Int.47:OUT OF CONTROL./復讐するは我にあり

 時を同じくして、校舎地下区画にあるシューティング・レンジ。夏休み期間の今は特に人の姿が無く閑散としているはずの広い空間に、しかし今は爆ぜるコルダイト無煙火薬の奏でる銃声が絶え間なく響いていた。

「……やっぱり、此処に居たのねアンタ」

 シューティング・レンジの射撃ブースに立つ彼――白井彰の背中越しに、ステラが呆れ顔で腕を組みながらそう声を掛ける。

「ん? ……ああ、ステラちゃんか」

 一瞬だけ振り返った白井は背中の向こう側にステラの姿を認めると、しかしすぐに正面に向き直って。手にしていた小振りなリヴォルヴァー拳銃のシリンダー弾倉を振り出すと、エジェクター・ロッドを左手で押し。下に傾けたソイツから、五発分の.357マグナム弾の熱い空薬莢を足元へと叩き落とした。

 カランコロン、と金色をした真鍮の空薬莢が床に転がり、白井の足元でコロコロと無造作に揺れる。

「…………」

 そんな空薬莢に一瞥もしないままで、白井はブースの机に置いていたスピードローダーを左手で掴み取る。新品の.357マグナム弾が五発一纏めになっているソイツをシリンダー弾倉に突っ込むと、ローダーを外して捨て、左手でシリンダーを元に戻す。

 構え、撃鉄を起こし発砲。白井の目の前で激しい火花が瞬き、ステンレスで造られた2.25インチ寸法の短い銃身から潜り抜けた鉛の弾頭が音速で飛翔する。それは5m先に吊したターゲット・ペーパーの中央を正確に射貫き、やがてレンジの壁に跳ねる運命を辿った。

「アンタ、そんなの何処で仕入れたのよ」

 白井の傍に立ちながらステラが怪訝そうな顔で訊くと、白井は残り四発を一気に撃ち放った後で、耳に付けたイヤーマフ(ヘッドホンのような形をした大型の耳栓)を外せば「ん?」と隣のステラに反応する。

「結構前にさ、兄貴に連れられて南部のブラック・マーケットに行ってきた」

「……呆れた、そこで買ってきたってことね」

「ご明察」

 にしし、と白井は笑いながら、そのリヴォルヴァー拳銃――スタームルガー・SP101のいぶし銀に光るステンレスの肌を、そっと左の指先で撫でる。そんな彼の姿を横目に眺め、ステラも外したイヤーマフを首に掛けながら「……はぁ」と呆れ返った大きすぎる溜息を吐き出した。

 ――――こんなご時世だ。ブラック・マーケットの類が発生するのは自然の摂理ともいえるほどのもので、それはこの日本という国でも例外じゃない。京都市街でも、京都駅から少し南の方に行けばそのテのマーケットは存在している。表からは隠れているだけで、見る者が見れば見つけるのは容易い。

 兄貴と言っていた辺り、白井はあの≪ライトニング・ブレイズ≫のチャラついた男、桐生省吾に連れられてブラック・マーケットに赴いたのだろう。あの男は外見からしてそのテのアンダー・グラウンドな界隈に詳しそうな感じだ。そういえばあの男も、腰にコンバット・マグナムなんていう、日本では珍しいリヴォルヴァー拳銃を吊していた覚えがある。

 そこで買ったのが、今の彼が手に持つあのスタームルガー・SP101というワケだ。アメリカ製の比較的安価な銃だが、使い勝手は良く信頼性にも長けている。ステラも本国に居た頃に何度か同じモデルを扱ったから言えることだが、マグナム級にしては割と撃ちやすい味だった。手のひらサイズから強力な.357マグナムを五連発出来るパワーは、確かに白井の要求と実力に対し上手くバランスが取れている。恐らくはこれも、省吾のチョイスだろうとステラは推測した。

「一体全体、何の為にアンタってば、そんな物騒なおもちゃ・・・・なんか買ってきたりしたのよ」

 白井の隣で、ブースの仕切りに背中を預けながら、腕組みをするステラが横目を流して問う。すると白井は机にSP101を置きながら「ははは……」と乾いた笑いを発し、

「…………復讐の為、って言ったらステラちゃん、責めるかい?」

 と、言葉と同様にひどく乾いた横顔でそう、ポツリと呟いた。

「……まどかの?」

「他に、誰の仇を討てってのよさ」

 足元に落ちた幾つものスピードローダーを拾い上げ、そこにウィンチェスターの紙箱から取り出した新しい.357マグナム弾を五発ずつ収める作業をしつつ、白井が言う。するとステラも「そりゃあそうよね」と大袈裟に肩を竦めるジェスチャーをし返してみせた。

