第29話 飛香舎
その7日後、
そんな中、咲花は藤の話を愛で、ほぅ……と溜め息をついていた。近くには春野も居る。
「綺麗なものですね、咲花様」
「本当に」
飛香舎の南廂から藤の花を眺め、そのような感想を漏らす。間もなく、基近義兄と
「いや、探しましたよ」
「お二人共こちらでしたか」
「探すも何も、此処が一番の特等席じゃないの?」
「言われてみれば、確かに」
ほぼ遮るものがなく、藤の花が見れるのだ。実際にはその前にも敷居はあるのだが、咲花女御の手前ということで皆遠慮してのことだった。
「いや、今年の藤はまた見事だな」
「うん。確かにそうですね」
「これでお菓子と薄茶があれば最高なんだけど」
「余り食べてばかり居ると太るぞ?」
「そうかなぁ?」
「咲花は大丈夫な気がするけどね。太るのとか無縁そうだし」
「そう? そうだよね♪」
「うん」
それから程なくして、十和皇后も現れた。
「藤の花がお綺麗ですわね」
「はい。十和皇后様、こちらの座に」
「ありがとう」
それから並んで座った。
「春野、春野。お菓子と薄茶お願い。2人分ね!」
「はい。ちょっとお待ちください」
我慢出来ずに咲花は春野に頼んでいた。
「咲花女御は、花より団子なのね?」
十和皇后がクスクスと笑いながら言った。
「いいんですか? 十和皇后様の分も頼んでるんですよ?」
「あらあら」
これで何か言おうものなら2人分とも咲花が食べてしまうような雰囲気だったので、十和皇后はそれ以上余計なことは言わないことにした。
程なくお菓子と薄茶がやってくる。
咲花は十和皇后と一緒にそれを頂いた。
「そう言えば皇恵門院様とは、あれからどうなの?」
「それなりに仲良くして下さってますよ。わたしの話が面白いのか、よく笑ってますし」
それを聞いて、十和皇后は意外な顔を見せていた。
「心配していたけど、その必要もなかったみたいねぇ」
「今のところは、そうですね。直仁様も優しくしてくださいますし」
「主上とは最近どうなの?」
「特に変わりはないですね。ただ……」
「ただ?」
「直仁様の話をすると御機嫌が悪くなります」
「あらあら……」
基近義兄も
「余り主上の前で、他の男のお話しはなさらない方がよろしいかと思いますよ」
「そうなんですけど……その主上が聞いてくるんですよね」
「主上が?」
「はい。今日の梨壺はどうだった?とか。直仁は今日も優しかったのか?とか」
「あらあら……」
「相当お気にされてる御様子……」と基近義兄。
「主上が気に入るお話しとかはしたの?」と
「……言われてみると余りやってないかも? 代わりに、優しくして欲しいとかは言ったかな?」
呑気にそう答える咲花に対し、十和皇后は檜扇を開き言った。
「そこを変えてみたが良いかもしれませんね。それで主上は優しくしてくれたの?」
「言葉としては。でも、それだけで……」
「あらあら……慣れてないのかしら?」
「慣れてないのかもしれません……」
そこへ主上がやって来た。
「藤の花が綺麗だね」
「これは主上」
「まさに見事な藤の花にございます」
「かように集まって、何の話をしておったのかな?」
「主上の話でございます」と咲花。
これには十和皇后も諸侯も困り顔を見せた。
「はて、私の話とは……良い話ならよいのだが」
「わたしが主上に対し、気遣いが足りないという話と。主上から優しさを余り賜らない話にございます」
咲花は隠すことなくそのまま言ってしまった。十和皇后は呆れ顔を見せ、申し訳なさそうに檜扇で顔を隠した。
言われた方の主上は困り顔を見せている。
「咲花が気遣いが足りないというのは、そんなことはないと私は思うが。私が咲花に優しさを余り示しきれてない点は憂慮しよう」
それを聞いて十和皇后は満面の笑みで咲花を見た。
咲花は檜扇を置き、軽く伏し言った。
「お言葉ありがたく頂戴いたします」
それから主上を上目遣いに見た。
その様子に十和皇后は主上をチラリと見、檜扇に隠れた。
基近義兄と
今のうち優しく抱き寄せよ、ということなのだろうが、雅永には前回それで咲花から減点を喰らったトラウマがある。迂闊に手は出せない。
見ると咲花は、しょんぼりしたような寂しそうな表情を見せていた。
それが堪らなく愛おしく、腫れ物を触れるかのようにハラハラ・ドキドキしながら、頬染めそっと軽く抱いた。
咲花が嬉しそうにしているのを見て、安心した。
「咲花女御、念願叶ったわね」
十和皇后が楽しそうにクスクス笑いながら言う。
「叶いました♪」
咲花は嬉しそうに言い、主上に抱きごろにゃんしている。
前回と今回とでは何が違うのかとんと分からない雅永だったが、咲花が嬉しそうにしているのを見て自分も嬉しくなり、思い余ってギュッと抱きしめた。すると、咲花は眉を寄せ言った。
「減点っ!!」
「え?」
雅永は益々分からなくなった……。
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