第295話 空は暗く日は落ちて、門は硬く閉ざされる
あれから草原を駆け抜け、予定していた時間を大幅に遅らせながらも、僕らはなんとかイルビンの街まで到達することができた。
なお、到達した時間は夜の10時。
つまり、そのときすでに門は閉められていた。
「カカッ、こりゃ野宿しかないのぅ」
「いや、笑い事じゃないんだけど……」
「でも、屋外で寝るなんて、小学生の時のキャンプ以来で楽しいよー!」
「……姉さん」
「あらあら、ハスタちゃんは元気ねぇ。それじゃあ、ミーと一緒にテントを立てましょう?」
「はーい! 任せて!」
街の門すぐ近くだからか、門の上に夜でも明かりが焚いてあって周囲は明るく、近づく魔物もリュンさんが一瞬で倒してしまうため、僕らは特に苦戦することもなくテントを立てることができた。
「テントは2つ使うんだけどぉ……アキちゃん、どうやって分かれよっか?」
「え、えぇ!? えっと、男女別で……」
「あらやだ、それじゃミーが1人になっちゃうわぁ」
「え、いや、そのリアルの性別的な」
むしろそうしなければ、僕が女性陣と一緒に寝る羽目になってしまう。
さすがにそれはダメだと思うし……。
「あら、それじゃあミーとアキちゃんが一緒ね」
「あ、それな「ダメ」……えぇ?」
それなら心配ないかな、と思い頷こうとした僕の言葉を遮って、ひとつの言葉が割り込んできた。
その主は無表情を保ったまま、僕の手を引いて、自分の方へと引き寄せた。
「余計危険」
「あらやだ。ラミナちゃんったら辛辣ねぇ」
「フェンはリュンと一緒のテント」
「あ、じゃあ私もそっちに行くー!」
「え、姉さん!?」
いつもより少し鋭い目をしながら言い放った組分けを、彼女の姉であるハスタさんの脳天気な声がぶち壊す。
彼女が止めようと手を伸ばしたが……時はすでに遅し……ハスタさんはリュンさんとフェンさんの方へと移っており、もはや決定したかのように寝袋を敷くスペースの確認を行っていた。
さて、こうなると別の問題が浮上してくる。
――僕、女の子とテントの中でふたりっきりになるんだけど。
「え、えーっとラミナさん?」
「いい。大丈夫」
「そ、そっかー」
僕が話しかけようにも、彼女はすでに心は決まったとばかりに自らのテントの方へと向かい、寝袋を準備し始めた。
ほ、本当に大丈夫かなぁ……。
「さて、寝床も決まったところで、夜の順番を決めようかのう」
「夜の順番……ああ、火の番とか見張り番とかのこと?」
「うむ。街から近いとはいえ、小物の数はなかなかおるようじゃしの。強さ自体はアキ単体でもどうにかなるレベルじゃが、テントにつっこまれでもしたら面倒じゃ」
「ああ、確かに……っていうか、僕を基準にしないでよ」
リュンさんの説明に納得しつつ、僕を引き合いにだしたことには一応反応しておく。
でも、わかってるんだ……。
このメンバーだと、僕が一番弱いってことは。
でも、特に悪びれた様子もなく「カカッ」と笑っただけで済まされたのは少し哀しい。
「一応確認してきたわぁ。やっぱり、真夜中の1時くらいから4時あたりまでは、門の上の火を消すみたいよぉ。あと、門は7時に開くみたいねぇ」
「あれ、そうなんだ? てっきり魔物除けになるからずっと焚いてるのかと思ってたけど」
フェンさんの情報に僕がそう呟くと、ラミナさんたちもそう思っていたのか、同じように首を傾げていた。
しかし、そんな僕らを見て、リュンさんは「はんっ」と鼻で笑ってから、
「真夜中は動く人間も、動ける人間も少ないからのう。仮に飛行する魔物でもおったら、目印になるだけじゃ」
と、僕らに教えてくれた。
なるほど……そういう考え方もあるのか。
「でもそうなると、真夜中は夜目が利く人じゃないと厳しいかもね」
「もしくは気配に敏感なやつじゃな」
うーん、そうなってくると自ずと絞られてくるっていうか……。
誰も何も言わないけれど、満場一致である人の方向へと目が向いてるっていうか……。
「あらやだ、そんな熱い視線送られたら、ミーの身体が火照っちゃうわぁ……」
「あ、あはは……。フェンさん、すみませんが真夜中の時間帯お願いできますか?」
「もぅ、肌が荒れちゃうんだけどぉ……仕方ないわねぇ。このメンバーじゃミーしか対応できないでしょうし」
フェンさんは少し不服そうな表情を見せてから、僕にそっと流し目を送ってくる。
し、仕方ないとは言え、とんでもないお願いをしてしまったのかもしれないぞ……。
「朝にやる」
「ん? ラミナさんは朝方?」
「そう」
「じゃあ、私はこのあとやるー! 朝起きれないし!」
「あ、あはは……それはちょっと自慢できないし、頑張って起きてもらうしか。でも、了解」
これで、
交代のタイミングで30分弱は一緒になるとして……門が開く時間が7時だから、
5人だとー……だいたい1人当たり1時間半ってところかな?