「俺は、決めたんだ。何が何でもアイツを、アイツだけは――――マスター・エイジだけは、俺のこの手で殺してやるって」

「白井……」

「どのみち、今の俺の命はさ、まあちゃんに拾って貰ったようなものだから」

「だから、アンタはその命を復讐の為に使うってワケ?」

「ステラちゃんは、そんな俺を責めたりするかい?」

 白井から逆に訊き返されたステラは、一瞬だけ口ごもり。その後で小さく溜息をつくと「ううん」と首を横に振る。

「復讐自体は、否定する気はないわ。寧ろどんどんやりなさいって感じよ。

 ……世の中には、復讐に意味なんて無い、赦すことの方が大事だなんて、そんな何もかも知ったような口を利く連中も多いわ。でもね白井、アタシはそうは思わない。アンタがそうしたいなら、そうすべきよ。何なら、アタシだって幾らでも手を貸す」

 少しだけ眼を伏せながら、敢えて白井の方を見ないままでステラが言うと。すると白井はフッと微かな笑みを横顔に浮かべ「……意外だな」と呟いた。

「何が意外なのよ」

「ステラちゃんの意見がさ。てっきり、ステラちゃんは止めてくるモンだと思ってた」

「止めやしないわ。かくいうアタシだって、アイツに風穴開けてやりたい衝動が収まらないもの」

「法に背くとしてもか?」

「だから何?」ステラが横目を這わせる。「法なんてのは、所詮は人間の作り物でまがい物よ。そんなくだらないものより、アタシのこの感情こそが正義だわ」

「……違いない」

 くっくっくっ、と微かに笑いながら、白井はイヤーマフを被り直す。その仕草をチラリと見たステラもまた、察して自分のイヤーマフを着け直した。

「アタシもアンタも、根はアウトローってことね」

「あんまり、認めたくはないけどさ」

 言いつつ、白井は再び右手で銃把を握り直したSP101のシリンダー弾倉をスウィング・アウト。今度は箱からバラで掴み取ったカートリッジを五発込め、左手でシリンダーを元に戻し、そして構える。

「…………アタシがアンタに言いたいのは、そういうことじゃないの」

 隣で爆ぜるコルダイト無煙火薬の、漂ってくる微かな匂いに鼻腔をくすぐられながら。すぐ傍でSP101を無心でブッ放す白井に向け、ステラがポツリポツリと言葉を紡いでいく。

「無理はしないで頂戴、お願いだから」

「……無理、か」

 ステラが言うと、白井はまたフッと乾いた笑みを浮かべる。

「無理の一つや二つ、押し通さなきゃならないんだ。特に今の俺みたいなのは」

「これ以上、アンタが壊れていくのを見るのは耐えられないのよ」

「壊れてる……俺が?」

 撃ち尽くしたSP101をまた机に置き、イヤーマフを外しながらステラの方に振り向いた白井が、驚いて眼を丸くする。

「あの日から向こう……ううん、きっと最初から。アンタは壊れたままだったのよ、何もかもが」

 それに正対し、自分もまたイヤーマフを外し首に掛けたステラがそう、白井を真っ直ぐに見据えながらで言い放った。揺れ動く金色の双眸と、白井の双眸との視線が交錯する。

「最初にまどかと別れた子供の頃から、きっとアンタは壊れてしまっていた」

「……違う、違うよステラちゃん。俺は壊れてなんか」

「いいや、壊れてるわ。どうしようもないほどに」

「違う……」

「薄々は感づいてたの。アンタは皆を見ているようで、実は誰も見てなんか居なかった。アタシもカズマも、瀬那もエマも。誰も見てなかったの、アンタのその眼は」

「違う、違う……」

「アンタは昔から今まで、ずっとまあちゃんの幻影を追いかけ続けていただけ」

「違うっ!」

「違わない!」

 堪え切れずに白井が声を荒げれば、しかしステラはそんな彼の肩をがっしりと掴みながら、より大きな声で怒鳴り返す。

「アンタは結局、今も昔もまあちゃんに自分から囚われてるだけなのよ! なんで、なんでそれが分からないの!?」

「分かるかよ!! 俺にとって、俺にとってまあちゃんは……! それを知らないステラちゃんじゃあ無いだろうにッ!!」

「ええ、知ってるわ! 知ってるわよ、痛いほどにね!

