第349話 わかりやすい見落とし
「……とまぁ、そんな感じで。特に何か進んだってことはないかなぁ」
学校の屋上で、実奈さんの作って来てくれたお弁当を食べ終えた僕は、彼女のいれてくれたほのかに温かさの残るお茶を飲みながら、ここ数日のゲーム内容を話していた。
僕の話に「そう」と短く相槌を打つ実奈さんの表情は、相変わらずの無表情だったけれど、なんとなーく『続きを』と楽しんでくれているような雰囲気を感じられた
「でも、これだけ探して(中級ポーションの)素材が見つからないってこと、あるのかなぁ……」
「見落とし?」
「そんな気がする?」
「ん」
言って、実奈さんは力強く頷く。
まるで何かを確信してるみたいなその動きに、僕は「見落としかぁ」と、思考を巡らせた。
ただ、正直……ヒントになりそうなことが味くらいしかない。
あとは、見た目?
確かオレンジみたいな橙色をしてて、めちゃくちゃ辛かった……いや、思い出すだけでも舌が痛くなる……。
「……もう一杯もらっていい?」
「ん」
差し出された手にコップを渡せば、お茶が注がれて返ってくる。
それを受け取って喉を潤せば、記憶の中にあった辛みが霧散していくような気がした。
でも、記憶じゃなくて辛みを今受けてた状態だったなら、こういう少し温かさのあるお茶だと、余計痛くなったりするんだけどね。
「でも痛み、か」
「……?」
「いや、ほら。中級ポーションって辛かったから。現実でも辛いのを食べると痛かったりするし」
「アキ、辛いの苦手?」
「いや、苦手ってわけじゃないけど……好んでは食べないかなぁ。お茶とかスープを飲んだら痛かったりするし。あんまり辛いと後の味がわからなくなったりするじゃん?」
言って実奈さんの方を見れば、何か考えているのか、目は遠くを見て静止。
そんな彼女の反応が少しおもしろくて、僕は小さく笑った。
「アキ、実?」
「ん? 実?」
「ん。唐辛子、山椒も。辛い」
「えっと……辛いのが実、ってこと?」
「ん」
「それがどう……あ、」
そうか、実か。
薬草のことがあったから、草とかにばっかり目が行ってたけど、ポーションの素材は別に草じゃなくても良いんだよね!
てか、下級ポーションには蜜も使うんだし、そんなの当たり前だったじゃん!?
「う、うわぁ……完っ全に見落としてた……」
言いながらがっくりと肩を落とした僕の頭に、ぽんぽんと優しく叩かれる……撫でられる? ような感触が落ちる。
その感触をくすぐったく感じながらも、横目に実奈さんの方を見れば、彼女は「大丈夫」と小さく言ってくれた。
踵をあげて、少しだけ背伸びするように手を伸ばしたまま。
「……うん。そうだね。今日気づけたんだし、ここから一気に完成まで行けば良いよね」
「ん。アキなら大丈夫」
言って手を下ろす実奈さんに笑いつつ、僕は今日の探索で何かが進むような、そんな予感に拳を握りしめた。
◇◇◇
「というわけで、フェンさん。そういった素材に心当たりはありませんか!?」
ログイン直後、すでにログインしていたフェンさんをリストで発見した僕は、即座に念話を飛ばし、そう口に出した。
そんな僕の勢いに気圧されたのか、フェンさんは「ちょ、ちょっと落ち着いてねぇ」と珍しく慌てたような声で僕の勢いを削ぐ。
『えぇっと、香辛料だったわねぇ? それなら、いくつか大通りの露店で見た気がするわぁ』
「露店で、ですか?」
『えぇ。アキちゃんも知ってると思うけどぉ……この街はいろんな所と街道が繋がってる場所なの。だから、地方からの行商が多くて、それぞれのお店でいろいろな商品が並んでるわぁ』
「そう、ですね」
フェンさんの言う通り、この街のお店に並んでる商品は今まで見たことないようなものが多い。
特に、建物に入ってるお店じゃなくて露店だとその頻度が高く感じる。
これは、地方から行商に来た人が、露店でお店をするのが基本になってるからなんだろう。
『でも、アキちゃんの探してる香辛料なんかは、露店の並んでる大通りよりも、少し離れた場所や開けた場所が多かったと思うわぁ。たぶん匂いが強いからねぇ』
「ああ、なるほど……。それで僕が今まで気付かなかったんですね……」
『以前アキちゃんに教えてあげた南通りがあるでしょぉ? あの通りを門の近くまで行って東の方に行けば、匂いを感じられると思うわぁ』
「東側……わかりました。ありがとうございます」
僕の言葉に『探し物見つかるといいわねぇ』と一言言って、フェンさんは念話を終わらせる。
その言葉に小さく「がんばります」と応えて、僕は南通りの方へと足を向けた。
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