最終話  愛すべき現実世界


手招きに応じて立たされた場所は、ステンドグラスの光が差す、色とりどりに輝くスポットでした。

こんな光景は大聖堂に来なけりゃ見られません、眼福ですな。

目の前には緊張した面持ちのルーノさん。

そんな態度だとこっちまで緊張しますね。



「アリシアさんのおかげで、凡庸な僕はここまで来れた。こうして権威ある場所に飾られる程に」

「素直にすごいと思います。他のことはてんでダメですけど」

「そうだね。甘えっぱなしになっちゃってて感謝してるよ、申し訳ないとも」

「まぁ、別にいいんですけどね。勝手にやってることですし」



なんで今そんな話をするんですかね。

お礼も謝罪も今まで一言だって言われた事ないのに。

ひょっとして『人気が十分でたから、お前はもういらん』って話ですか?

それとも『ふんわり美女と一緒に暮らすから、周りをウロチョロすんな』って話ですか?!

まぁこんな色気の無い世話焼き女より、都会の精錬された美女の方が囲い甲斐もありますよね。



「僕はあれから一心不乱に絵に打ち込んできた。お金もいくらか貯まったし、何より称賛されて自信がついた」

「そうですか、そうなんでしょうね」

「これでやっと、相応しい人間になれた……気がするんだ。だから今日はこれを用意した」

「……指輪、ですか?」



それは誰用なんですか?

夜の女性へのプレゼントを見せびらかしてんですか?

そんなもん見せられて勘違いするほど、あまっちょろい人生送ってませんからね。

ましてやあなたには一度勘違いさせられてますし。



「アリシアさん、愛しているよ。僕の気持ちを受け取ってほしい」

「……愛?」

「そう。心から貴女を愛しているんだ」

「そんな、狡いですよ。今までそんな素振り、全く見せなかったじゃないですか!」

「一定の成功を得られるまで、自分に禁じてきた。君に気持ちを明かす事を。気取られることさえも」



なぜなんでしょう、幸せの象徴の一つと言ってもいいエンゲージリング。

その眩い輝きが、自分の心境とかけ離れているからなんでしょうか。

光は人を惹きつけると同時に、濃い闇を生み出します。

戸惑いが、不安が、猜疑心が、次々と私に襲いかかるのです。



「……怖い」

「怖い?」

「私、怖いんです。その指輪に手を伸ばしたら夢から醒めてしまうんじゃないかって」

「夢な訳ないじゃないか。それは僕が保証するよ」

「だっておかしいじゃないですか! あんまりにも上手くいきすぎてますもん! だからこの生活も全部妄想なんじゃないかって。王都で暮らしているなんて事はなくて、一人部屋で妄想している自分に戻ってしまいそうで……。怖いんです、あの日々の方がよっぽど現実的で、生々しいし……」

「ごめんよ、アリシアさん。泣かないで。驚かせてしまったみたいだ」

「いえ、こちらこそ。すみません、泣き出したりなんかして」



周りに必要とされないで、何も仕事が長続きしなくて、両親に嘆かれる続ける毎日。

故郷での生活は、私の心に深い闇を生み出したのかもしれません。

ヘラヘラ笑ってはいましたが、傷つかないわけではありませんから。



「君の心のうちは君にしかわからないし、その想いは君だけのものだ。僕がとやかく言う話じゃないと思う」

「……はい」

「でも僕から一つだけ。この指輪の石は特別な鉱石で「真実の愛」なんて異名がついているものなんだ。手入れを怠りさえしなければ、永遠に同じ輝きを放つことからついたそうだ。僕たちの間柄も、時には『手入れ』をしながら永遠に続くものであって欲しいとの願いを込めた」

