第20話 根回し

 デ・ローイ辺境伯は南方八旗の筆頭格である。

デ・ローイ辺境伯に次ぐのは西方のベイレフェルト辺境伯、東方のファン・デル・ホルスト辺境伯、それらに従う五つの家が連なる。


 デ・ローイ家の外交を担うファン・デールセンはベイレフェルト家のもとを訪れている。

「手を組んでロンサール公と戦おうというわけですか。ずいぶんと勇ましいことを提案なさいますね」

 言外にその無謀さを指摘したのは、ベイレフェルト家当主ステフェン・ベイレフェルトだ。


 体躯は小さく色白のこの人物は、調整能力に長けており、他家と争うことなく影響力の拡大と行使をしてきた。

彼を味方に引き入れることができれば、反ロンサール公同盟の結成に他家を引き入れることにも優位に働くだろう。


「我がデ・ローイ家が単独で戦うのは、いささか無謀と言えるでしょう。失礼ながら、それは御家にも言えることでございます」

「我がロンサール公と戦うとでも?」

 ステフェンは怪訝な顔をする。

「ロンサール公の狙いは、ひとえにデ・ローイ家を潰すだけではありません。南部への勢力拡大、南方八旗を潰すことにあります」

「その根拠は」

「もしもデ・ローイ家の弱体化を狙うなら、所領の北部を差し出すのと引き換えに、ベアトリクス様を当主と認める条件を突きつけるだけでよいのです」


 南北を行き来するルートは三つしかない。

ベイレフェルト家北部の山岳地帯、ファン・デル・ホルスト家北部の湿地帯、そしてデ・ローイ家北部にある一本の橋である。

デ・ローイ家に攻め込もうと思えば、この橋を渡るしかなく、防衛側からすれば守りやすい。

その橋がある北部を差し出せば、最大の要所を明け渡すことになり、もしもデ・ローイ家が怪しい動きをすれば、それを理由に武力で潰しやすいということだ。


 事実上の無防備宣言といえる、北部の割譲を引き換えにした家督継承を認めないということは、最初から潰すと宣言していることに他ならない。

南部への強い進出欲求の現れであり、デ・ローイ家以外も欲望の例外ではない可能性を、ファン・デールセンは示唆した。


「なるほど。ロンサール公はこの際一気に南部を自分のものにしてしまいたいわけだね」

「はい。では同盟していただけますか?」

 ステフェンは片手を挙げて、前のめりなファン・デールセンを制止した。

「貴殿の言っていることは正しいかもしれない。だが、私は新当主の実力を知らない。一戦交えて戦果を挙げるか、長期間攻撃を食い止めることができたなら、私も兵を挙げてロンサール公を討とう」


「日和ったか」とファン・デールセンは心中で苦虫を噛んだ。

 しかしこれ以上の条件を引き出すのは困難と判断した彼は、その条件でベアトリクスのもとに帰ることにした。


 その頃フェナはファン・デル・ホルスト家当主ノルベルトのもとを訪問していた。

「ロンサール公と戦争して欲しいというのか。面白い冗談を言うものだな」

 ひげを伸ばし、恰幅のいいこの男は、体を揺らして哄笑した。

「勝つ見込みというのはあるのかね?」

「ございます。侵攻ルートが限定されており、防衛側が圧倒的に優位な地形です。南方八旗が手を組めば、南部は鉄壁の要塞となります」

「それぐらいロンサール公もわかっているだろう。何らかの手は打つものではないのか?」


 フェナはにやりと笑った。

「すでにロンサール公から話が来ているのではないんですか? 我が方に加勢せよ。さすればデ・ローイ家の領土を切り取り自由とする、という風に。側面からの攻撃に、こちらは対処できるほどの余裕はないので、妥当な作戦ですね」

「なんだ、わかっているんじゃないか」

 大きな体が小さく見えてしまうほど、ファン・デル・ホルスト辺境伯はきょとんとしてしまった。

「当家を飲み込んだ御家は、南部の三分の二近くを領する強大な存在となります。それをロンサール公が見逃すでしょうか。何かしらの名分をもって潰しにかかることは明白です。当家に対する行為を見れば、そこまでやるのは想像に難くありません」


 辺境伯は顎髭に手を当てて思案している。

 どちらに味方する方に利益があるか天秤にかけているのだろう。

「そちらに味方するとして、どれほどの利益があるというのかね。ロンサール公に味方する諸侯の領土切り取り自由とでも?」

 ファン・デル・ホルスト家領と北部の間には広大な湿地帯がある。

軍隊の移動には厄介な存在であり、攻撃側には不利である。

「ロンサール公は御家を味方だと思っています。湿地帯の先にいる諸侯も、まさか攻撃されるとは思っていません。奇襲すれば一挙に戦線は拡大することでしょう」


 ファン・デル・ホルスト伯の目の色が変わった。

「ロンサール公側に加勢する諸侯の所領の切り取り自由を認めるか?」

「もちろんです。当家の同盟側として、武勇のほど、遺憾なく奮っていただけますか?」

 彼は鷹揚にうなずいた。

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