第66話世界への通達

アルフヘイムは色欲の神敵者、ラグリア・フォルネスの襲撃により、少しずつ進めていた復興が無に帰り、ネルファやハルトが所属するグラムールの傘下に入ることにより、身の安全や衣食住、全ての安心を手に入れた。だがそれは同時にに世界を敵に回す事と言うことだ。


この世界の常識では神敵者=悪と言う構図が出来ている為に、神敵者が指揮する組織は必然的に悪となってしまう。いくら困っており、どうしようもない状況だったとはいえ、これで良かったのかもっと何かいい案は無かったのかとステイツは悩んででいた。



下げていた視線を上げる。



「すさまじい力だな…」



ステイツが見上げた先にあるのは故郷アルフヘイムと比べても何ら遜色のないい街並みだ。石畳の道に木造の家やレンガ造りの家、他にも大樹の中で人が住めるるようにしたもの、自然を生かし、木の枝などでつくられた橋と言ったものがある。加えて高さ数十メートルの崖からは水が流れており、滝がある。不思議な事に滝は川などとは繋がっていないのにも関わらず、絶え間なく水を吐き出し続けていたた。他にも色とりどりの花や木の実など、とても神秘的である。故にこの神秘的な光景をたったの数日で作り上げた人物には驚愕せずにはいられない。


グラムールに所属する面々は多少は驚きを露わにしながらもほ~、とかおぉーなどと間抜けそうな声を上げているだけだったが、エルフの者達は目を見開き、まるでUMAにでも遭遇したような顔をしていた。しかし、それも無理のないことだろう。


何故なら数日前までは・・・・・ここに街はおろか・・・・・生活できる・・・・・だけの環境・・・・・が整ってはいなかったのだから。





ーー数日前ーー

アルフヘイムでの正体を口外しない事を約束させられた後、エルフたちはネルファの魔法により360℃m見渡す限り海しかない孤島とでも表現すべき場所に連れて来られていた。



「どこだ…ここ?」



エルフの一人が戸惑いがちに呟く。すると周囲にいた他の者達も口々に同じような呟きを漏らし周囲の状況を確認する。


見渡す限り海、その中にポツンと島がある。総面積70k㎡へいほうキロメートルと数が少ない

現状で住むには十分の大きさがある。島には人が木の中で住めるような大きさの物はなく、至って普通の大きさのものがいくつも生えている。木以外には山があるだけだ。一言でこの島の事を現すなら自然が豊かな所だろうか。



「今日からここが、君たちエルフ族が住むことになる場所だ」



地面を指さしながらネルファが告げる。しかしそれに即納得できるものはいなかった。皆、意味が分からんと頭の上に疑問符を浮かべている。そんな中、エルフの一人が口を開く。



「ここに住むって…一から生活基盤を作るってことかよ…」



見渡す限り自然しかない場所。いくらエルフが自然の中で暮らす種族だとしても現状を考えれば一から生活基盤を整える程の気力は誰も持ち合わせてはいないだろう。これならばアルフヘイムで無事な建物を探し暮らす方が賢明な判断かもしれない。



「確かに生活基盤は一から作らなければならないだろう」



ネルファのその言葉にエルフたちの表情が暗く、重苦しい雰囲気へと変わる。だが、継ぐ言葉でそれは一変した。



「誰も君らがやるとは言っていないだろう…やるのは私だ」



誰もかれもが再び疑問符を浮かべる。しかし、そんな事はお構いなしにネルファは話しの続きをし始める。



「さて、これから街造りをするわけだが、私は襲撃前のアルフヘイムへは数回行ったことがある程度で細かい作りまでは分かりようがない。だから多少

違ってても文句は勘弁してくれ」



それだけ言うと一人集団から外れていく。途中、追随しようとするヤーコプに制止の声を掛け、二言三言何かを伝えるとそのまま歩いて行ってしまった。



「ではここからは不肖ながらこの私、ヤーコプが務めさせていただきます」



そう言うとヤーコプは軽く一礼しこちらです、と案内を始めるのだった。



歩くこと数分、ネルファと別行動となった一行は、孤島には不釣り合いな屋敷へ案内されていた。二階建てのレンガ造りの屋敷だ。まだそれほど年季が入っていないのかレンガは赤茶色が目立つ。それにより余計に周囲から浮いている。

