第17話絡まれるセリム

フィーネに初心者向けの宿に案内してもらった。宿屋の名前は新人(ビギナー)育成ギルド停とか言う長い物ものだった。センスなっ!と思う。皆縮めてビルド停と呼んでいるらしい。


ギルドから大体五分と中々近くていい物件だった。駅近ならぬギル近的な…自分で言ってて意味わからん。


ギルドが経営している初心者向けの安宿というだけあり普通の宿屋に比べて結構大きく作られており二階建てという建物だった。見た目は学生寮とかそんな風な結構な数の人が入れる所だ。



「すいませーん、ここに泊まりたいのですけど」


「あーはいはい、少し待ってて」



入口を入っで直ぐのところにある宿の受付らしきところに誰もいなかったので、声を上げると厨房らしき方から声が聞こえてきた。



「待たせたね。新人さんかい? 三食事付きのお風呂有りで一泊銀貨一枚と銅貨五枚だよ」



出てきたのは恰幅の良い如何にも定食屋などで見かけるおばちゃんだった。○たま○太郎のおばちゃんに近いだろうか。



「とりあえず七日分頼みます」


「はいよ、部屋は階段上って右の一番奥だから。」



フィーネに聞いた話しによると普通の宿屋は平均一泊銀貨三枚くらいなのだそうだ。しかも風呂は別途料金。それを考えるとビルド停はだいぶ安く感じる。ギルド曰く新人に育って貰わないとギルドとしてもやっていけなくなるからしい。何とも世知辛い。



おばちゃんに言われた通り、一番奥の部屋に行く。部屋に入るとそこは結構質素と言うか殺風景な部屋だった。大きさは五畳といったところ。ベットに椅子が一脚と一人用の机、それだけが置いてあった。



(宿屋ってこんなもんなのか? 普通が分からんから何ともな…)



バッグを床に置きベットに寝転がると、今入都まで色々あったと今までの事を思い出す。



「明日からスキル収集と金稼がないと…」



その言葉の最後に意識は闇に沈んでいった。






セリムに宿の案内をし、ギルドに戻ってきたフィーネ。時刻は既に夕方だ。お日様が沈み夜の帳が世界を完全に支配する少し前の時間帯。フィーネは受付の所に置いてあった一枚の紙を手に、階段をあがり二階へと向かった。二階に上がり右手奥から二番目の部屋のドアに向けてノックする。



「どうぞ」


「失礼します」



決して大きい声ではないのによく響く声の主。都市アルスギルドマスター、レイニー・グレイシア。

御年230歳にも拘わらず一切の衰えも見えない引き締まった身体。出るとこは出て、締まる所は締まっているスタイル抜群のプロポーションは見事の一言。切れ長の全てを見透かしそうな程に澄んだ目は、長い時を生きてきた者特有の深みのようなものを感じさせる。人は彼女の事を龍人のレイと呼ぶ。何を隠そうレイニー・グレイシアは龍族なのだ。お陰で230にも拘わらず、バリバリの現役で戦闘にも参加する。


フィーネには獣人の血が流れているのでスタイルは良いのだが、レイニーと比べると見劣ってしまう。と言うよりも醸し出す圧倒的ともいえる美の迫力がレイニーをより高みへと押し上げているのただ。そんな同性でも惹かれてしまうほどの気高さと美しさを兼ね備えるレイニーに見惚れてしまっていたフィーネは急いで意識を戻し一枚の紙を手渡した。



「これを見ていただけますか?」


「何かしら?」




訝し気な表情になりながらも差し出された一枚の用紙を受けとる。一、二分程かかり紙の内容を見終わるレイニー。そもそもそんなに内容があるわけでは無いので繰り返し見ていたのだろう。



「これは本当のことかしら?」


「はい、今日ギルドに登録に来たセリムって子のスキルなんです。それと…」



自分でもちょっと信じられない為言葉に詰まってしまう。レイニーに続きを促され漸く話し出す。



「それとこれは、メルクさんから聞いた話しなんですけどオーガを一刀両断したと」


「…そう。中々すごいのね、このセリムって子は」


「すごいと言うかいくら何でも十五でそのスキルレベルはどうかと思います。私もここに努めて長らく冒険者の方を見てきていますが、あの若さでその強さは今まで見たことがありません。しかも人族だと言うのですから」



