第7話 決断


 あの日。

 

 先輩を学校近くの公園へと呼び出し、告白したのは私ではなく、星宮さんだった。

 私はというと、ただ木陰の近くでその告白を恨めしそうに眺めているだけだった。


「そう、貴女は先輩に告白出来なかった。名無しのラブレターを下駄箱に入れたまでは良かったけど、告白寸前になって怖くなったんだ。そしてモタモタしているうちに星宮さんがやって来て……」


 再び、もう一人の私の声が響く。

 私の中で全ての前提が少しづつくつがえっていく。


 告白したのは星宮さん。

 付き合ったのもあの二人。

 私はただその事実に耐えきれず、逃げる様に公園を立ち去った。

 これ以上、先輩が私以外の女と仲良くしているのが耐えきれなかった。

 我慢出来なかった。

 だから私は、本屋にて一冊の日記帳を買うと、ツラツラと自分に都合の良い妄想を書き連ねていってたのだ。

 これ以上、自分が傷付く事の無い、夢の世界へと逃げたくなったのだ。


 ならば当然、映画館に行ったのも、あの二人。

 雨の中、相合い傘をしたのも、あの二人。

 手を繋いだのも、あの二人。

 先輩に料理を振る舞ったり、公園デートしたり、お弁当食べたりしたのも、全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て全てすべてスベテ……!!


 私はただそれを遠くから眺めていただけ。

 それを妄想という補完能力で、あの日記を埋めていただけに過ぎなかった。

 そして私の身勝手な妄想は、既に結婚生活までを記録していた。

 もちろん、そんな事実はない。全ては私の妄想、作り話。


「そうなると、ストーカー問題も話が変わってくる」


 三度みたび、夢の中のもう一人の私が静かに告げる。


 そうだ……。

 この日記の全てがあの二人の思い出と私の妄想で作り上げた虚構きょこうの世界だと言うのなら、ストーカーは当然、星宮さんではなく。


「私が……先輩のストーカー……だったんだ」


 そして私は、ストーカー行為を止める様に言ってきた星宮さんを逆恨みして、刺した……。


「はは……ハハハ……ハハハ……」


 なんというバカな話だ。

 人を殺そうとしてまで死守しようとした世界すら、妄想が作り出したまがい物、幻だったなんて。

 それなのに、私は本来のヒロインである星宮さんを無理やり物語の舞台から引きり降ろそうとした。


 なんてバカな冗談。

 そして笑えない冗談。


「そう。貴女は先輩を取られたショックから、自分に都合の良い妄想の世界を作り出した」

「二人をストーカーの様に追い回し、妄想で補完する事によって無意識に告白も出来ずに振られたショックを癒そうとした」

「だけど、公園での一件で心に激しい負荷を掛けられた貴女は心の均等を保つ為、新たな妄想の世界へと逃げた」

「結果、二つの妄想の世界が出来てしまい、貴女の心に矛盾が出来てしまった」

「そこで更に貴女は、罪の意識も相まって、全ての妄想をリセットする事にした」

「でも、同時に全てを失う恐怖もあった貴女は、分身となる私達を作り出す事でリセットへの後押しをさせる事にした」

「結局は私達の弱さが招いた物語だったって訳。理解した? 本体・・の私」


 次々と真実を叩き込まれ、頭の中がパンクしそうだったけど、理解するしかなかった。

 最後の私が言ったように全ては私の弱さが招いただけの話だったのだから。

 勝手に絶望して、妄想の世界へと逃げて、その世界が壊されそうになると暴れて、壊れた振りをして……。

 ホント、私ったら救いようのない大バカだった。


「それで? どうするの?」

私達・・の物語はまだ終わっていないわよ?」


 その言葉に私の心臓がドクンと音を立てて、跳ねた気がした。

 そうだ……。私の物語はまだ終わっていない。

 物語には始まりもあれば、終わりもある。

 そして私の物語を終わらせられるのも、私だけだ。

 決断しなくてはならない。

 どんな結末を迎えようと、私自身が決断しなくてはならないんだ。

 