というか、何故こんなところに一つだけ屋敷があるのかが謎だろう。



「ほぉ~、でかいなぁ。つーかネルファってこんなところに住んでたのかよ」


「いえ、ここはネルファ様が所有する屋敷の一つでございます」


「え? 何、あいつっていくつも家持ってんの? 金持ちじゃん。養ってもらえないか、ちょっも聞いてくんない?」


「ハルト様…」



ハルトの発言にヤーコプはフォッフォッフォと好好爺然とした笑みを浮かべ、アイリは何を言っているんだ、とジト目を向けている。


では、そろそろ中に案内させていただきますとヤーコプが屋敷の扉を開き、皆を招く。そうして屋敷の中に入った一行だったが、見た目の立派さと違い中は殺風景なものだった。どの部屋にも最低限の家具、調度品が置かれているだけで飾り気は皆無だ。


そんな飾り気の無い部屋に嘆息を漏らすハルトだったが、その行動に反してソファを見つけるや否や、寝ころび居心地よさげに寛いでいる。



「おぉー 何だこのソファ。沈む沈むぅ」



身体を起こし、ボフボフと座ったまま飛び跳ねる。その様はまるで子供だ。



「ハルト…さーまー… 行儀が悪いぞ」



呼びなれない呼び方に変な伸ばしが入り、間抜けな感じで名前を呼ぶアイリ。



「気に入ってもらえたようで何よりです。 エルフの皆さまもお寛ぎください。ネルファ様より準備が整うまでは好きなように使ってよいとの事ですので」



ヤーコプの言葉を受けエルフたちは、恐々としながらも椅子に座ったり床に座ったりと寛ぐ姿勢を見せる。アイリもハルトの近くの椅子に腰を掛け寛ぐ。腰を掛けた瞬間、ふぅーと息を吐き、肩の力を抜いた自然体になり、戦闘での緊張感や疲れを吐き出す。



「ハルト様、申し訳ないのですが、私はこれから用事がありますので皆様のことお任せ願えないでしょうか?」



その言葉を聞いた瞬間、露骨に嫌そうな顔、雰囲気を醸し出し拒否しようとするのだが、アイリの方をチラッと視線だけを動かすと渋々ながら了解、了解と雑な返事を返す。それにヤーコプは不快感露わにすることもせず恭しく一礼、そのまま出て行ってしまった。


ヤーコプが出て行ってから数十分が立とうかとした頃、何か巨大なものが地面から出てくるような、そんな轟音が響き渡った。何事かと皆の視線が窓の外へと向かう。


そこで見たものは、故郷アルフヘイムと何ら遜色ない街並みだったのだ。こうしてネルファはたった一人で街を作り、数日かけてリクエストを受け、細かい部分の微調整をし、完成したのがステイツが眺める今現在の街だったのだ。






ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ――――――――



どこからともなく何かが転がるような音が聞こえ、そちらへと視線を向けるステイツ。するとそこには目を疑う、否、目を剝く事態が起こっていた。 



「これでどうだぁ~」


「ちょ、お前ら…早い早い、あ・ぶ・な・い・からぁぁぁ~」



エルフの子供たちにものすごい勢いで台車を押され焦っているハルトだ。その光景を見た瞬間ステイツは、ムンクの"叫び"のように両頬に手を当て奇声を上げていた。



「ちょ、ちょ、ちょ君たちー」



慌てて止めに入ろうとするが時すでに遅し。ものすごい勢いで押された台車はいくら舗装がなされている道と言えど、凸凹が多少はあったようで突っかかり…


ドガシャーン!とそんな音を立てながらハルトは木に突っ込んでいったのだった。




時刻は昼過ぎ。

ランクアップ試験合格の知らせをキーラに伝え、都市アルスへと戻ろうとしたセリムだったが、予定を変えて森で現在構想中の魔法の練習をしていた。全身に煤が付き真っ黒だ。真っ黒くろすけもかくやという状態だ。この状態から分かる通り失敗を重ねたのだろう。そしてそんな煤だらけの帰りのこと…



「ん? 何あんなに慌ててんだ?」



森を抜け、平原地帯へと出た時に見かけた者達が、何故か慌てたように都市へと走って行く姿を目撃していた。疑問に思い走って行った者たちが何かに追われてるのかと逆の方向へと視線を転じるも特に何もなく、疑問はますます増すばかりてあった。




