第301話 そもそもスキルとはなんなのだろうか
「結論から言おう。アキさん、いや秋良君の言うスキルは、本来ゲームには実装されていないものだ」
向かい合って座る
僕の隣には家に呼んでくれた実奈さんが座っていて、こんな時でも特に表情を変えることなく紅茶を飲んでいた。
「待ってください。実装されてない? いや、それはおかしいですよ」
だって僕のスキル欄には、彼に伝えたふたつのスキルが表示されてたのを何度も見てから、来たんだから。
だから、あのスキル……<選定者の魔眼>と<喚起>が無いなんてありえないんだ。
「それと、もうひとつ。君のスキル欄にある<予見>も、実装はしていないものだね」
「えええ!?」
「つまり、君の持つ<選定者の魔眼>は構成すら私達の理解を超えているスキルなんだ。そもそも、<採取><鑑定><予見><千里眼>のスキルに加えて、魔力の流れを視る力まで加わっているスキルなんて、バランスブレイカーもいいところだ」
詳しく話を聞けば、<採取>には適切な採取方法を知らせる機能が備わっていて、<鑑定>には耐性の強弱が分かるようになる機能がある。
それに加え、<集中>で鑑定する対象をより細かく設定することができれば、弱点を知ることは可能らしい。
しかしその力に加え、
――だってこれ、目を使うスキルはほとんど網羅してるって言っても過言じゃないから。
「い、一応<千里眼>は持ってなかったので、<千里眼>の機能は無いみたいですけど……」
「そういう問題じゃないんだ。秋良君が内容を明かしてくれるまで、我々には<選定者の魔眼>というスキル名と、その簡易的な説明しか確認できていなかったことが問題なんだ」
……それはつまり、どういうことだろう?
機能が問題、というよりも、それ以前に“運営側すら、内容が不明なスキルが生まれている”ということが問題、ということなんだろうか?
いや、機能も問題なんだろうけどさ。
「良い機会だし、秋良君にも教えておこうか。このスキル制システムの根幹を」
「根幹、ですか?」
「ああ、そうだ。基本的にスキルというのは全て、運営側が用意したモノが基本になっている。これは<剣術>や<採取>などのありふれたスキルだけでなく、<忍術>や<針糸術>もこれに含まれている」
「……複合スキルも全部ってことですか」
「そういうことだね。ただし、複合スキルは基礎スキルとは違い、“名前が決まっていないスキル”なんだ。習得条件を満たしたプレイヤーの“無意識下にあるワード”を掬い上げ、スキルへと反映させる。これが複合スキルの真実だよ」
なるほど……。
無意識下にあるワードでスキルの名前が決まるなら、同じ内容のスキルだったとしても、プレイヤーひとりひとりで違う名前が付く可能性が高い。
だれも持っていないスキルを入手すれば、その人はきっと優越感に似た感情を抱くだろうし、そのスキルを大事に育てようとするはず。
だって、自分以外だれも持っていない、自分だけのスキルなんだから。
「さらに、名前だけじゃなく、無意識下からもうひとつ持ってくるものがある」
「……まだあるんですか?」
「うん。それはね、スキルの傾向だよ」
「傾向?」
「例えばそうだね……秋良君の知り合いで、同じスキルを利用してるのはトーマ君とシンシさんだね。<立体機動>と<針糸術>は元々同じ“名前のないスキル”だ。ただ、そこに行き着くまでのアプローチの仕方が異なるからか、同じスキルでも“別のスキル”として認識されている」
ん、んー……?
えーっと、確かトーマ君の<立体機動>は、<疾駆>と<操糸術>が元になっていて、縦横無尽に糸を使っての高速移動を可能にするスキルだったはず。
対してシンシさんのスキル、えーっと<針糸術>? は、針と見えない糸を使って相手を切り裂いたり、防御に使ったりするスキルだったはず。
ウォンさんの情報では、<小剣術>と<裁縫>、<細工>が元って言ってたね。
大きなカテゴリーに分けると、<立体機動>は移動系で、<針糸術>は戦闘系って感じだ。
「そう、2人のスキルはまるで別物みたいに感じるだろうね。けれど、もっと簡単に考えてみれば分かるはずだ。――2人とも糸を使うスキルなんだ。もっと言えば、糸を付けた針を飛ばし、操作するスキルなんだ」
「い、言われて見れば確かに……」
「それを決定づけているのが“スキルの傾向”というわけだ。トーマ君は“飛ばした糸を操るスキル”を<疾駆>と組み合わせ、移動スキルとして認識した。しかし、シンシさんは<小剣術>と合わせ、戦闘スキルとして認識したんだ。その結果、同じスキルでも片方は移動に適したスキルになり、もう片方は戦闘に適したスキルへと変化したんだよ」
ひとつの話に結が付いたからか、お義父さん(仮)は「ふう……」と息を吐いて紅茶を飲んだ。
僕もそんな彼に倣って、実奈さんが入れてくれていた紅茶を一口……うん美味い。
オリオンさんが入れてくれたものと比べると、少し雑味を感じてしまうところはあるけれど、僕が自分で入れたらもっと酷いことになるし、そうやって考えれば十分過ぎるほどに上手いし美味い。
お茶請けに、と出されたクッキーをひとつ摘まんでみれば、サクッとした食感と同時に、ほんのりとした甘みが口に広がり……紅茶が進むね!
