第24話 入内②


 陰陽寮おんみょうりょうでの占いの結果、咲花さなの入内は一週間後と決まったが、気が晴れることはなかった。というのも直仁が言った「咲花の身の為にも、是非わたしを選んで頂きたい」という言葉……。それと平清政が言った「理由は私と同じで、そうする事で、とある方のお気持ちが収まるからです」それから以前に聞いていた皇恵門院と関白の件……。


「とある方というのは、皇恵門院様に違いないわよね……で、わたしの身の為に……理由は私も同じで……要するに、主上と婚儀すれば皇恵門院様が黙っていない、ということかしら……?」


 『蛍の君』は初恋の人だった。その恋を叶えると身を滅ぼすのかも知れない。でも恋焦がれる気持ちは今も醒めない。問題は、そうすると皇恵門院が命を狙ってくるってこと。

 

 東宮直仁は初恋の人では無いけれど、嫌いじゃなかった。寧ろ好きの部類だと思われる。何よりも話が上手で和ませてくれる。問題は皇恵門院が傍に常についているっていうこと。


 平清政は女好きが偶に傷だけど、話していて面白い人である。武芸にも秀で、将来有望株との噂もあり、何よりも宮中から離れられるのは、此の人と一緒になった時だろう。メリットとして、皇恵門院から唯一離れられるのも大きい。


 この3人のことが、わたしの頭から離れなかった。『蛍の君』か直仁を選ぶなら入内後でもいいけど、平清政だと入内前じゃないと手遅れになる。でも清政の女好きというのが、やはり引っ掛かるんだよねぇ〜……。


 何しろわたしが好きなのは『蛍の君』で、でも『蛍の君』を選ぶと皇恵門院様から命を狙われる。東宮直仁は好きだけれど、そうなるとあの皇恵門院様との付き合いが必要になり、とても身が持たない……。平清政は、論外のエロガッパ。


 わたしがそうしたことをいつまでも悩み考えていると、平清政が今夜も偲んで来た。


「良くも飽きず、連日連夜来れるものね? 結局、得るものもないのに」

「得るものならあるさ。咲花姫の笑顔がね」

「………」

 笑顔というより、寧ろ呆れ顔を向けてるんですけどね……。

「聞きましたよ。宮中の女房という女房に、手を出しているそうですね?」

「おや? 今日はそれで咲花姫の御機嫌が宜しくないのですね? まさか、焼き餅ですか?」

「焼き餅なんかじゃありません。呆れてるんです」

 事実、呆れ顔を向けてるでしょうに……。

 清政の方は、まるで気にした様子がない。

「大丈夫、御約束しましょう。今後は、咲花姫以外の女には手を出さないと!」

「……い、今更、信じられるものですか!」

 と、言いながらもちょっと悪い気はしなかった。

「さあさ、今宵も咲花姫の美しい顔をお見せください」

 そういうなり、清政はわたしの手を取って近づいてくる。

 

  ……まあ、顔は悪くないのよねぇ…。


 なんてドキドキしながら思ってる間に、又しても胸をムニュっと触られた。問題はやはり、この手の早さだ。そう思う間もなく、わたしは身体をふるふる震わせながらグーで殴ってやった。

「おーいてて……相変わらず手が早い…」

「お、お互いさまよっ!!」


 よくそんな事が言えたもんだ。


「それにしても、どうしたら信じて貰えることやら」

「入内の日まで、わたしを含む女の人一切に手を出さなかったら信じてあげてもいいわよ」

「……それだと何もせぬまま、入内されてしまうだけではないですか?」

「そうなるわね」

 すまし顔でそう言うと、清政はわたしの両手を取って言った。

「それでは困る! 入内前に、何としてでもを果たすと決めていたことが叶わなくなるではないかあっ!!」

「!?」

 言うなり、わたしのことを押し倒してきた清政をすると、痛そうにぴょんぴょん跳ねていた。

 

 自業自得だ。


「どうしたら信じて貰えるのですか!?」

「ど、どうしたらって……」


 どうもこうも、夜這いを果たすと宣告した時点で、信じようがないんですけど………いま押し倒されたし。


「清政様には、誠意というものが感じられないんです」

「誠意ならありますよ! 咲花姫、大好きです!!」

 軽い、軽過ぎる……。

「その好意は嬉しいですよ。でも、なんだか軽くて……」

「軽い? 軽いかなぁ……」

 どうやら自覚がないらしい。

 わたしは溜め息を吐いた。

「清政様といったら、キスをするか胸を触るか、もうそればかりじゃないですか」

「し、の方が良いのか……?」


  ドカっ!!


 思わず、肘鉄を喰らわしてしまった。

「わ、わたしが言ってるのは、そういうことじゃないんですっ!」

「……というと?」

「愛を語ったり、月夜を観ては歌を歌い合ったり、時に手を取り合って、まるで腫れ物にでも触れるかのようにお互い優しく唇を……」

「……なんだ。結局、キスするのではないか」

「情景が違うんですっ。情景というものがあっ!」

 こちらが情緒たっぷりに言ってるのに、まるで分かってないような態度で腹が立った。

「もう、今宵は帰ってくださいっ。お帰りはあちらです!」

「……嫌だと言ったら?」

「……清政様のこと、嫌いになりますよ」

 わたしが半眼でそう言うと、清政様は溜め息吐いて立ち上がり、「じゃあな、また来るから」と言って出て行った。


 だけどその後、平清政が姿を現すことはなかった。

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