第210話 終わったら

 今回の話は、ラミナ視点→アキ視点となります。


――――――――――――――――


『僕を、殺してみてください』


 正面に浮かぶモニターの中で、アキがそんなことを言う。

 一瞬、周囲が凍りついたように静かになり、直後にざわめきが場を支配した。


「アキ……」

「アキちゃん、どうしたのかなー……」

「わからない」


 正直、ラミナにもわからない。

 でも、その直前にアキが言っていた言葉。

 『そう、思いたい』って、信じたいってことだと思う。


「……ラミナも、アキを信じてる」


 アキが伝えてくれたあの言葉を。

 だから、今はアキの想いを大事にしてあげたい。


「うん、そうだね! 私も、アキちゃんを信じてる! 絶対大丈夫!」

「姉さん……。ありがとう」


 笑顔の姉さんと並んで、モニターへと想いを込める。

 その向こうのあの人に、届くように、と。



「ひ、め……? 貴女は、じぶんが何を言っているのか……理解されていますか?」

「もちろん、わかってる」

「……」


 シンシさんの顔は、血の気が引いたような、そんな顔に見える。

 柄に触れる手も、小刻みに震えているのが、細い針を通して僕にも伝わった。


 あー……こんなこと言ったなんて、トーマ君達に知られたら、何て言われるかなぁ……。

 トーマ君は呆れるか、楽しそうに笑ってくれるかもだけど、リュンさんは怒りそう。

 この阿呆とか、馬鹿かお主は、くらいは言われそうだなぁ……。


「そういえば、シンシさん」

「な、なんでしょう?」

「シンシさんと、ヤカタさんの服って、シンシさんが作成したんですか?」


 そんな、場の空気にそぐわない、軽い質問。

 針が手から離れるときに、なぜかそんなことが気になった。

 熱が出てるみたいに、頭がふわふわしているからかもしれない。


「え? ええ、そうです。ゲームを初めてから、私があつらえたものです」

「やっぱりそうなんですね。ヤカタさんと戦った際、動きを制限している様子もなかったので」

「あれは、昔……私がヤカタのリアルに送ったものと、同じデザインのものなのです。こちらでも、何かあつらえようという話になった際、ヤカタが指定してきたもので。……渡したのも、もう十年近く前になるのですが」


 青かった顔色が、少し照れるような朱に変わる。

 それだけで、シンシさんにとって、そのことがどんな意味を持つのか、想像できるほどだった。


 そしてきっとそれは、ヤカタさんにとっても、大事なものだったんじゃないだろうか。

 だからこそ、こっちの世界でも、その服と同じものを使いたかったのかな?


 そういうのって、なんだか素敵だなぁ……。


「ねえ、シンシさん。このイベントが終わったらさ、僕の服も作って貰うことって出来るのかな? もちろんお金とか、素材とかは言ってくれれば頑張って準備するよ」

「え、姫の、ですか……?」

「うん。……僕、普段使い出来るような服が、お下がりしかなくて……。もしシンシさんが作ってくれるなら、すごく嬉しい」


 もちろん、おばちゃんから貰った服も、僕にとっては大切な宝物のようなものだけど。

 それとはまた違う、僕個人のことを考えながら作られた服は、きっとその人の思いがいっぱい詰め込まれてるはずだから。

 だからこそ、僕はシンシさんにお願いしたいんだ。


 仲間にも、敵にもなった僕らは、きっと他にはない不思議な関係で。

 お互い、このイベントの事は、忘れることもできない……そんな、時折痛むみたいな思い出になる。

 でも、それでいい。


 そんな関係も、きっと宝物になるはずだから


「どうかな? シンシさん」


 急速に霞み始めた視界に耐えながら、僕はなんとか笑顔を作る。

 そんな僕に対して、目の前のシンシさんは右腕を持ち上げて――。

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