「アキ、美味しい?」
「うん。美味しいよ」
「そう」
ただの確認と言わんばかりの短い受け答え。
けれど、彼女の声にちょっとした喜びの色が感じられた気がした。
いや、気のせいかもしれないけどね?
「うーむ、まるで私のことを忘れられてるみたいな雰囲気だねぇ。まあ、あまり感情を見せない娘のことをこれだけ分かってくれている子が彼氏なら、私は大手を振って応援したいからね、うんうん」
「ん」
「いや、当然みたいに頷かないで。否定して否定」
「……?」
なんで? と首を傾げる実奈さんに僕は大きく溜息を吐き、続けて出てきそうな言葉を紅茶と一緒に飲み込んだ。
まさに外堀を埋められているような気がするけど、実奈さんは本当にそれで良いんだろうか……と彼女の顔を見ても、相変わらずの無表情がそこにあるだけだった。
「さて、話を戻そうか。先ほどまでの話は、本来の複合スキル……私たち運営側からすれば“名前のないスキル”の話だ。内容は理解できているね?」
「はい、大丈夫です」
「うんうん、やはり君は
そう言ってお義父さん(仮)は、まっすぐに僕を見る。
まるで試されているような……いや、きっとこれは試されているんだろう。
なぜかは分からないけれど。
だから僕は目を閉じて、頭の中でお義父さん(仮)の言葉を思い出していく。
僕の不思議なスキルから、なぜこの話になったのか……それが答えなんだろう。
「複合スキルと呼ばれてる“名前のないスキル”は、一見個人個人で作り上げたスキルに見えて、そうじゃないってことですよね。理由としては、さっき言われていた“運営側が用意したモノ”だから。――でも、僕のスキルは用意したモノじゃない」
「うん。そうだね」
「最初に言われてましたよね。本来ゲームには実装されていないって。だから内容も、発現した理由も分からない、と」
「大正解だよ。うんうん、素晴らしい」
「あ、ありがとうございます。でも、そうなると僕のスキルって、ゲーム的には良くないものじゃないですか?」
運営の想定外、本来のゲームの規格外……すごく簡単に言えば、バグのようなものだ。
それを意図的にではないにしろ、利用してしまっている。
もっといえば、イベントの大ボスをその
正直、これは知らなかったにせよ反則だ。
真面目に……いや、僕も真面目にプレイしてるんだけど、そういう意味じゃなく、ゲームの規格内でプレイしてる人に対して、とても卑怯な行為だ。
だからこそ、このスキルは……消してもらって、イベントMVPのアイテムなんかも返却させてもらう方がいい。
「――なんてことを考えてないかい?」
まったくもって同じことを考えていた僕に、お義父さん(仮)はドヤ顔みたいな表情で胸を張り、「これでも脳科学者だからね」と、本格的なドヤ顔を作って見せた。
脳科学者だから思考が読める……なんてことはないんだろうけれど、僕の性格を知っている人なら、予想はしやすいものだったのかもしれない。
もちろん、読まれたからといって、意見を変えるつもりもないんだけど。
「ええ、その通りです。でも、それが一番良いでしょうし」
「ふむ。確かに運営とバグ利用プレイヤーとして考えるなら、それが最善の方法だろうね。公式で上げている動画を削除し、お詫びの告知を出した後、秋良君のデータを抹消し、君が以降ログイン出来ないようにする。そして、イベント参加のプレイヤーには何かしらの補填をつける、と」
そう、それが一番良い……というよりも、一番誠実な対応だろう。
違反プレイヤーには処罰を与え、それにより間接的とはいえ被害を受けたプレイヤーに補填をする。
なんらおかしいことはない。
ごく当たり前の、リアルな世界だ。
「でも、そうするつもりはないよ」
「――え?」
「君のスキルは、君があの世界で君自身として生きようと、生き抜こうとした結果、生まれたスキルだ。それが結果として、僕らの用意したデータの中に無いものだっただけ。……いやぁ、僕らもまだまだだね。脳科学者と名乗っておきながら、君の脳や意識がどう動き、どうしてあのスキルが生まれたのかが全く分からない。それはつまり、人の脳にはまだまだ知らないことがいっぱいあるって証拠。だからさ、僕は運営とバグ利用プレイヤーなんて考えはしてないんだ。この間も言ったよね? 秋良君は“非常に良いサンプル”なんだって。まぁ、もっともサンプルと思ってデータを見てるのは僕ぐらいだろうけれど、データを削除しないって思ってるのはみんな一緒じゃないかな? だって、あのゲームは“普通のゲームじゃない”からさ」
言いながら表情をころころ変え、途中には遠くを見つめて半ば諦めの境地すら見せながらも、お義父さん(仮)はそう言い切った。
その言葉に妙な説得力を感じたのは、以前、聞いた事のあるフレーズが含まれていたからかもしれない。
“普通のゲームじゃない”――それはかつて、僕がアインスさんから聞いたことのある言葉だった。
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