第123話 どうしてくれるんだ

 ちょ、ちょちょちょ……。


 私達はしばらくの間で見つめ合っていた。


 その状態というのは、

 つまり、健次君の大きな手が私の頭の上にあって、

 健次君はその大きな身体を少し窮屈そうに丸めて、

 そして、私と目線の高さを合わせている、という。


 まぁ、何ていうか……。

 その、ものすごく、何ていうか……。


 すごく、良いムード、というか、ですね……。


 かっ、かかか顔が近い……。


「咲……」

「――はっ! はぁいっ!」


 健次君は、必要以上に大きな声を出してしまった私に笑うこともなかった。いつもなら確実に吹き出しているところなのに。


 するり、と健次君の手が私の頭を滑る。

 私の左耳を撫でるようにして徐々に下へ下へと。

 それが頬でぴたりと止まった。


 あぁ、これは。

 こうなれば。

 きっと――、いや、確実に私達の唇は重なるだろう。


 そんなことが容易に推測出来る。そんな距離だったし、そんな雰囲気だった。


 例えばもしここで私が目を瞑ったなら、健次君はそれに応えてくれるだろう。ていうか、健次君が目を瞑ったら、その場合、私から仕掛ける感じ? そうなる? そうなっちゃう?


 で、でも出来れば健次君からお願いしたい、というか……。


 あぁなんて邪な、ふしだらな私。

 

 そんなことを思いながら、勇気を出して目を瞑ってみた。

 伝わるかな? 伝わる……よね?


 頬に触れていた手が少しだけ強張ったような気がした。


 大丈夫、これは伝わってる。


 はすぐに訪れた。

 鼻先に何か温かいものが触れ、次いで、それよりも温かく柔らかなものが私の唇に触れた。


 感触を楽しむかのように2度ほどくっついたり離れたりした後、今度はついばむように何度か優しく挟まれた。何だかちょっとくすぐったい。


 今回のキスは何だか長い。

 そんなことを思いながらふにふにとついばまれていると、何だか自分は鳥の餌にでもなっているような気分になる。

 

 美味しいですか? 美味しいですか、健次君?

 でもね、私だってね、やられっぱなしではいられないのですよ。私はね、ただ黙って食べられるだけの小さな虫ではないわけです。


 うーん、それよりはやっぱり猪的な?

 

 ――だったら!


 思い切って健次君の肩に触れてみる。

 彼は私の行動に少し驚いた様子だった。けれど、唇を離すということはしない。

 肩に触れた手に力を込め、少しだけ身体を前に倒す。

 そして、負けじと健次君の唇に――、


 噛みついた。


 そう、しまったのだ。


「――――っ!!??」


 健次君の肩がびくりと震えた。

 

 あ、あれ? 何か違う??!


 そ、そうか! 歯じゃないわ! 歯のはずがないわ、絶対!


 唇で、はむ、ってやるんだよ! そうだよ! 馬鹿か、私は!


 どうしよう、と私は焦った。

 もちろん噛み切るほど強く噛んだわけではない。だけれども、これはかなりの失態である。


 とりあえず離れなくちゃ。

 そして、謝らないと――、と健次君の唇から距離をとろうとした時だった。


「――――む? ぅむぅ?」


 状況を把握するのに数秒間を要した。


 え――と、えぇっとね。

 私の視界には、健次君と、それから部屋の天井がある。

 

 あれ、ということは?

 ということは――――?


「どうしてくれるんだ、咲。ここ、実家だぞ?」


 どうしたもこうしたも――――――!!?

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