第187話 予想外
鈍い音が響き、その直後……何かが僕の視界から飛んでいった。
「ラミナ!」
ハスタさんの慌てた声が聞こえた。
けれど、僕の身体は全然動いてくれなくて、飛んでいった何かを確認することも出来ない……。
今、何が、飛んでいった……?
「あのタイミングでかばうか。……やるな」
「……くっ! アキちゃん! ラミナを連れて逃げて! もし連れて行けないなら、置いて行ってもいいから!」
「ハスタさん!?」
「さっきも言ったよね! 戦闘が始まっても、アキちゃんだけは拠点目指して走って、って!」
「で、でも!」
「いいから! 早く!」
ハスタさんの言葉に、後ろを振り返れば……視界に入る何か。
……地面に横たわった青い髪の、女の子……。
「ら、ラミナさん……」
見れば見るほどに、酷い状況。
大槌を受けたのか、盾を付けていた左腕は、あり得ない方向に曲がり……盾も衝撃で壊れたのか、その形を失っていた。
「くっ、そ……」
ラミナさんのあまりの状態に、思わず足が退がりそうになる。
けど、今は退がってる場合じゃない!
歯にを食いしばるように、力を入れて、僕は彼女を抱きかかえた。
「……ア、キ」
「ラミナさん!? 大丈夫!? 少し離れたら、お薬渡すから……少しだけ我慢して!」
「ダメ……、おいて……いって……」
「……!」
「お願、い……」
「ダメ! そんなのは聞こえない!」
「ア、キ」
「黙ってて! 今は! お願いだから!」
まだ何か言おうとするラミナさんを無視して、一歩、また一歩とヤカタさんから離れていく。
このゲームがリアルなのは分かってたけど……ここまでリアルに再現されるなんて思ってもみなかった……!
僕の腕に触れている彼女の腕は……骨の硬さも感じられないんだ……。
なんでラミナさんは、こんな状態でも……意識を保ってられるんだ……。
……僕には、無理だ……。
「――ッ!」
戦闘から遠ざかる僕の耳に、後ろから誰かの声が届いた。
……地面に倒れるような音と一緒に。
「お嬢、待ってくれ」
「ヒッ!」
「ま、だだよ……」
「しつけぇなぁ……。お前らは、お嬢捕まえた後でちゃんと相手してやるから、ちょっと待てよ」
ヤカタさんの進路を塞ぐように、ハスタさんがゆらりと立ち上がる。
満身創痍……そんな言葉が似合うほどに、ボロボロな姿。
でも、手に持った槍からは、絶対に通さないという、強い意志を感じる気がした。
「さっきから何度もやっただろ? お前じゃ俺に勝てねぇよ。さっさとどきな」
「……断る。妹が、身を挺して私を守ったんだ。なら私だって、お姉ちゃんとして……守るモノを守り通す……」
「……はぁ。意地ってんのは分かるけどよ。それは実力が伴ってこそ、意味がある。今のお前らじゃ、ただの犬死にだ」
「くっ……!」
ハスタさんにも分かってるんだろう……適わないってことは。
せめてあと1人……大槌を振るう、あの力に対抗できるだけの力があれば……。
って、なんだか変な臭いが……。
「なんだ? 臭え……」
「……森の方から? 変な臭い……」
あ、臭いに気付いたの、僕だけじゃなかった。
抱いてるラミナさんの顔も、別の意味で渋い顔になってるし……臭いんだろうなぁ……。
でも、この臭いって確か……。
「アァキィィ……! 見つけたァ!」
「ヒッ!?」
森の方から、低く……恐ろしい声が響く。
距離も離れてるはずなのに、耳元で言われたみたいに感じて、背筋に寒気が走る。
でも、臭い。
「ったく何だァ? この臭えやつは……」
「なんだかどんどん近づいてくるんだけど……。うぇ……」
「臭くなるのは分かってたけど……ここまで臭いのは予想外っていうか……」
「お嬢、これが何かわかるのか?」
「うん……というか、たぶん僕が作った」
「アキちゃん……なんてモノを……」
やっぱりアレは……危険物だなぁ……。
少し時間が経つだけでも、僕が気絶したレベルだし……。
「ってか、アキちゃんを探してたみたいだけど……。知り合い?」
「……リュンさん。多分……」
「あ、あぁー……」
あまりの臭さに、ハスタさんはおろか、ヤカタさんも両手を使って、鼻と口を覆ってる……。
うん、僕も人のこと言えないけどさ……。
「アァキィィィ!」
「ヒィッ!?」
「お主は、なんてモンを渡してくるんじゃ! おかげで儂の大事な一張羅が、臭うて臭うて適わんぞ!」
「ご、ごめんね……!」
「謝って許すと思うかァ!」
「ご、ごめんー!」
近づいてくるリュンさんに、色んな意味で目から涙が出る。
というか、ちょっと……あんまり近づかないでー!
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