第25話 幕間

 敵兵三十を捕虜とし、敵機を鹵獲するに至った戦闘――後日、日野谷の戦いと命名される――はいかにして展開されたのか? 

 残念ながらこれについて正しい答えを持っている者はいない。そんなばかな、と思われるかもしれないが、そもそも現場でなにが起こったのか、その全体像を知っている者はいないのである。この戦闘の指揮をとった美嘉も、そしてその時前線司令官であった人物、本田左衛門尉なる者も全体像を語ることはできない。まして捕囚となった自衛隊員はなおさらであり、気がつくと捕虜となっていた、というのが正確なところだろう。

 だが私は語らねばならない。この戦闘こそ東京政府と我が丹生谷王朝の初の軍事的衝突であり、そして有史以来初の、現世と幽世が相まみえた戦いであったからである。


 さて、先述したように政府は自衛隊に丹生谷王朝の追討を命じた。本来ならこれくらいの規模であれば警察や機動隊がまず投入されるところである。だが政府は我々の声明から時をおかず、自衛隊に命令を下した。

 これは当時の国会でも問題となったところである。政府高官は野党議員からの質問に対し、県警が突入に失敗したこと、また武器を保有している疑いがあることなどを上げ、自衛隊投入についての根拠とした。加えて与党議員の言うことには、畏れ多くも天皇を僭称する輩に慈悲は無用である。直ちに討伐し、もって皇軍の威光を内外に示す時である。

 この議員の発言は流石に議場では発せられなかったが、時をおかずSNSに投稿された。更に付け加えるに、これは某国の陰謀である。自衛隊主力を四国の山中にひきつけ、九州や沖縄を無防備とするつもりだ、と。そして彼の国の工作員はきっと丹生谷の導きで四国に入り、原子力発電所などへのテロを仕掛けるだろう。

 まったくもって笑止千万。東京出身であった彼は四国の地図などもともと念頭になかったのだ。徳島県がどこにあるか、丹生谷がどこか、そして四国唯一の原子炉がどこにあるか、彼は全くの無知だったのである。

 もちろん野党や左派の中にもわけの分からぬ事を言うものもいた。これは首相の狂言であるというのである。すなわち国内の不穏分子を弾圧するさまを見せつけることで、より自身の政権を盤石のものとしようとしているのだ、と。

 読者諸氏にはもうご承知のところであるが、我々は決してそのような政争のために反乱を起こしたのではなかった。皇統を正統なるものとするために、立ち上がったのである。そして、だからこそ、東京の反応はすばやく、しかも苛烈であったと言わねばならない。東京などというたかだか150年、徳川家の支配を含めても400年の歴史しかない東夷の都の正当性は、正統なる天皇を手中に収めているということによっている。我々はそれを真っ向から否定し、天皇と、神器を持ち出したのだ。


「東京が苛烈であればあるほど、我々は正しい」検非違使別当は我々に訓示した。「我々は我々の聖戦を完遂するのである」

 え、一種のカルト宗教のようであるだって? それは異なる。予言のごとく日蓮聖人が数々の法難にあったように、我々の迫害も、すべて高天原の意志なのである。


 閑話休題。


 ともかく政府は丹生谷征伐に自衛隊を投入した。まず動かしたのが香川県善通寺市にその本部を置く第14旅団である。第14師団は15即応機動連隊を有しており、それが今回の征討の主力となった。

 自衛隊は丹生谷に攻め寄せるさい、その布陣場所の選定に苦慮した。阿南では遠すぎ、それより那賀川の上流に上れば谷川ばかりで土地はない。結果として、那賀郡へと踏み入れたばかりの土地である鷲敷――太龍寺山の南の麓に布陣したのである。

 そして陸上部隊の投入も困難であった。国道195号線が那賀川上流の丹生谷地域へ向かって伸びているが、途中の橋は10トンを超える車両を寄せ付けず、またトンネルも機動車が通るには狭すぎた。結局は歩兵が前進するしかない。だがその突入路は謎の霧が封鎖している。

 そこで第14旅団司令部は別の作戦を取ることとした。ヘリボーンである。

 空自の偵察機や、テレビ局のヘリは霧を抜け丹生谷への侵入に成功していた。陸路はだめでも、ヘリコプターであれば兵力を切りを抜けて侵入させることは可能かもしれない。

 そう決まれば早かった。命令の翌朝、徳島県松茂町の基地を飛び立ったUH-1Jヘリコプター4機は先遣隊一個小隊を乗せていた。任務は後詰めの突入路の確保、可能ならば制圧である。

 さて、ヘリコプターが霧の中に突入した後なにが起こったのか。ここからは隊員ごとに証言が曖昧な部分があり信頼に足るかどうか乏しいといい、公表されているものも乏しい。

 ここで私は幸いにもこの作戦に参加したF 一曹の証言を得ることに成功した。実名を出さないように、という約束のもとでインタビューに応じていただいた彼は、私が丹生谷関係者であったことを知らぬようであり、様々なことを話してくれた。彼との約束を守るため、隊員の名前はすべてイニシャルで書く。それと当方では美嘉と、本田某の発言を頼りとして、次章においてかの戦闘の再構成を試みたいと思う。なお、私は軍事方面には明るくないので、所々で事実誤認などがあるかもしれないが、ご容赦いただきたい。

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