「真実、ですか」

「ここで僕たちが手に入れた名声は、過ごした日々は妄想なんかじゃない。動かさざる事実だ。僕だけじゃなく、君も素晴らしいモデルとして名を馳せているのは間違いない」

「そうでしょうか。ただ立ってるだけなんですけど」

「本当さ。実際僕は君以外の人を今後も描く気はない。君を描かなくなったとしたら、それは僕が筆を折る時だ」

「そんな、大げさな事言わないでください。責任を感じちゃいますよ」

「まぁ、その辺は今後の僕を見て信用してもらうとして。君がおばあちゃんになっても、きっと描き続けるよ」



彼の手の上には大切そうに、指輪が乗せられていました。

『真実の愛』なんて、彼らしい真面目なテーマ。

時間が経ったせいかステンドグラスの光がルーノさんにも当たり、その手のひらまで様々な光に染められています。

その光が指輪まで届いて、指輪の石がキラリと弾き返していて。


……綺麗。


そう思った私は、恐る恐る彼に手を伸ばして。

幸せに向かって手を伸ばして。


そしてそれは、私の指にすんなりと嵌まりました。

彼の暖かく大きな手の体温を感じながら。



「もう一度言うよ。アリシア、愛してる。これからはパートナーとしてだけでなく、奥さんとして側にいて欲しい」



そんな事真顔で言われて



指輪まで嵌めてもらっちゃって



断れる訳ないじゃないですか!



もう! 

私だって愛してますから!

バーカバーカ!!



その時鐘の音がチャペルに鳴り響きました。

まるで神様が祝福してくれてるかのよう。

まさかさっきの司祭様じゃないですよね?

私たちの様子を眺めてたって事、ないですよね?



それはそうとなんで私を選んでくれたんですか?


ーーきっかけは魔女に扮していた君に夢中になって、それから素の君と接しているうちに好きになった、かな。


いいんですか? 私すっごい変な女ですよ? 今さら返品も困りますけど。


ーー僕はね、普通の女の人じゃダメなんだ。君みたいにキャラの立ってる強烈な人じゃないとね。


え、キャラ? それ誉められてます? 誇っていいんですか?!




世間様の私への評価は、いつだって手放しで喜べる内容じゃないんですよねぇ……。



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「お兄ちゃんそれ返して! それケティの! ケティのなの!」

「へんっだ。ぼんやりしてんのが悪いんだよー!」

「おかーさん、お兄ちゃんがーー、お兄ちゃんがケティのとったーー!」

「泣き虫ー、泣き虫ケティー」

「ねぇママー、お腹空いたのー。おやつどこー?」



あーすっごい。

母親ってすっごい。

毎日こんな戦争をこなしてきた、歴戦の古強者なんですね。

実際そのポジションになって知る母の偉大さ。

マミィすんませんっした。


大聖堂でのプロポーズから何年か過ぎて、3人の子宝に恵まれました。

手狭な借家を飛び出して、故郷のすぐ近くに居を移しました。

両親や街の人はびっくりしてましたね。

あの貧乏画家とアリシアが?! って感じで。

まぁ私もいまの暮らしは出来過ぎだと思ってますがね。


そういえば一度噂を聞きつけたのか、かつての上司だったギルマスも子供を見に来てくれましたね。

『成長したなぁ』なんて言ってちょっと涙ぐんでました、照れるぜ。


それにしても子供は可愛いけど、もう怪獣ですね。

一時として目を離せない魔獣さんですね。

それが3人もいるからてんやわんやですよ。

もはや妄想する暇すらありません。



当時を振り返ると、妄想できたってことはある種幸せだったのかもしれません。

それだけ頭が暇してるってことなんですからね。

あれだけ憎んだり悩んだり、時には頼りにしてた日々が遠く感じられます。


主人のルーノは近くの湖に仕事に出てます。

この喧騒から離れられるとは羨ましい。

あとで子供の世話を頼んで、私は街のカフェにでも繰り出すことにしましょう。


そんなことを考えていると、ルーノが戻ってきました。

その手に画材とキャンバスを持って。

今描いている作品はまだ完成しないらしいですが、私も楽しみにしています。

さて、お披露目はいつになることでしょうかね。

遠くない未来に私は、小さくない期待を寄せたのでした。



ルーノ作

『アリシア、リアム、カトリーナ、クレア、ある晴れた湖畔にて』



ー完ー

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