まくしたてる様に言うフィーネ。興奮しているのだろう頬が若干赤く染まっている0

狐耳がピクピク動き尻尾はワサワサしている。



「落ち着きなさい、フィーネ。確かに人族でありこの若さ…これはちょっと考え難いわね。今の段階でもCランク冒険者…下手したらBランクに届く強さはあるかしら、将来が楽しみね」



「マスターっ!そうじゃないですよっ」



レイニーのちょっとずれた発言に狐耳をたて可愛らしく抗議の声を上げるフィーネ。



「冗談よ、だからそんなに怒らないで頂戴。そうね、取り合えずこのセリムって子の事を少し調べてみましょうか。貴方もこの子には気を配っておいて」



この件については応えが出た為、フィーネはギルドマスターの部屋を出ていくのだった。



一人部屋に残るレイニーはもう一度セリムの事が書かれた紙を見ていた。



「人族のしかもこの若さでこんな強い子がいるとはね」



少しうれしそうに微笑みながら。そうして夜は更けていった。







翌朝、朝食を摂るために下に降りる。ビルド停では一階に食堂が併設されているのだ。昨日はそのまま寝てしまったのでお腹が空いていた。



「起きてきたね、食べていくかい?」


「お願いします、あっ、肉があればそれをお願いしたいんですけど…」


「あいよ」



朝から元気だな~とおばちゃんに関心。少し待つと料理が運ばれてくる。



「お待ち、狼のバラ肉とサラダと黒パン、んで野菜スープだよ」


「どうも」



狼の肉なんて食べたことは無かったが、腹が減っていた事もありおいしく食べられた。思ったよりも柔らかく臭みも少なかった。


食事を終えるとご馳走さまと挨拶し、ここへ来た本来の目的を果たすために活動をする。その前に部屋に行き剣を腰に差し準備完了。外套は特に使う予定もないため置いていく。


まずはスキルを集める事。その為にどのモンスターがどのスキルを持っているのか、それを知る為に情報を買おうと考えるセリム。生憎と今の所持金は銀貨七枚に銅貨が五枚だ。



「足りるかね…ん、そういえば…」



昨日倒したオーガとアッシドウルフの魔石があったのを思い出すセリム。



(これを売れば少しは資金の足しになるか…ついでに情報を売ってくれる場所も聞くか)







大体九時過ぎくらいの時間帯。セリムはギルドを訪れた。まだ朝も早いと言うのに人が結構おり、騒がしい。



「さて、どこで買い取ってもらえればいいんだろうか…とりあえずは受付に行くか」



昨日聞いとけばよかったなと後悔しながら受付に歩を進める。



「なっさけねえな、ラッツもメルも。まだ冒険者でもない奴に助けれるなんてよ。まだ新人に助けてもらった方が少しはマシだったな」


「アハハ」



ラッツとその隣に座る女性ーーメルーーを貶す男。声が大きい所為で周囲に丸聞こえだった。朝からいい迷惑である。



「ったく、オーガを一刀両断できる一般人なんているわけねーだろ。いるならそいつは一般人じゃなくB級はあるぞ是非とも会って一手お相手願いたいものだね」



下品な声でハッハッハッと笑う男。そんな声がギルドに併設された酒場から聞こえてくる。その声の主には覚えがなかったが名前には憶えがあった。



「セリムっ!」



男が大声で笑っている最中だと言うのにその声は明瞭に響いた。ラッツの隣に座っているメルと呼ばれた女性がこちらに何か言いたそうな顔を向けている。



「ほら、メル。昨日助けてくれたのはあの人だよ」



そう言いラッツはセリムの方を手で示し、メルにセリムのことを教える。名前を呼ばれて無視する事も出来ず、しょうがないとラッツの方へと向かうセことにする。ラッツ、メル達に近づくと二人が立ち上がり、こちらに向かってくる。それを面白くなさそうに見る二人と一緒のテーブルにいた男。



「おいおい、俺の話がまだ終わってねーのにどこ行く気だ?」



威圧するように二人へと言い放つ。



「いや、でもオードさん。セリムは昨日助けてくれたのにお礼をしていないので…」


「ほぉ」



オードと呼ばれた男はラッツのその言葉を聞いた瞬間、睨みつけるようなまるでセリムを見定める様な目つきで見てくる。その視線に気持ち悪さを感じつつもまったく怯むことなくセリムもオードに視線を向ける。オードが椅子に座ってる事見下ろすような形になる。



「てめぇ、随分と強いんだってな昨日こいつらを助けたんだって。あぁ?」



周りにも聞こえるような声で言う。元々大きかった声がさらに大きくなったため、より注目を集めてしまう。周りの冒険者がオードとセリムに視線を寄せ、なにやらザワザワし始める。大方絡まれてゃとて可愛いそうだとか言っているのかもしれない。


オードが今まで以上の大声を上げたことでようやくフィーネも何かが起こっている事に気づき、皆の視線が向いている方へと視線を向ける。



(セリムさんっ!)




