第7話

 加えて、さっきまで画面の中で歌い踊っていた彼女達の所属する会社に「就職」し、彼が去ってからの1年数ヶ月もの暗く、泥の中にいた引き籠もりから脱し、社会復帰が叶ったのも父の後押しがあっての事だ。


 眉をひそめた……世の中には、就職も叶わず、パートでこき使われ、毎日を生きるのに精一杯な人々もいるというのに、私はのうのうと「コネ」入社を果たし、今現在、誰もが羨むアイドルグループの近くでの仕事にありついている。




 甘ったれで、自立できない自分……。


 けれど、現状を受け入れ、環境を活かし、生きてゆかなければならない……一歩づつ進んでゆけば良い。穏やかに流れている時間を感じ、素直な心で自分なりに生きてゆけば、おのずと進むべき道は見えてくる。


「復帰」して2ヶ月弱、広報部の事務仕事にも慣れ、たわいもない会話もこなす余裕もできた。皆、私を快く受け入れてくれて、それとなく「事情」察して優しくしてくれる。


 満員電車は苦痛でしょう……と、車通勤までも勧めてくれた。


 何と恵まれた職場だろうか……「彼女達」を感じられる状況を私は最大限に歓び、仕事に邁進しなければならない……それが、下級層で蠢く大多数の者達に対する私の責任の取り方、生きる理由なのだと。


「そう……いつまでも取り憑かれたものに自分自身を奪われてはならない……」


 私の中の「私」が、じわりと滲み、語る。


 語りながら、右腕を、指先を快世界へ導く蜜部に誘導する……この私は「何者」なのか……。


 彼女の誘惑に陥落しそうになった時、マットレスに放り投げ、ただ体裁を取り繕う為に新調したスマートフォンが、初めての着信音を奏でる。




「もしもし……」


 鳴り止まない着信音に、仕方なく応対する……少し苛ついた声を含ませて……。


「井上です」


 私である事を確認すらせず、女性にしてはやや低いが、綺麗で通る声で名乗る。


「はっ……」


 意識が言い、瞬時にマットレスから身を起こす。この声、堂々とした音圧……社長だ。私を泥の中から強引に引っこ抜き、自分の会社にねじ込んだ、父の中学からの友人であり、私の「恩人」……。


 長身で細身、見事なプロポーション。高級スーツを完璧に着こなし、肩に僅かにかかる艶やかなブラウン色の髪と美形な顔立ち。それらにより、20代後半と言われても疑われる事のない居ずまいと華麗な雰囲気。


 最初に逢ったのは、私の引き籠もりが「とうとう」世間的に耐えきれなくなった父が「動いた」時。


 私の部屋に入るなり、胸ぐらを掴み、私の頬を思い切り張った……。


 吹っ飛ばされ、ゴミの「クッション」に埋もれた私を起こし、優しく抱きしめてくれた……。

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