「今日ってなんかあるのか?」



ギルドカードを先程案内してくれた警備兵へと渡しながら訪ねる。


何の脈絡もない唐突すぎる質問に警備兵の男は思案顔になる。その間にも身分証ののチェックをこなすのは都市の防衛に責任感を抱いているからか…チェックが終わりカードが返却されると同時に、警備兵の男が何かを思い出したようにそう、そう…と語りだす。



「俺はまだ仕事で行けてないからわからないんだけど、何やら王国から重要な報せがきたらしい」


「重要な報せ?」


「あぁ。ギルドに行けば分かるよ」


「そうか…行ってみる」



カードをリングにしまいながら礼を述べる。それから時間が昼過ぎだったこともあり、ふらぁ~と露店により串焼きなどの歩きながら食べられる物をいくつか買い、ギルドに向かったセリムだった。




ギルドに入ると昼過ぎだと言うのに明らかに普段より人でごった返していたりその中でも特に人が集まっているのは依頼などの受理を主とするカウンター前だった。皆虚空にある、長方形の形をしたスクリーンのようなものを見上げていた。画面には何かの映像らしきものが映し出されている。



「何の映像だ、あれ?」



遠くからみる限りでは、画面に映っている人物の顔は確認できない。確認できるのは大まかな人数と服装、玉座の様な場と言ったものだけだ。


中央の玉座らしき椅子にどっしりと座るのは、見た目三十代くらいの白髪の人物。白を基調とし所々に金のラインなどがあしらわれたロングコートの様なものを纏っている。腰には、コートが広がるのを抑える為かベルトが巻いてある。全身白で纏められつつも金のラインや宝石がついているお陰でシンプルながらも安っぽく見えない。


そして白髪の人物の横に控えるように立っているのは、フード付きの外套を身に着けた三人組だ。フードを被って顔を隠している所為で性別すら判然としない。



「私はクロント王国国王、ライドリヒ・クロントだ。此度は敬愛なるクロント王国の民、並びに各国の者達に告げることがあり、この様な場を設けさせてもらった」



そう言って画面に大きく映し出された国王の姿。全身白に染められた姿の中で燃えるような紅い瞳が印象的に映る。画面越しであるにも関わらず、直接相対した時の様な、射抜くような視線を感じずにはいられない。それほどまでにライドリヒの瞳にはすさまじい力があるように思えた。



画面に近づき集まった者達同様に見上げるセリム。周囲からは相変わらず国王は若いだのカッコいいだのと言った言葉が飛び交っていたが、その全てが聞こえていないかのように画面を凝視していた。眉間に皴をよせ睨むように。



(あれがこの国の王…)



自身を捕まえようとする一国のトップ。その顔を記憶するように見つめる。



「さて、今回この様な場を設けたのは報告すべきことがあってのことだ。昨今は八人目の神敵者、アルフヘイム壊滅、世の情勢を揺るがす事態が立て続けに起きている」



そう言うと、まるでこの世を憂うように目を瞑る。



「そこで神は現状を憂い、私達人間に世を救世する力を持った存在を授けて下さった」



紹介しようと告げるとライドリヒ王から横に控えていた三人組へと画面が変わる。



「此度、神が遣わした救済の徒、三人の勇者だ」





出入口以外灯りが入る隙間が無い地下空間。そんな見渡す限り、暗闇に包まれた中を一人の男が急ぎ足で石造りの階段を下り、ある場所を目指していた。



(人間風情の王がっ! やってくれたな)



地下空間を進む男ーーエグルは、先程全世界に向けて発表された勇者の事を考えていた。地下と言う事で視界の確保のため、数メートルおきに天青石と呼ばれる鉱石が壁に掛けられた容器の中に設置されている。この天青石は淡青色に輝くほか、方解石と呼ばれる赤、ピンクなどに色を変える石が含まれている為、大変見栄えがいい石として知られている。


