Int.72:黒の衝撃/漆黒の生誕祭《バースデイ》③
「……ふむ、
クレアがシューティング・レンジで白井・ステラに話をしていた頃と、ほぼ同時刻。武道場の方では愛美が、そこで今日も独り無心で剣を振るっていた瀬那――と、何故か居合わせた霧香に対し、先程と同じ話を持ちかけていた。
「して、それは其方が発案を?」
カチン、と手元の刀を袴の左腰に差した鞘に収めながら瀬那が問えば、愛美は「半分は正解かな」と言い、
「私もだけれど、最初に話を持ちかけてくれたのはね、美弥ちゃんなの」
「……! そうか、美弥は彼奴の妹君であったか」
続けて愛美が説明すれば、合点のいった瀬那はハッとした顔をする。壬生谷雅人と壬生谷美弥、似ても似つかない二人だが、あれで血の繋がっている歴とした兄妹なのを、瀬那はすっかり失念していた。
「で、どうかな? 瀬那ちゃんは勿論だけれど、出来れば霧香ちゃんも協力してくれたら、色んな意味でありがたいかなって」
「
文字通り腰を低くする仕草を取りながらで愛美に再度訊かれれば、瀬那は二つ返事といったぐらいの勢いで胸を張って即答する。
「して、霧香よ。其方はどうするのだ?」
そして、横目の視線を向けた瀬那が問うてみると。武道場の壁に背中を寄りかからせ、身体の後ろで手を組みながら眼を伏せていた霧香がスッと薄目の視線を上げ、その問いに答える。
「……まあ、良いよ。どのみち、結構暇だったからね…………」
「ほんとっ!? 嬉しいなあ。二人とも、ほんっとにありがとね?」
霧香もまた了承すると、愛美はそれこそ飛び上がらんばかりの勢いで喜び、瀬那の手を両手で握り込んでは、ぶんぶんと激しく上下に振りまくる。どうやら感謝の意を表現しているらしいが、される側の瀬那は「う、うむ」と微妙な表情で苦笑いを浮かべるしか出来ない。
「……他には、誰が参加するの」
と、そんな二人を遠目に、いつもの薄い無表情のままで眺めながら。ふと思い立った霧香が、小さく囁くような細い声音で訊く。そうすれば愛美はぶんぶん振っていた瀬那の手から両手をパッと離し、立てた人差し指を唇に宛がいながら「うーんと」なんて思い悩むように暫く唸った後で、こう答えた。
「えーと、カズマくんにエマちゃんは確定してるかな。アキラくんとレーヴェンス少尉の方は、クレアちゃんが。それに国崎くん……だっけ? 後の二人に関しては、今頃美弥ちゃんが話に行ってるんじゃないかなあ」
一方同じ頃、校舎のA組教室の方では。偶然そこに居合わせていた国崎・美桜の二人へと、美弥が兄の誕生日にまつわる一件に関し、丁度その説明を終えたところだった。
「ど、どうでしょうかお二人とも……」
説明を終えた美弥が、恐る恐るといった風に訊く。その微妙の細った声音からは、出来ることならば参加して欲しい。しかし無理をしてまでは……という、気遣いというか。ある意味で美弥らしいというか、そんなような期待と遠慮の混じった思いがありありと滲み出ていた。
「どう、と言われてもな……」
と、そんな美弥に対し、渋く微妙な色で反応するのは国崎だ。困ったような、参ったような複雑な表情を浮かべつつ、「そっちはどうなんだ」と言わんばかりに隣の美桜へと横目の視線を無言で投げる。
「うう、やっぱり駄目ですよね……」
そんな国崎の反応を見た美弥といえば、この通りしゅんと縮こまってしまって。そんな彼女を前にしては流石の国崎も戸惑い、「べ、別に参加しないとは一言も言ってなど!?」と、滑る舌先で慌てて取り繕う。フレームレスの眼鏡をクイッと上げる指先の動きがぎこちない辺り、今の美弥の反応でかなり動揺したらしい。
「ふふっ、私は良いと思うわよぉ♪」
困った国崎が助け船を求めるみたいな横目の視線を投げ続けていれば、今までニコニコしているだけで何も言わなかった美桜が、やっとこさそんな好意的な反応を示してみせた。