「後は僕とリュンさんだけど、どうしよっか?」
「なら儂はハスタの後にするかのう。身体が
「身体が若く? よくわかんないけど、了解。それなら僕がラミナさんの前だから……」
たぶん、僕も3時半に起きたら以降は起きてるだろうし、みんなも門が開く前には起きてくると思うし……ちょうど良いかな?
ハスタさんだけは、ラミナさんにお願いしないといけないだろうけど。
「ふむ、では儂は飯でも食うてくるかのぅ」
「あ、ハスタさんも今のうちに食べておいでよ。帰ってくるまでは待ってるから。ラミナさんも一緒にさ」
「ありがとー! 行ってくるね!」
「ん」
そして残ったのは……一番時間が使いにくいフェンさん。
ここまで話が進んでようやくわかったよ。
これは確かに面倒な時間をお願いしてしまったみたいだ。
「すみません……フェンさん」
「ふふ、気にしないで。これから一緒にやっていく仲間じゃなんだから」
「で、でも」
「い・い・の。ミーはミーで、上手いこと時間を使うわぁ。そうねぇ、少し食べ物を摘まんでから、お風呂にでも入ろうかしら」
その言葉に、少しも悩んでる色を乗せないのは、流石としか言いようがないのだけれど、それだけフェンさんは僕らを気遣ってくれているってことの証拠でもあった。
だから僕は、最後に「本当にありがとうございます」と頭を下げて、この話を終わらせたのだった。
◇◇◇
現実で寝て、そろそろ交代の時間だとログインしなおした僕の耳に、木を削るような音が聞こえてきた。
身体を起こすと同じテントで寝ている少女の寝顔が見えて、少し恥ずかしくなってくる。
中に人はたぶんいない……それは分かってるんだけど。
寝顔を見てしまったという申し訳なさのようなものと、恥ずかしさも相まって、僕は早々に寝袋から出ようと、静かにテントから這い出る。
いや、きっとラミナさんの中身はいないはずだから、音がしても全然問題無いんだけど、なんでか静かにしないといけない気がして。
「あら、アキちゃん。時間通りじゃなぁい」
「フェンさん、お疲れ様です。変わりはないですか?」
そう訊きながら、僕はテントを背にフェンさんの近くへと腰を下ろした。
彼は暗闇の中、棒のようなものを片手に持ち、反対の手に握ったナイフらしきもので、その木を削っていたみたいだった。
「……それ、なんですか?」
「あら、これに興味があるのぉ? 特に何かってものじゃないんだけど、強いて言えば杭ね」
「杭、ですか?」
夜の暗さに目が慣れてきたことで、ようやくはっきりと見えるようになってきたが、その目をもってしても、ただの尖った棒にしか見えなかった。
いや、尖った棒なら、確かに杭か。
「なんで杭? って顔してるわねぇ」
「あ、あはは……顔に出てましたか」
「ふふ。色々なことに使うため、かしらねぇ」
色々なこと、か。
サイズとしては、フェンさんの手よりも少し大きいくらいの長さに、太さも指程度しかない。
武器、かな?
「武器だけじゃないわよぉ? 壁なんかに突き刺して足場代わりに使うこともあるし、先端に油紙を巻いて、火種や潜入時の松明代わりにする事もあるの」
「そ、それはスゴいですけど……僕が想像できない範囲からの答えでしたね……」
もはや思考回路が、同じ世界に生きてるのか疑ってしまう感じだ。
いや、フェンさんだけじゃなく、リュンさんやウォンさんにしてもだけど、どこか普通とは違う感じがしてしまうんだよね。
口調や仕草に違和感を覚えるのは、リュンさんが一番多いかも知れない。
あの、口より先に手が出る性格だから、まだ年相応か少し幼く見える部分もあるけれど……あの口調や、落ち着いてるときの凄みみたいなものは、絶対に僕と同年代のものじゃない。
――そう、まるで壮年から年配の人みたいな感じだ。
そこまで考えて、僕は今の状況を思い出す。
夜で暗く、周りに誰も居ない、この状況を。
「あ、あの……フェンさん」
「ん? なにかしら」
話しかけた僕の雰囲気が、普段と少し違ったようにみえたのか……フェンさんは、顔だけではなく、身体全体を僕の方へと向け、話を促してくれた。
そう、2人しかいない、今の状況。
なら、今がその時なのかも知れない。
「フェンさんに教えて欲しいことがあるんです」
フェンさんを含む3人の、物語を知る時は。
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