第305話 お祭りは、やっぱりなにかが起きるんだ

『あと30分で文化祭が開始となります。生徒のみなさんは、最後の確認をお願いします』


 ついに訪れた文化祭当日。

 放送委員が行っているアナウンスが校内に響き渡り、クラスの中はドキドキとワクワクで埋め尽くされていた。


 そんな中、僕の横にいた実奈さんが「アキ、自由時間は?」と訊いてきた。


「自由時間は……あれ? そういえば僕、スケジュールを言われてない気がする」


 思い出そうとしたところで、そもそもそんな記憶が無い。

 接客と客寄せをお願いって言われただけのような……。


「とりあえず聞いてくるよ。予定はまた後で!」

「ん。いってらっしゃい」


 とりあえず着替えに行く実奈さんと別れて、僕は委員長の方へと走る。

 そもそも当日にスケジュールを知るとかどう考えてもおかしいんだけど。

 ――まぁ、みんな忙しかったし、仕方ないか。


 そんな風に納得しつつ、廊下にいた委員長の方へと走ると……委員長が僕を見てニヤッと笑った。


「はい、確保して」

「はーい、りょうかーい!」

「うぇ!?」


 死角から現れた花奈さんに後ろから羽交い締めにされ、僕は思わずコケそうになる。

 けれど、コケそうになった原因の花奈さんがなんとか堪えてくれて、窮地を脱した。

 ……この場合、脱したでいいのかは分からないけど。


「え、えーっと……?」

「ふふふ……。ねぇ宮古君、ちょっとお願いがあるんだけど」

「この状況で言うことを、お願いって言うのはかなり無理があると思うんだけど」


 一応男子と女子なこともあって、無理矢理外せば拘束を解くことは可能だろう。

 けどその場合は、花奈さんが怪我したりする可能性もある……つまり、無理ですね。


「そんな難しいお願いじゃないわ。ねぇ、花奈さん」

「うん! アキちゃんならむしろ簡単なことだよ!」

「うわぁ……なんとなく想像出来たけど、一応聞いてもいい?」


 聞く必要はほぼない気がするけれど、一応確認は取っておくべきだから。

 そんな諦め半分に聞いた僕の前で、委員長はパチンと指を鳴らす。

 するとまたしても死角から、とある衣装を持った女子が現れた。

 っていうか、高道さんが現れた。


「ああ、やっぱり……」

「大丈夫! アキちゃんなら似合うよ!」

「それ、褒め言葉じゃないからね!?」


 声高く反論しつつも、逃げられないことを悟っていた僕は、「ああ、もう……」と力なくうな垂れることしかできなかった。

 それを同意と取ったらしい委員長は、「それじゃ、着替えてる間にスケジュールを伝えるわね」と声を弾ませながら追い打ちをかけてきたのだった。


◇◇◇


「アキ……」

「うん、何も言わなくていいから」

「可愛い」

「なんで言うかな!?」

「……?」


 “何かおかしかった?”と言わんばかりに首を傾げる実奈さんに、僕は今日何度目になるか分からない溜息を吐いた。

 そんな僕の今の服装は、実奈さんと同じ矢柄模様の大正浪漫メイド服。

 最初は花奈さんと同じ短いスカートにさせられそうだったところを、断固拒否してなんとかロングスカートにしてもらったのだ。


 ちなみに、着替えた僕が教室に戻ったら、田淵君はおろかクラスの男子全員が、優しくなった。

 なんか色んな意味で悲しくなるので、このことについては考えないようにしようと思う。


「アキ、時間は?」

「ああ、うん。午前中は仕事みたい。その代わり1時過ぎからは自由みたいだよ」

「よかった、一緒」

「ホント? じゃあ一緒に回れるね」

「ん」


 コクコクと頷く実奈さんに少し笑いつつ、僕は教室の入口に置かれていた看板を手に取った。

 あと数分で文化祭開始の時間。

 だからそろそろ校門の方に向かっておきたいんだけど……。


「どこ行ったんだろう……」


 最初の1時間は花奈さんと一緒に客寄せなのに、その花奈さんがいない。

 まぁ、花奈さんのことだからお祭り前の雰囲気に当てられて、テンション高くどこか行っちゃったパターンだろうけど。


「待っててもアレだし、校門の方に行ってくるよ。もし花奈さんが帰ってきたら伝えておいて」

「ん、わかった」

「それじゃ行ってきます」

「いってらっしゃい」


 “文化祭、開始です!”というアナウンスを聞きながら、校門に向かって走る僕は、“そういえば僕も花奈さんもいないけど、実奈さん大丈夫なんだろうか”とか、そんなことを考えていた。


