第15話 Hichihike to Poranoid

 レオの面会に行く、と言ってマホナが初めて仕事には来なかった日の昼休み、部屋の鍵が開いているだろうから部屋で寝ることを思い付いた。何でも出来る、と思わせる暑さだった。

 道路に出てから、バス停があることを思い出した。しかし、これだけの駅に向かう車が走っているのにバスにお金を払うなんて馬鹿らしいと思った。信号で止まっている車の窓を叩き入れてもらった。運転手の男は駅までしか乗せられないと言った、

「もっと綺麗な浜はあるよ、タダドとか」

「明日行ってみます。さっきの白浜でしたっけ? あそこも綺麗でしたよ」

「昔はほんと綺麗だった。今は他から砂を入れているからなあ」

「なるほど。やっぱり柄が悪いんですか? さっき、やくざっぽい人がいたから」

「今は問題ないと思うよ。でも母校では白浜に行っては行けない事になっていたな、地元の人は近づかない、巻き込まれたくはないからね」

 同じようにしてローソンまでもヒッチハイクして寮に着いた。

ノブを回すと、やはり鍵はかかっていなかった、女がいることを確信して中に入った。

眩しい光に迎えられた。奥のぼかし窓が全開だった。靴はなかった。奥まで行き、襖の裏と押入れの中を覗いた。それから、戻ってきてトイレの前で、お前は完全に包囲されている、と言った。しかし本当にいなかった。

 昼の部屋は、夜とは別次元に感じられた。サウナのように蒸し暑く、竹藪を通って入る光が内壁を緑に染め、蝉の鳴き声が空間を埋め尽くしていた。

 一つのアイディアが浮かび、自分の荷物の中から箱に入った新品のスピーカーを取り出した。これはオヤジが他の商売の為に大量に持っていて、もらうというよりは半ば強引に渡されたものだった。こいつを窓際に置いてデビッド・ボウイのエムディーを流せば、それを聞いたマホナがやってこないとも限らない。

しかし、いざやってみると、そのスピーカーからは耳障りな音しか出なかった。すぐに切って寝転んだ。

 急に、ゴンゴン、と階段を上る足音がしてすぐ途絶えた。一度、二階に住むおばあちゃんさんとあいさつを交わしたことがある。交わすと言うよりはこっちからの一方的なもので、洗濯物を移し終えた禿げたおばちゃんは、白々しく部屋に戻った。あのおばあちゃんが帰ってきたのかもしれない。夏休みに会いに来る孫がいれば最高の場所なのに。そんなことを考えていると、突然ドアノブが回り、慌てて目をつぶった。

「わあ!」と奴は玄関で叫んだ。

「寝に戻ってきたんだ」おれは瞼の上に手首をあてがって言った。

「また会えなかったからすぐ帰って来ちゃった」

 女はおれがいることを予知していたかのように、いつまでも動揺を見せなかった。

「頭に来るあのオヤジ、マホナに抱きついてきたんだから」

「どうしたの?」

「突破しようとしたら捕まれて、だから、変態触らないでって大声で叫んでやったわ」

「警官に?」上半身を起こした。

「何でもいいのよ。あんなハゲ」

 靴を脱いだマホナが畳に上がった。

「おかえり」

「つかれたー。一緒に寝ても良い? 寝不足なの。一人じゃ寝られないし。それと絶対に変な気持ち持たないって約束して」

「当たり前だろ」

 二人でおれの使っているマットに横になった。女が壁側だった。

「あっち向いたままでいて」

「当たり前だろ」

 オヤジが灰皿にしているペプシゼロの空き缶を見つめた。背中に温もりを感じながら三〇分くらいそうしていた。

「・・・・・・マホナ起きてる?」

「うん」

「・・・・・・眠れない」

「うん」

「顔を見せて」

 おれたちは向き合った。煙草一本分の距離の先で、女は泣いていた。大きな丸い目だった。

「キスしてもいい?」

「ダメ。絶対ダメ」

「おでこならいいでしょ」

 答えを待たずに狭いおでこに口を付けた。女は仰向けになって離れたが、髪の生え際や頬にキスを続けた。

「なんでそんなにキスするの?」

「顔を覚えるためだよ」

 マホナの顔を間近で見ると、パーツ毎の作りはへんてこだった。耳は宇宙人みたいに尖っていたし、鼻は穴がやたら狭くて上を向いていた、おまけに目が離れていた。

 女は口にキスされないように両手を口にあてがったが、仰向けになったっきり、逃げようとしなかった。おれは女の上に覆い被り、首にもキスし始めた。

「口はだめなんだ?」

「ん・・・・・・絶対ダメだから」

「マホナの顔を思い出すときにクチナシになっちゃうよ」

「全部忘れなさいよ」

 ワンピースのスカートをめくろうとすると、「社長が来ちゃう」と言うので、来ないことはわかりきっていたが止めた。それでもワンピースの上から体を触ることは拒まれなかった。厚みのある赤いブラジャーだった。

「変態さんだったのね」とマホナ。

「違う」ジムキャリーなみの決め顔を作った。「ド変態だぜ」

「きもっ」

 おれは本当は「犬」なんだと思った。自分は人間だと勘違いしたバカ犬で、遊ぼうよ遊ぼうよ、と人間を焚き付けているのだ。マホナは、右手で口を、左手でスカートをしっかりと握りしめ、嵐が過ぎるのを待っていた。あっという間に時間が過ぎていった。

「片付け行ってくるけど、どうする?」

「その前に写真撮ってもいい? お願い、友達に見せるから」

「写真? いいけど早くして」

 マホナは荷物の中から大きなカメラを取り出した。

「すごいカメラだね」

「やっと見つけたのよ! ポラロイド」

「すぐに写真が出てくるの?」

「だから買ったの、変なこと聞かないで」

「でも、なんですぐに写真になるのか知ってる?」

「ネガカンコウザイがポジカンコウシと合わさるの」

「おれたちみたいなもんだ」

「ばかじゃないの」

「どうせ化学反応って言うんだろ?」

「現像液が入っているのよ」

「それが化学反応するんだろ?」

「うーん。説明するの面倒臭い、それでいいわよ、もう」

「やってみようぜ、撮りたいんだろ」

「ここじゃあ暗すぎるわ」

「出よう、時間がない」

 階段を駆け下ったおれの後を、ナメクジのようにじれったくマホナは下りてきた、

「待って、こっちきて」

「撮れるの?」

「撮れると思う?」

「おれに聞かれてもわかんないよ」

「やってみる。ちょっとそこ日向だから立ってくれない」

「早くして」寮を背にして立たされた。西日が目に痛かった。おれは思い出したように、「二人じゃないととらない」と言って自分の人差し指と中指で目を隠した。「モザイクガード」

「ふざけないでくれる、フィルム高いんだから」

 一人で撮られるのは嫌だったが、仕方なく手を退けたのは一度了解したことが弱みに思えたからだった。

 カシャ。

「濃いメンがタイプではあるのよね」

「サインはいらない?」

「今度ちょうだい、あなた有名になるわ」とマホナは出てきた写真をペラペラと振りながら言った。見ている限り、写真自体には興味を示さなかった。

 女は、一人になりたくない、と言い、二人でバスに乗り浜に戻った。何食わぬ顔でバラバラに片づけに合流した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る