第334話 需要と供給と弟子の思惑

「どうっすか、うちの師匠の武器は」


 いつの間にか後ろに来ていたスミスさんが、僕にそう声をかけてくる。

 そのことに少しだけ驚きつつ、僕は「綺麗だね」と簡単に答えた。


「ガラッドさんに比べると、意匠が凝ってるっすよね。こういうのは鍛冶スキルっていうか、細工スキルの領域らしいんすけど」

「へー。ってことは普通は細工師さんの仕事なの? ほら、シンシさんとか」

「そうっすね。こういう金属細工は細工スキルの一種で、〈彫金〉ってスキルが対応してるんすけど、ヘイゼルさんは全部自分でやってるんすよねぇ」


 ……あの細かそうな細工をヘイゼルさんが。

 ヘイゼルさんのお店だし、ヘイゼルさん自身がやってても全然おかしくはないんだけど、なんていうか、こんなに細かい作業をやれそうな見た目じゃないんだよね。

 いや、人は見た目だけじゃ判断できないけども。


「まあ、俺はそこまで細かい細工には興味がないんすけど」

「そうなの?」

「っす。やっぱりひんより質を大事にしたいっすから」


 なるほど。

 まあ、僕も道具として使うなら、あんまり意匠の凝ってないやつが使いたいかな……。

 なんか気後れするっていうか、こう……雑に使えないっていうか。


「……で、師匠はいつまでモジモジしてるんすか?」

「お、おお!? だ、誰が緊張してるって!?」

「めちゃくちゃしてるじゃないっすか……。なんでもいいっすけど、そろそろシャキッとしてくださいっすよ」

「あはは……」


 少し困って苦笑した僕の前で、ヘイゼルさんは大きく息を吸って吐いて……吸って吐いて吸って吐いてと数回繰り返したあと、ようやく僕に「ヘイゼルだ。アキさんのことは、いつもスミスから聞いている」と握手を求めてきた。


「えっと、改めましてアキです。スミスさんから何を聞いてるのか分かりませんけど、極力忘れていただければ……」

「ハッハッハ、それは少し難しいですな!」

「え、えぇー……」


 ほんと、いったい何を吹き込んだのかな?

 あとで聞き出さねば……という思いを込めてスミスさんへじぃっと目をやれば、彼はすごくわざとらしい声で「そ、そういえば師匠の武器、アキさんも褒めてたっすよ!?」と、話題を変えていく。

 ……これは是非とも、あとでお話をしなければ。


「おう、そうか! それはありがたいな!」

「師匠のは意匠が凝ってるっすからね。見た目が華やかっすよ」

「もちろん見た目だけじゃないがな。いざってときに切れなきゃ、武器としては二流以下もいいところだ」

「いざってとき、ですか?」


 いざってときというか、武器なんだから切れ味が一番重要なんじゃないの?

 僕みたいに、採取道具を武器にしてるならいざ知らず、普通はこういった武器で戦うわけだし……。


「実は、師匠が武器を卸してる相手って、アルさん達みたいな、いわゆる“冒険者”って人じゃないんすよ。もちろん、依頼が入れば冒険者相手にも卸したりはするんすけど……」

「ま、ほとんどないな。そういった武器が欲しけりゃ、他の鍛冶屋に行けって話だ」

「えっと、それじゃ誰を相手にしてるお店なんですか?」

「言ってしまえば偉い人だな」

「偉い人っすね」


 ……偉い人って、貴族とかのこと?

 この世界に貴族がいるのかどうかは分かんないけど。


「街の領主や王様なんかは、武器の美しさなんかで自らに箔をつけたり、儀式や祭りの時に使う儀礼剣みたいなものもある。まあ、大きな組織の偉い人なんかが買いに来るって感じだな」

「といっても、本当に偉い人とかは、自分でお抱えの職人を持ってたりするっすからね。さすがに王様とかはこないっすよ。師匠は見栄っ張りなんで」

「うぐっ」

「あ、あはは……なるほど。武器の意匠が凝ってるのは、そういうことなんですね」


 言われて再度見てみれば、ガラッドさんの武器に比べて、値段がめちゃくちゃ高い。

 トッププレイヤーであるアルさん達でも、買うのは難しいんじゃないかってくらいだ。

 いや、アルさん達がどのくらい稼いでるのかは知らないんだけど。


「そういえば、さっき聞きそびれたんだけど、スミスさんはなんでヘイゼルさんに弟子入りしたの? 意匠はあんまり凝る気がないんだよね?」

「あーそれはっすね、ガラッドさんの紹介ってのもあるんすけど、一番は〈彫金〉スキルを鍛治に取り込む術を学ぶためっすよ」

「〈彫金〉スキルを鍛冶に? えーっと、それって別々のスキルじゃだめなの?」

「いや、別にそれでも良いんすよ。実際そうやってる人の方が多いみたいなんで。ただ、鍛冶の工程で行うことが出来れば、鉄と細工がより一体化したものが作れるらしいっす」


 そう言って、スミスさんは「まあ、それがめちゃくちゃ難しいんすけど」と苦笑する。

 正直、僕には鉄と細工の一体化とかよく分からない話ではあったけど……こだわりたいところがあるのが職人なんだろう。

 だから、僕は「そっか、応援してる」と、その話を終えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る