◇◇◇


「大正浪漫メイド喫茶でーす。教室でやってまーす」


 校門から入ってくる人達に、看板を掲げて見せながら僕は同じ言葉を繰り返していた。

 途中、小さい子供に「お姉ちゃんかわいー」と言われたけど、ちゃんと対応した僕を褒めて欲しい。


「大正浪漫メイド喫茶でーす。教室でやってまーす」

「……アキ。お主……やはりそっちの趣味が……」

「あらあら、アキちゃん。可愛い格好しちゃって」


 半ば機械のように繰り返していた僕の耳が、後ろから聞こえた、ある声をキャッチする。

 僕が壊れた機械のように恐る恐る振り向くと、赤い着物を着た少女と、細身の男性がそこには立っていた。

 というか、どう見てもリュンさんとフェンさんだ。


「あ、あはははは……来てたんですね」

「近場じゃからのぅ。花奈のやつにも誘われておったしの」

「ええ、でも来てよかったわぁ。アキちゃんのこんな可愛い姿が見られたんですもの」

「……すぐにでも忘れてもらえると嬉しいです」


 ケラケラと笑う2人に僕はガクッと肩を落とす。

 そんな僕らの元に、「アキちゃん! いたー!」と元気な塊が飛び込んできた。


「ごめんね! 楽しくて校内を走り回ってたー!」

「いやいいよ、うん。なんとなくそんな気もしてたから」

「あと凜。翼も、来てくれてありがとー! 是非うちのクラスに来てねー! サービスしちゃうよー!」

「相変わらず賑やかなやつじゃのぅ……じゃが、ふむ。後で行くとするかのぅ」

「ええ、そうねぇ。とりあえずはのんびり回ってみましょ。待ち合わせもあるし」


 ……待ち合わせ?

 

「もしかして、ウォンさんも来るの?」

「うむ。まぁ儂らとは別でじゃがの」

「合流したらお店に行くわぁ。それまで待っててねぇ」


 そう言って去っていく2人に「はーい! お待ちしてまーす!」と花奈さんがぶんぶん手を振る。

 そんな彼女の隣で、僕はまた機械のように「大正浪漫メイド喫茶でーす」と繰り返すのだった。


 それから30分ほど経ったころ、唐突に花奈さんが「アキちゃん! そろそろ別の所に行こう!」と僕の手を引いた。

 驚きつつも、“まぁ、それも良いか”と頷いた僕は、行き先を花奈さんに任せて、看板を掲げたまま彼女の後ろを付いていった。


 そうして向かった先は……運動部が出し物をしている校舎前の露店エリア。

 通りを行く人が多くて、すごい活気がある場所だった。


「ねぇ、花奈さん。ここを通るの? 服が滅茶苦茶になりそうな気がするんだけど」

「む、たしかに! うーんでも、ここが一番人も多いしー……そうだ! アキちゃん、それ貸してー!」

「看板? いいけど、どうするの?」

「任せて!」


 僕から看板を受け取った花奈さんは、露店エリアから校舎に入れる、少し高くなった場所へと走って行き……「大正浪漫メイド喫茶! 待ってるよー!」と、大きな声で宣伝を始めた。

 空間を切り裂くほどの大きな声に、近くの人は驚き、遠くの人は何事かと彼女の方へと視線を向ける。


 ……なんていうか、もう……ほんとすいません。

 目立ってはいるけれど、悪目立ちに近い花奈さんに僕は片手で眉間を抑えつつ、大きく溜息を吐く。

 そんな僕の近くから「なんやあいつ、面白すぎんで」と大爆笑する声が聞こえてきた。


「相変わらず、やることが滅茶苦茶過ぎる……」

「いや、アレでええんやないか? 俺は面白いと思うで」

「考えてみろ。アレだけじゃなく、凜が一緒に居るんだぞ?」


 そんな会話の聞こえてきた方へと視線を動かせば、見覚えのある顔が見えた。

 いや、見覚えがあるというか……見覚えがありすぎるというか……。


「って、トーマ君!?」

「あん?」


 驚きすぎて、つい口から声が出てしまった僕は、急いで手で口を塞ぐ。

 しかし、そんな僕の方へと彼は近づいてきて……僕の目の前でにやりと笑った。


「なんやアキ、やっぱり女やったんか?」

「違うって言ったでしょ!? あ」


 彼の挑発にまんまと乗せられた僕が、慌てて口を閉じてももはや意味はなく、彼はそんな僕の頭に手を乗せて「よく似合ってるで、お嬢さん」と笑う。

 そんな彼の言葉に恥ずかしさがこみ上げてきた僕は、とりあえず彼の手をどけようと、腕を伸ばし……彼の後ろからやってきた人にさらに口を開けて固まってしまった。


「トーマ! 勝手に動くなと、何度言ったら……」


 ゲームの中で何度も見た顔。

 僕の初めてのフレンドで、なおかつ初めての調薬依頼者……。


「あ、アルさん!?」


 大剣“黒鉄くろがね”の使い手、アストラル……もとい、アルさんがそこにいた。

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