第18話 破滅

 防衛ラインを第二ラインまで突破された。

「突破はされた。だがかなり持ちこたえたな」

「ええ」


 目的は相手を消耗させることにある。

なるべく長く戦うことが肝要になる。

しかし防衛ラインは三つまでしかない。

決戦の時がやってきた。


「第三ラインの戦いはぎりぎりまで戦ってはなりません」

「攻勢に出る余力がなくなるからか?」

 リュカは頷いた。

「では貴殿に攻勢に転じる機会を見定めてもらおうか」

「えっ?」


 予想だにしない命令に彼は驚きをみせた。

彼は所詮は部外者。

作戦は今回の取引材料として立案したにすぎない。

その最も重要な局面の決定権までも任されたのだ。


「私でよろしければ」

 断る理由はない。

圧倒的な勝利を献上し、恩をとにかく売ることに問題はない。

大貴族の心象が良いの越したことはないのだから。


 戦闘開始の時よりも、明らかに攻勢の勢いが鈍っている。

反転攻勢の機は今しかない。

「全軍、攻勢に転じてください!」

 にわかに喊声かんせいが上がる。

猛る兵士たち。

鬱屈した守勢からの解放。


 総攻撃を受けた教徒が押されていく。

疲弊の秩序の無さが受け身の弱さを容赦なく暴き出す。

後は一方的な展開があるのみ。

こうなるともはや戦いとは言えない。


 後退も満足にできない教徒は、個人ごとに圧倒的に不利な状況への対応を要求された。

情けない声を上げながら、武器を捨てて逃げ出す者。

自らの腕を信じ、個人的な武勇を振るう者。

なんとか屠殺場から逃れた教徒たちは、戦場を見守る高台へと逃れていった。


******


 仄暗い洞窟をろうそくの明かりだけが照らし出す。

救世の教団の教祖フランソワ・ダルトワが静かに口を開いた。

「生き残ったのはこれだけですか……」

 沈鬱な表情がダルトワを見据える。


「私はすべての人民の救済を目指し、行動を起こした。しかし現状はこれだ。我々は敗れた。不本意ではあるが、我々と、これまでに倒れていった者たちのみ、救われることとしよう」

 白衣の女性が、ボロボロになった教徒たちに盃を振る舞っている。

「これが私からの救いだ。君たちに配ったのは、毒を混ぜた酒だ。これを私含めみんなで飲み、そして歌おう。救済の先にある楽園を讃える歌だ」


 一斉にダルトワと教徒たちは毒酒を煽った。

そして断末魔代わりの歌声が洞窟に木霊する。

その声は徐々に、確実に小さくなっていく。

ひとり、またひとり、甘美なコーラスに抱かれて横たわる。

地面の冷たさなど感じない、楽園の門をくぐっていく。


「次は死が救済などという終わった世界に生まれたくはないな……。まっとうに生きて、結婚して、子どもをもうけて、そして、そして……」

 誰も歌う者がいなくなった洞窟を見守りながらダルトワは眠りに落ちるようにまぶたを閉じた。

静謐が洞窟を覆う。

洞窟は生者ではなく、死者の国となった。


******


 歌声は高台に達した討伐軍の耳にも届いていた。

最初は高らかに歌われた。

救済の先にある楽園を信じ、目指し、夢見た。

絶望的な状況にありながら、明るく歌われた。


 しかしその声は遠くなり、か細くなる。

その場にいた者たちは恐怖した。

彼らにも教徒たちが死んでいっていることは察した。


 戦場で死にゆく者たちを見ることには慣れている。

楽園を謳うポジティブな歌詞に、死というネガティブ。

相反する存在が同じ場所にあることが、違和感を覚えさせる

その違和感が不快、恐怖など、混在した感情を引き起こす。


 リュカもその一人だ。

何が死を救済と思わせるのか。

今まで考えてこなかった。


 死ぬ以外に救いなんて彼らにはなかったのだ。

生きていても搾取され続け、倒れても見向きもされない。

ならば死ぬのが救い。

この世界はあまりに無情だ。

こんな世界に誰がした。

ここにいる大貴族じゃないか。

政治の実権を握りながら、彼らは民衆を救わない。


 こんな人間は上に必要なのだろうか。

舞台から退場すべきだ。

誰なら民衆を救えるのか。

やはり主君であるクロヴィスと、そしてベアトリクス・デ・ローイをおいて他にないだろう。

リュカは確信を強めた。

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