Int.60:Fの鼓動/最終評価試験、激突する金と白銀の狼たち⑤

 上空から襲い掛かる≪シュペール・ミラージュ≫に対し、瀬那は咄嗟の回避行動で対応した。

 膝立ちの状態から両脚の人工筋肉でバネを効かせ、タイプF改・試作二号機の藍色をした機体が脚力だけで後ろに飛ぶ。そうしながら瀬那は空中でスラスタを吹かし、バックブーストで後ろ向きに飛びながら、上空に向け再び93式20mm突撃機関砲を構え直した。

『貰い受ける!』

 トリガーを引く瀬那の右人差し指に連動し、タイプF改が突撃機関砲を撃ち放つ。照準は半自動追従、狙うのは勿論、流星のような勢いで上方より接近してくるエマの≪シュペール・ミラージュ≫だ。

「そう簡単には、ねっ!!」

 だが、エマはそれをサブ・スラスタを左右互い違いで巧みに吹かすことにより回避してしまう。くるりくるりと、まるで戦闘機がロール機動を取るかのような回転運動を交えた回避行動に、さしものタイプF改の照準自動補正も追いつかない。上空に向け撃ち放たれる無数の20mmペイント砲弾は、しかしその一発とて≪シュペール・ミラージュ≫の装甲に擦りさえしない。

『くっ、やはり手強い……!』

 尚も瀬那は撃ち続けるが、しかしやがて弾切れは訪れた。瀬那機の構えた突撃機関砲のカートリッジから残弾が無くなったのを悟るなり、今まで一定の距離を保ち併走するように飛んでいた≪シュペール・ミラージュ≫はスロットルを更に開き、さもこの瞬間を待っていたかのように一気に距離を詰めてきた。

「さて、じゃあこっちの番だ!」

 エマ機が右手マニピュレータで銃把を握り、左手を添えた93B式重機関砲の砲口が、段々と高度を下げていく瀬那のタイプF改を睨む。

 砲口から眩い閃光が瞬いた。チェーン・ガン機構が凄まじい勢いで回転を始め、今まで瀬那が放っていたのと同じ20mm口径のペイント砲弾を高速で吐き出し始める。

『くっ……!』

 表情を苦くしながら、瀬那は回避行動を開始。バックブーストを吹かし後ろ向きに後退しながら、左右のサブ・スラスタで右へ左へと避けていく。だが既に高度はかなり低く、片側二車線の幹線道路を模した一本道を地表スレスレに右往左往しているのみ。狭く限られた範囲での回避だから、自然と装甲の端にペイント砲弾が擦ってしまう。

 そうして、瀬那のタイプF改・試作二号機には徐々にダメージ判定が蓄積していった。警告ウィンドウが瀬那の視界へ網膜投影され、次々と現れては消えていく。突撃戦を主眼に置いた一真の一号機みたく装甲を強化しておらず、改修前と据え置きな二号機の装甲が仇になる形となってしまった。

 だが、幸いにしてプロペラント・タンクのお陰で、これだけ飛び回っていても推進剤にはまだ多少の余裕がある。"ヴァリアブル・ブラスト"のせいで燃費が極悪なこの機体でも、まだまだエマとこうして三次元での機動戦を繰り広げることは可能だった。

 ――――まだ、勝機は十分にある。

『ちっ!』

 そう思いながら、瀬那が右手の93式突撃機関砲に新しい弾倉を差し込んだ直後、その突撃機関砲の側面に数発のペイント砲弾が命中してしまった。兵装の破壊判定が出るとともにトリガーがロックされると、瀬那は顔を苦くしながらその突撃機関砲を泣く泣く投げ捨てる。

「まずは、一つ頂きだよ……?」

 ニヤリと小さく微笑みながら、尚もエマの砲撃は続く。瀬那は更に右へ左へと避けながら着地しつつ、バックブーストは継続して吹かし後ろずさるように地表を滑走する。タイプF改の足裏とアスファルトの地面が擦れ合い、激しく散る火花がまるで尾を引くように瞬いていた。