 「さあ、決断の時よ。黒咲くろさき都子みやこ!」


 私達・・のうちの一人がそう告げる。

 すると、他の私達・・も……。


「貴女は逃げるの?」

「夢を続けるの?」

「全てを終わらすの?」


 一斉に訪ねてきた。その目は至って真剣。

 誤魔化ごまかしや言い訳は通用しない、そんな雰囲気さえ感じる。

 決めなくちゃ、ここは重要な人生の分岐点。

 しかしここまできて、まだ私は決められない。

 大事な選択肢だと分かっているのに決められない。


 バクバクと激しい鼓動が響く、耳につく。


「まあ、結局のところ主導権は本体の貴女が握っているんだから、私達はそれにしたがうだけ。自分が一番だと思う選択をする事よ」


 緊張している思いが伝わったのか、分身の一人がそう告げる。

 その一言に気持ちが少し軽くなった気がした。


 私は目を閉じると、心を落ち着かせ、再び考える。

 どういう行動が、私にとって一番なのか。


 そんなの、考えるまでもないじゃない。


「……うん。決めた」


 私は三人の分身にそう告げると、三人は再びたずねる。


「そう、決めたのね。それで? どうする気?」

「それは……」


 夢の世界に私の言葉が溶けて消える。

 そして三人の分身体も私の言葉を聞き届けると、静かに消えていく。

 最後に「もう二度と、私達・・を夢の中に引っ張り出す様な真似、しないでよね」と嬉しそうに、だけどちょっとだけ寂しそうに告げて、消えていった。



◆◆◆◆◆◆



 自らの夢の中で全てを受け入れた私は、すぐに先輩達の下へ行き、真実を話した。

 先輩達をストーカーしていた事、星宮さんを嫉妬から刺した事、逃げた事、その全てを話し、謝罪した。

 当然、そんな事をしたくらいで許してもらおうだなんて思っていない。

 それだけ私が犯した罪は重い事くらい理解していた。

 だから先輩からは困惑しながらも、やりすぎだと強くたしなめられたし、星宮さんからは無言で平手打ちされても、私は全てを受け入れた。


 私はどんな罪でも受け入れるつもりだった。

 もし彼らが私を同じ目に遭わせたいというのなら、それさえも受ける気だった。

 しかし先輩達は、それ以上は何もしてこなかった。

 これは本格的に嫌われたのだろうと思い、最後にもう一度だけ頭を下げて去ろうとすると……星宮さんは何も返事を返してはくれなかったが、先輩は……。


「全ての罪をつぐなって、黒咲くろさきの中で折り合いが付いたのなら……その時は、また顔を見せに来いよ」


 と、入学式に私を部活へと勧誘した時と変わらない優しい笑顔で言ってくれた。

 こんな事になっても、まだこの人は私の事を後輩として見てくれているのだと思い、泣いた。



 家族にも真実を話した。


 始めは、困惑し、怒りと落胆がぐちゃぐちゃに混ざり合った酷い状態になった。

 無理もない。娘がいきなり同級生を刺した犯人は自分だと告白してきたのだ。

 私が逆の立場でも同じ反応をしたに違いない。

 幸い、死なずには済んだとは言ってもそれはあくまで結果論。

 結局のところは『人を殺そう』とした事に変わりはない。


 家族はその真実に頭を抱える。

 特にお母さんの落胆ぶりは凄く、胸が傷んだ。

 と、同時に実はこんなにも私の事を見てくれているのだと分かり、また泣いた。

 子供の様にわんわんと泣き叫んでしまった。

 するとお母さんは、ただ一言『ごめんね、都子』と言って抱き締めてくれた。

 違う……! 違うよ……!

 お母さんは何も悪くない……!

 悪いのは全部、私なんだ……!

 全ての現実から逃げて、都合の良い世界へと逃げ込んで、たくさん迷惑を掛けた。

 だから謝るのは私なんだよ、お母さん……!

 だけどお母さんはそれでも優しく私を抱き締めて、もう一度『ごめんなさい』と謝った。

 そして、私を許すと言ってくれた。

 そうした上で、きちんと罪をつぐなう様に言われた。

 私は、こんなにも大切に思ってくれていた家族に、いつか必ず恩返しをする事を誓い、家族と共に警察へと出頭した。

 私は傷害、殺人未遂として逮捕され、鑑別所で数週間ほど過ごした後、少年院へと送られた。

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