地下の空間を急ぎ足で進むエグルの顔が、天青石の淡青色で映し出されるが、男を照らす淡い光と異なりエグルの顔は心底不快だと言わんばかりに歪められていた。


足音を響かせながら進む事三十秒弱。目的の場所へとたどり着く。そこには見るからに頑丈そうな鉄の扉に門番らしき男が二人立っている。



「開けろ」



不快感を隠しもせずに、強めの口調で門番を務める男たちに告げる。男たちはただいまと了承の言葉を告げると両手で扉についている取っ手を掴み手前に引く。ギィィーと音が地下に響く中、エグルはつま先を何度も地面へとコンコンとぶつける。ようやく扉が開かれると、地下とは思えない様な明かりが目に入ってくる。先程通ってきた通路も明るさ的には十分だったが扉の向こう側は一層明るい。


門番の二人には見向きもせずに扉を潜るエグル。扉を潜った先には培養器など実験に使う機材などが並んでいる。その周囲には記録を取っているのか紙束とペンを手にカリカリと何かを記述している研究員たちが見える。そのうちの一人に声を掛け、目的の人物の居場所を聞く。



「シエルはどこにいる?」


「ひょっ?」



前置きも無しに唐突に話しかけられた獣人の研究員女性。その所為で変な声を上げてしまう。急いでいる現状で先の態度にフラストレーションがたまるエグルだったが、はぁ~と大きく息を吐き出しもう一度同じ問いかけをする。



「シ、シエル所長は奥の所長室です」



自分に話しかけてきた相手が獣神エグル・フェーダーだと理解した女性はあわわと動揺しながらも何とか応えを返す。それに対しエグルは特に反応せずシエルと言う人物の元へと向かうのだった。





勇者の発表が王国からなされた後、セリムはギルドを飛び出し再び外へと来ていた。警備兵から何の発表だったんだ?と聞かれるも何かを考えるような仕草を取っており、聞こえていないのか返事をしなかった。


門を抜け平原を過ぎ森へと入ったセリムは、十字架のネックレスに魔力を流しとある人物へと連絡を取った。



『君から連絡してくるとは…入る決心がついたのか?』



魔力を流し数秒後、直接頭の中に響くように声が届く。



「んな訳ねーだろ。それよりも聞きたいことがある」



セリムが連絡を取ったのは相手とは以前、グラムールへの勧誘をしてきた相手、傲慢の罪の神敵者ネルファ・キルシュリアだ。セリムが即座に入る気はないと告げると若干す残念そうにそうか…という声が返ってくる。



「勇者とは何だ? 何で三人も・・・いる?」


『そういう事か…』



セリムは勇者の発表がなされた直後は何とも思ってはいなかった。だが、とある冒険者の一人があることを口にしたのがきっかけでこうしてネルファに連絡をとるに至ったのだ。



"勇者が三人もなんて珍しいこともあるものね"



その言葉を聞いたセリムは勇者について周りの冒険者に聞いて回った。曰く、今までは勇者は一人だけで、複数は存在しえなかったこと。曰く、勇者の証拠たる聖痕スティグマを見せず、それどころか顔すらも見せなかったこと。聖痕スティグマとは神に選ばれし、勇者の体に刻まれる勇者の証だ。話を聞いた瞬間、自身の中に何か嫌な予感を感じ連絡を取ったのだ。



『正直に言えば、私にもわからない。何故、今の世に勇者が存在しええるのかもな…ただ、言えることがあるとすればあの勇者共は間違いなく私達神敵者の敵となると言う事だろう』


「強いのか?」


『私も戦った事はないが、勇者とは神の恩寵を受けた存在だ。決して弱くはないだろうな。ましてや神敵者を倒し得る存在だと言われているからな。お陰で神敵者捜索がより急務になってしまったよ…』



やれやれと言った風にため息を漏らすネルファ。



「聞きたい事は聞けたから…」



切るぞと言おうとした時、遮るように言葉を被せられ何だよと訝しむ。



「力を求めるなら災厄の地に向かうと良い。そこなら最低でもAランク高いのはSSランクのモンスターが出るからな。ただ、くれぐれも下手な真似をして死ぬような事だけは避けるように」



それだけ言うと頭の中に響いていた声は波が引いていくかの如く消えていった。目を瞑り息を吐き出す。それからゆっくりと目を開けると今後の予定を決める。



(取り合えず、"洞穴の針山"にいるらしい悪魔か…)



出来るならもう少し力を付けてからにしようと決めていたが、ネルファの言葉を聞き、現状が神敵者にとっては悪いものだと言う事を教えられ、予定の変更を余儀なくされたセリム。



「まずは、バロックの所で装備を取りに行ってからか…」




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