『獲物を一つ奪った程度で!』

 そうしながら、瀬那は破れかぶれに左腕をエマ機目掛けて突き出した。覆っていた藍色の装甲カヴァーが開き、露出するのは130mm口径の太い砲身だ。

『私に勝ったと思うでないっ!!』

 突き出した左腕――腕甲の試製18式130mmアーム・グレネイドが、彼女の声とともに火を噴いた。130mm口径のグレネイド砲弾・ペイント仕様が緩やかな弧を描いて撃ち放たれる。相互間データリンク上の仮想的な扱いはHEAT-MPグレネイド砲弾なそれが狙い飛翔するのは、更に距離を詰めてきたエマの≪シュペール・ミラージュ≫だ。

「その程度!」

 だが、それをエマは容易く回避してしまう。瀬那は続けて二発、三発と撃ち放つが、また同じようにエマは全弾を避けてみせる。

『チィッ!!』

 瀬那は思わず、激しく舌を打った。

(せめて、頭の機銃さえ使えておれば、まだマシに戦えるものを)

 そして、悔いずにはいられない。せめて頭部の四連装7.62mm旋回機銃さえ使えていれば、致命傷には至らずとも目眩まし程度にはなっただろうと思ってしまえば、瀬那は悔いずにはいられなかった。

 とはいえ、無い物ねだりをしても仕方ない。後は今ある獲物で戦うしかないのだ。自分に残された、数少ない獲物で。

(……心許ない)

 今ある兵装は、撃ち続けている左腕のアーム・グレネイドが後予備カートリッジ一つ分。そして右腕のアーム・ブレードと、後は腕裏の射出シースに格納した00式近接格闘短刀がワンセットだ。使いにくくて仕方のない、欠陥品じみたアーム・グレネイドを除くのならば、既に瀬那の側に飛び道具の手札は存在しない。

 だが、エマの方はまだまだ潤沢に飛び道具を残していた。背部右側のマウントと左腰ハードポイントには88式突撃散弾砲を吊っているし、73式対艦刀もある。それに未だ撃ち続けている重機関砲も、左側の背部マウントに予備ガンナー・マガジンを残しているといった具合だ。

 しかも驚くべきことに、これだけ熾烈な牽制射撃を断続的に繰り返しているにも関わらず、エマは未だ弾倉交換の素振りすら見せていないのだ。幾ら重機関砲用のガンナー・マガジンがドラム式構造で多弾数がウリだとしても、幾ら何でも長すぎる。一見熾烈な砲撃のように見えて、実のところエマは弾薬を節約しながら使っているということなのだろうか。

 だとしたら、大したものだと瀬那は思う。流石に地獄と揶揄された欧州戦線で戦い抜き、あの若さでエース・パイロットの一人に数えられた彼女の腕前は伊達じゃあないらしい。

『其方を敵に回すのは、本当に厄介なことだ!』

 そう言いながら、瀬那は弾の切れたアーム・グレネイドのカートリッジを排出。右手マニピュレータで最後の弾倉を叩き込み、再び構えた左腕で再度、迫り来る≪シュペール・ミラージュ≫に狙いを付ける。

 ――――が、瀬那はそこで虚を突かれた。

『っ! 03、後ろに注意してください!』

『な……っ!?』

 エマの真の意図に気が付いたサラが警告を発した頃には、既に何もかもが遅すぎた。

『ぐうぅぅっ!?!?』

 衝撃と急停止。タイプF改の背中が何か巨大なモノに激突し、あれだけの勢いを止められた衝撃がコクピット・ブロックごと瀬那を激しく揺さぶった。

 何が起こったか、数瞬の間は理解が追いつかなかった。だがすぐに瀬那は理解する。自分が知らず知らずの内に追い込まれていたことに。エマの牽制射撃そのものに意味があり、そして自分はいつの間にか、彼女の狩り場に追い立てられていたことに。

「ふふっ……。ちゃあんと引っ掛かってくれたね、瀬那」

 満足げに微笑むエマの視る、シームレス・モニタの中で。苦い表情を浮かべる瀬那の駆るタイプF改・試作二号機は――――その藍色の機体を、丁字路の先にあったビルへ背中からめり込ませていた。

