オートの話!」



いずれこんな話をする日が来るとは思ってましたが、まさかそれが今日だとは予想外でした。

ですが、正直に洗いざらい話す気はありません。

こっ恥ずかしい失敗とか闇に葬りたいですからね。



私は馴れ初めをドラマ仕立てにするべく、頭の中でかつての記憶を辿ったのでした。




ーーーー

ーー



「アリシアさん、今日からよろしくね」

「ええ、こちらこそ。たいして役に立ちませんが」



ここはルーノさんの新居です。

運び入れた荷物がイーゼルや画材くらいしかないので、悲しくなるほどの広さがあります。

奥にポツンと置かれたベッドが哀愁を漂わせています。

後で家具を買い込む必要がありますね。



「じゃあルーノさん、私はこの辺で失礼します。何かあったら声かけてくださいね」

「ありがとう。ゆっくり休んでてー」



バタン……。

ドアの閉まる、軽めの音が尾を引きました。

そう、私たちは同居ではありません。

隣にもう1部屋借りていて、そこが私の新居となります。



「こっちはこっちで、えらく殺風景ですな」



こちらも間取りは同じ、ガランとしてるのも同じ。

窓際にベッド、そして安っぽいテーブルセットがあるのみ。

私もクソ貧乏ですからねぇ。

乙女の部屋と呼ぶにはあまりにも武骨で、ほんのり寂しさを覚えます。

急ごしらえに飾った花も、わざとらしく目に映りますね。



「こんなんじゃ、ルーノさんとか部屋に呼べませんねぇ」



あ、いや、別にルーノさん限定じゃなくて。

私も年頃の女性ですから?

男性をその、ご招待することもあるでしょう?

いやいや、ルーノさんが来ても良いんですけど、そういうタイプじゃないっていうか。

でも、万が一来たとしたら、こんな感じですかねぇ……?




「アリシアさん、ちょっといいかな」



街が寝静まった頃、ルーノさんが部屋にやってきました。

虚ろな目をしていて、普段と様子が違います。

ゾクリと寒気を感じましたけど、とりあえず中に招き入れました。



「こんな時間にどうしたんです? まさか、夜這いじゃないですよね?」



ちょっとした軽口だったんですが、無視されてしまいました。

ココロに地味なダメージ。

そうですか、アリシアさんは対象外ですか。



「まぁルーノさんは期待の超新星ですから、私みたいな妄想女なんか……」

「そうだよ」

「ですよねー、私なんか見向きもせず……」

「アリシア!」

「は、はいッ!?」



手首を押さえられ、壁に押し付けられてしまいました。

強くて抗えない力。

普段大人しいルーノさんも、やっぱり男性なんだなぁ……ってノンキな感想は後回し!


ルーノさんの暴走が止まる気配は有りません。

あれよあれよという間に、私はベッドに寝転がされてしまいました。

これは……ヤバイっすね?



「ルーノさん? もしかして酔ってますか?」

「そんなんじゃない。僕はもう我慢できないんだ」

「いやいやいや、子供じゃないんですから! まぁ子供はこんな事しませんけど……じゃなくて! ともかく落ち着いて!」

「嫌だ。僕は止まる気はないよ。君を手に入れるまでは」





「そんな、ダメですよ。せめて手を繋ぐ所から……ゲフゥッ!」



ーードシンッ!

脇腹に激痛。

床にただ一人、転がる私。

どうやらベッドで妄想に耽っていたようで、もちろん部屋には誰もいません。



「アリシアさん、大丈夫?!」



隣部屋からルーノさんが駆けつけてきました。

その対応は嬉しいですけど、事情が事情だけに話しづらいです。



「あぁ、ルーノさん! 大丈夫です。何でもありませんから!」

「そうなの? すっごい音がしてたけど」

「あー。きっと『爆音の精霊』でも居たんじゃないです?」

「……初耳だよ、そんな精霊様。ともかく無事なら良いんだ。びっくりしたー」



そのままルーノさんは部屋に戻っていきました。

そういえば地味にイベント達成しましたね。

男性を部屋に招き入れるってやつ。

イメージしてたのとかけ離れてますがねぇ。


そんな形でスタートした新生活。

先行きが思いやられますが、やはり平穏からほど遠い日々となるのでした。

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