「ほっ、ほんとですかぁ!?」
とすれば、美弥は途端にぱあっと顔を明るくし。背の低い彼女から無垢な視線で見上げられる美桜は「ええ♪」と笑顔を浮かべ、合わせた手と手を傾げた頬の方へ寄せる仕草なんか見せつつ、もう一度笑顔のままで頷く。
「お誕生日のお祝いだなんて、すっごく素敵だと思うわ。ねぇ、崇嗣もそう思わないかしら?」
「う、うむ……」美桜に話を振られ、たじろぎながらも国崎が頷き返す。
「それに、特に私たちの場合は、危ないところを助けて貰った恩もあるし。こんなことであの時のお礼になるわけじゃないけれど、でも私たちに出来ることがあるのなら、美弥ちゃんのお兄さんのお祝い、是非協力させて貰いたいわぁ♪」
――――ほら、崇嗣もっ。
ニコニコと笑顔を振りまく美桜の紅い瞳から、そんな意図の織り混ざった視線が横目で流されると。そうすれば彼女と眼の合った国崎は「……仕方ない」と諦めたように口を開き、
「……分かったよ。美桜がそう言うなら、俺も壬生谷の誘いを断る理由なんて無い。微力ながら、俺も手伝わせて貰おう」
肩を竦めながらで国崎がそう言えば、隣で美桜が「うふふっ……♪」と、何処か満足げに微笑んでいた。
「国崎さん、美桜ちゃんっ! ありがとうございますっ!」
そうして国崎も(半分渋々といえ)話に乗ってくれれば、美弥は太陽みたいな笑顔のままで大袈裟すぎるほどにぺこり、と深いお辞儀をする。
「詳しいことは、また色々と決まり次第話しますからっ! 本当に、ありがとうございますっ!」
「お礼には及ばないわよぉ」と、そんな美弥に美桜が温和な笑みで言葉を返す。「さっきも言ったけれど、お兄さんたちには何かお礼をしたいと思ってたところだし、ね?」
嬉しげな顔でペコペコと深すぎるお辞儀をする美弥と、彼女のすぐ傍でニコニコと満面の笑顔を振りまく美桜。二人のそんな様子を少しだけ遠巻きに眺めていれば、まあこういうのも悪くないかもしれん……。と、国崎はふと、何気なしにそんなことを思ってしまっていた。
「――――美弥ちゃん、居るー?」
と、そんなタイミングでガラッと教室の引き戸が開き、飛び込んで来る朗らかな声が一つ。肩甲骨まであるアイスブルーの襟足をゆらゆらと揺らす髪は、紛れもなく愛美のそれで。引き戸の開く音で振り返った美弥の顔を認めるなり、愛美は「あっ、居た居たっ」と、笑顔でA組の教室へと踏み入ってくる。
「どうだった?」
「あっ、はいっ! 国崎さんも美桜ちゃんも、手伝ってくれるそうですっ!」
「良かった良かった、ありがとねー二人とも」
美弥の傍に歩み寄ってきた愛美に言われ、美桜は「いえいえ♪」と笑顔で。国崎は「……礼を言われるようなこと、俺たちは何も」と、いつもの仏頂面で返す。
「それで、愛美ちゃんの方はどうだった?」
「あ、うん。瀬那ちゃんも霧香ちゃんも参加してくれるって。それに、そこでクレアちゃんともすれ違ったけれど。白井くんもレーヴェンス少尉も、二人とも大丈夫だってさ」
「じゃあ、後は教官たちだけですねっ。……今から、行きますかぁ?」
「そだね、そうしよっか」
にしし、と愛美は美弥と笑顔を交わしながら、内心ではひとまず人数が集まりそうなことにホッとしている節もあった。
(後は、教官たちの説得だけか)
後の関門といえばこれぐらいだが、まあこちらは上手くいくだろうと愛美も見込んでいる。何せ西條も錦戸も、訓練生時代からの古い付き合いだ。雅人のお祝いをしてやりたいと言えば、きっと協力してくれるはず……。
国崎と美桜に一旦の別れを告げ、愛美は美弥と手なんか繋ぎながらA組の教室を出る。向かう先は、校舎二階の職員室だ。
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