第19話 Lawson to Mama

 働いているローソンには地元の客も多かった。彼らは客同士で会話を楽しみ、奥田もよくそこに加わった。都会のコンビニでは見慣れない光景だった。おれが奥田の代わりにレジに入ると、愛想のいい客も黙る。おれだって奥田のように、今日はどうでしたか? なんて言ってみたい。そう感じ始めた頃、初めて話しかけてくれたのは奥田に「ママ」と呼ばれる太った厚化粧の女だった。ママと聞いて水商売の割に美しくないと思った。おれならこの人にお金は出さないだろう。そう決定づけたのは許すことの出来ない大きな二重顎だった。しかしながら、彼女は会う人全員に声をかけ、話しかけられた人は実に楽しそうに彼女と話す。濃い化粧と体型は欲深さを、アイスブレイクは懐の広さを、それぞれ表していた。

「今の人はどんな人ですか?」

「スナックのママ。うちでよく買っていってくれる」

 奥田よ、それは見ればわかるのだ。


 いつものように浜の仕事を終え、ローソンで働いていていると、派手な大女が入ってきてすぐにママだと気づいた。

「あら、イケメンさん。いつから入ったの?」

 カウンター越しに、彼女の体温と鼻息と化粧の臭いが伝わってきた。

「先週から。浜でバイトしてるんだってさ」レジから離れた奥田が先に答えた。おれは余計なお節介だと思った。

「あら丁度良いわ、あなたに聞きたいことがあるの、いいかしら」

 次の瞬間、驚くべきことに、おれの深層心理がママの口から出てきた。

「女の子、紹介してくれない? あなたなら良い子知ってそう」

 おれは興奮を抑え、無駄なことを言わないように気をつけた、

「住み込みでできますか? 若すぎるかもしれません」

「いくつなの」

「27です」

「27なら、むしろちょうど良いじゃない」

「数字だけならそうなんですが」

「会ってみたいわ、会わせてもらえる?」

「呼んでみます」

「今呼ぶのはちょっと、遅くないかしら」

「家がこの裏なんで、起きてたらすぐ来ます」

 外に出てマホナに電話した。深夜二時過ぎだったが彼女は電話に出た。

「ごめん寝てたでしょ」

「おきてた」とマホナは甘ったるい声で言った。

「いや、寝てたならいいんだ」

「おきてた」

 おれは怒り出すまで同じことを言わせようと思ったが、無防備過ぎる声に、おちょくろうとした自分が愚かに思えた。

「すごいよ。仕事の話があるんだ。今出てこれる?」

「ちょっとまって・・・・・・・・・・・・わかったぁいくぅ」

 ママに外で待ってもらい、客がいないのを良いことにおれも外に出た。

 辺りは真っ暗だった。ローソンだけが自然界には存在しない強烈な明るさを放っていた。頻繁に虫が看板にぶつかる音がしていた。

 少し経って、マホナがゆっくり坂を下りてきた。そして「なあに」と気が抜けたような声で言った。

「良い仕事があるんだって、レオが出るまで使えるかもしれないし、話だけでも聞いてみたら?」

「うーん。わかった」

 おれは二人を引き合わせた。

「あら、可愛いらしい」とママ。

 店内に引き上げようとすると、マホナに見つめられ、体が重くなった。

「少しの間、彼女さんをお借りしても良いかしら」とママは釘を刺すように言った。

 業務に戻り、硝子の外へ目をやると、マホナのいつもの大げさな身振りが窺えて、店内にもマホナの笑い声が聞こえる気がした。

 ママがローソンのガラス戸を半分押開け、顔を覗かせた、

「もう帰るから」

 おれは慌てて外に飛び出した、

「どうでしたか?」

「マホナ、ホステスになる!」とマホナはママより先に言った。

「こんな良い子に来てもらえればうちは大助かりよ」

 二人はそれぞれの寝床に帰っていった。

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