「助けたのは事実だが、あんたは一体誰なんだ?」



この言葉が冒険者でもない一般ピーポーが、冒険者である自分を馬鹿に見下しているとでも取ったのか、オードの顔が赤くなる。セリムにしてみれば知らない中年おっさんに話しかけられたので誰ですか?と聞いただけだったのだ。こちらとしては名前の聞いただけで悪気など全く皆無。が…どうやらオードと言うのは相当短気な性格の様だった。



「調子に乗るなよ。ガキ風情がちょっと強いからってお山の大将気分か?」



オードがセリムに突っ掛かっていると、背後からオードを呼ぶらしい声がかかった。



「おはよ~さん。ったく何やってんだオード?」


「はぁ~、うるせぇな~なんの騒ぎだよ」



気怠そうな挨拶とともにギルドに入ってきた二人はどうやらオードの知り合いらしかった。



「おう、てめえら、ちょうどいいとこに来たな」


「何がだよ?」



気怠そうに挨拶した男が何のことか分からずに尋ねると、次のオードの言葉を聞いた瞬間嬉しそうに笑った。



「今からこの調子に乗ったガキにお灸を据えてやろうと思ってたんだよ。お前らも参加しろ」


「そいつは楽しそうだな、ジャンお前も参加するか?」



もう一人の男に尋ねる。



「そうだな」


「ちょっと、オードさん。いくらなんでも横暴じゃ…ぐはぁ」



ラッツが援護してくれるが、オードに殴られてしまう。まったく酷いことするなと自分が絡まれているにも関わらずどこか他人行儀な感想を漏らすセリム。



「次はてめぇの番だ、セリムっつたなぁ。速攻でぶっ倒してやる‥よっ!」



その言葉を最後にいきなり殴りかかってくるオード。腰に差した剣は今の所使う様子はないようだ。が、いきなり殴りかかるとは人としての意識も常識も欠如しているとしか言えないだろう。そんな考えをしているが、セリムは難なく避けた。


カルラのとこで色々とやられたのだ。液体飲まされたり、数百発の魔法を打ち込まれたり…それに比べれば、なんということはない。


ひらひらと避けるセリムに、オードがさらに顔を赤くする。怒りに染まり、さらに攻撃をしようとする瞬間だった。その声は聞こえた。



「まったく、騒がしいわよ」



凛とした透き通るよう響く。決して大きい声ではない筈なのによくその声は不思議とギルド綯いにいた者全ての視線を集める。コツコツと上品なヒールの音を鳴らして階段を下ってくる。


その身からは醸し出される気高さと美しさにより性別関係なく誰もが魅了されるであろう存在。都市アルスのギルドマスターであるレイニー・グレイシア。人呼んで龍人のレイ。その人である。


一部始終を見ていたフィーネが慌ててレイニーの元に駆け寄り知っている限りの事情を説明する。



「そう、ちょうどいいわね。戦いたいならここではなくてギルド地下の闘技場でやってもらえるかしら」



止めるどころか寧ろ推奨するレイニー。それにフィーネが「止めないんですかっ!」と驚きの声を上げた。フィーネの言葉にいいじゃない、と適当に返事を返すともう一度「下でやってちょうだい」と有無を言わせぬ口調で言放ち無理矢理にこの場を鎮静させる。



「じゃあ、四人は闘技場に行ってくれるかしら」



三対一なのにそれを気にした様子もなく淡々と告げるレイニー。



「マスター、三対一なんてッ」



そこへ一旦はあしらわれたフィーネが抗議の声を上げるが…



「あの子の実力を見るいい機会でしょ」


「でもっ…」



なおも食い下がろうとするがレイニーはすでに聞いていなかった。



(さて、貴方の実力を見せてもらいましょうか、セリム)



妖しく笑うレイニー、それにより色気がいつにもまして増すのだった。



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