「これで、君の動きは止まった」

 下降し、スラスタを停止させながら≪シュペール・ミラージュ≫は着地。そうすれば、瓦礫に挟まれて身動きが取りにくくなり、もがく瀬那のタイプF改と近距離で相対する。

『最初からこれが狙いだったと申すか、其方は!』

 もがきながらも、瀬那は何とか左腕だけは瓦礫の中から抜け出させ。そうして突き出すように構えると、破れかぶれにアーム・グレネイドを撃ち放った。

「そういうこと。市街地フィールドなのが仇になったね、瀬那」

 だが、エマは軽々とそれを避けてみせる。まるで、最初から弾道が分かっていたかのように。

「もしこれが平原フィールドだったとしたら、僕はカズマと君、二人を同時に相手取ることを強いられていた。そうなっていれば、正直僕に勝ち目は薄かったかもね」

『……ふっ、地の利を得たのは其方の方であったか』

「そういうこと」にっこりとエマが微笑む。

「勝敗を左右するのはマシーンのスペックと、それにパイロットのウデだけじゃあない。地形、気候、それに環境……。

 全ての要因を把握し、利用した側。そういう人間が、常に高い確率で勝利を引き寄せられるんだ。あくまで、僕の経験上の話だけれどね」

『ゆめゆめ、忘れぬようにしよう……』

 やがて、瀬那はアーム・グレネイドの全弾を撃ちきってしまう。その頃になって漸く機体の全身をめり込んでいたビルの中から脱出させていたが、しかし飛び道具が無いことに変わりは無かった。

『…………』

 瀬那は無言のまま、右腕のアーム・ブレードを展開する。だがエマはそれに構わず、両手で保持する93B式重機関砲を構えた。

「チェック・メイトだ」

 そして、エマがトリガーを引いた――――その瞬間だった。

『なっ!?』

「ッ!?」

 エマが発砲する一瞬前、二人の間に高速で何かが割り込んでくる。エマの撃ち放った20mmペイント砲弾は全てがその何か――地面に突き刺さった板のような物体に遮られ、瀬那のタイプF改まで届くことはない。

「これは……!」

 そうして、丁度93B式の弾を切らした所でエマは気が付いた。自分たちの間に割り込んできたそれが、上空から飛んで来て地面に突き刺さったそれが、見覚えのある盾であることに。純白の装甲板を、しかし今はペイント砲弾のピンク色をした着弾痕で汚しきったそれが、彼の持っていた試製17式防盾であることに。

『――――! 上空から何か来ますっ! エマちゃん、避けてくださいっ!!』

「追いついてきたか、カズマ……!」

 何かに気付いた美弥の警告とともにエマは弾切れの重機関砲を投げ捨てると、咄嗟にその場から大きく飛び退いた。

 瞬間、今の今までエマの≪シュペール・ミラージュ≫が立っていたすぐ傍に、上空から降ってきた何かが落着する。激しい土煙が上がる中、エマは確かにその中に認めた。巻き上がる土煙の中、不気味に光る真っ赤な双眸を。

『――――ギリギリセーフ、だ。追いついたぜ、エマ』

 晴れていく土煙の中、現れたのは純白の機影だった。右手で試製17式対艦刀を振り下ろした格好でアスファルトの地面に膝を突く、獰猛なまでに鋭角的なシルエットをしたマシーンだった。

 …………≪閃電≫・タイプF改/試作一号機。

 ある意味でエマの待ち望んでいた、しかしあまりにも最悪のタイミングで現れたそれは、まさしく一真の駆る機体に相違なかった。

『主役を差し置いてなんざ、あんまりすぎるってもんじゃあねえか?

 …………ここからが本番、第二ラウンドだ。楽しくろうぜ。俺とエマ、二人っきりでよ』

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる一真の顔が、視界の端へ網膜投影されるウィンドウに映ると。エマの方も思わず、心の底から湧き上がる歓喜の笑みを溢れ出させずにはいられない。

「君は最後の楽しみ、メイン・ディッシュに取っておこうと思ったんだけれどね」

 でも、どうやら君は意外にせっかちさんらしい。ねぇ、カズマ……?

 妖艶にも見えるほどの笑みとともに、待ち望んでいた彼を前に下エマの心が再び奮い立つ。

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