 ――――ああそう、復讐するのは結構よ! アタシだって幾らでも手伝ってあげるわよ! でもね、自分から何かに囚われて、呪われて! 自分から死に急ぐような奴の手助けなんて出来ないの。自分から死にたがってる奴のことなんて、例えアタシがカラミティ・ジェーンだとしても、そんなのは誰だって護りきれるワケがないのよッ!!」

 いつしか、ステラの瞳の端からは小さな雫が漏れていて。それに気付けばステラは滴る雫を隠すかのように、肩を掴んだ白井の身体をそのまま自分の方に引き寄せ、抱き寄せてしまう。

「忘れろとは言わない……! 復讐をするなとも言わない……! でもさアキラ、自分から呪われるようなことはしないで。自分から死に急ぐようなことだけはしないで頂戴……っ!!」

 強すぎるほどの力で抱き締めながらの言葉は、ステラの胸の奥底から漏れ出た慟哭だった。瞳の端から流れ落ちる涙にも似た、絞り出すような声音での慟哭。

「……ステラ、ちゃん」

 ステラにされるがままで抱き締められたまま、白井は何もすることが出来なかった。抵抗することも、抱き返すことも出来ず。180cm台のステラとの身長差で、まるで彼女に包み込まれているみたいな格好のまま、彼女にされるがままで突っ立っていることしか出来ないでいた。

「アンタに……無理だけは、して欲しくないのよ……! これ以上……っ!」

「…………ごめん」

 ――――ごめん。

 出てきた言葉は、ただその一言だけ。それ以上に何かを言うことも、何かをすることも。今の白井には、出来やしなかった。

 ただ、彼女の言葉でなんとなく……なんとなくだが、やっと自覚は出来た気もしていた。まあちゃんという幻影に今の今まで囚われていた自分を、まどかの死という重すぎる十字架を背負い、それでも誰も見ないままで死に急ごうとしていた自分を。

(……まあちゃんは、忘れろって言ってたのにな)

 忘れられるワケがない。あののことは、きっと生涯忘れることはないのだろう。

 でも、今になって彼女が言いたかったことが、何となく分かってきた気がする。彼女が本当に言いたかったことが、まどかが最後に言いたかった言葉が。

「無理するんじゃないわよ、馬鹿ぁ……っ!」

 涙声とともに絞り出すステラの声と、ぎゅうっと締め付ける腕の力と。それと重なって、白井は頭の奥で彼女の――まどかの声を聞いた気がした。「貴方は、貴方を生きてください」と……。

「……ごめん、ステラちゃん。俺、今までどうかしてたのかもしれない」

「ホントよ、ホントにそうよ……! この馬鹿、馬鹿馬鹿……っ!!」

 ステラの大きく、しかしそれでいて小さな背中にスッと右の掌を這わせ、トントンと軽く叩いてやる。そうしていれば、何だか肩の力がすうっと抜けていくような感触を白井は覚えていた。

「もっとアタシを頼りなさいよ……。アンタは独りで戦いすぎたの、だからアタシぐらい、いつだって頼って良いのよ……!」

「……分かったよ、俺が悪かった。俺が、どうかしてたんだ…………」

 本当に、どうかしていた。死に急いでいたのに、自分から死に向かおうとしていたことに気付けなかっただなんて。自分から望んで、無意識の内にまどかと同じ場所に行きたがっていたことを、気付けなかっただなんて……。

「俺は、俺を生きる、か……」

 ――――分かったよ、まあちゃん。君がそれを望むなら、俺は俺を生きてみる。どうすれば良いのか分からないけれど、不器用なりにやってみるよ。

 もしかすれば、聞こえた言葉は幻聴だったのかもしれない。自分の頭が造りだした、あまりに都合の良すぎる幻影だったのかも知れない。

 しかし白井は、それでも構わないと思っていた。此処で自分が踏ん切りを付ける切っ掛けになるのなら、死者でなく生者を見ることが出来るのなら。過去でなく、今を生きられるのならば。それで構わないと、今は素直にそう思える。

(……それでも、俺はアイツを殺すよ。それだけは、約束する)

 でも、あの男だけはこの手で殺す。まどかを殺したマスター・エイジをこの手で抹殺すること、復讐を果たすことが生きる目標なのには、揺るぎない。

 それでも、白井は今になって、更にその先を見ることが出来るかも知れないと思い始めていた。マスター・エイジの死で以て弔いが完了した先に、更なる未来があるのかもしれないと。今までは暗闇に閉ざされて見えなかったその先が、何となくだが白井の眼にも見え始めていた。憎きマスター・エイジの死で以て完結する己が人生の、更にその先が…………。

「……やろう、俺たちで。この復讐は、俺とステラちゃん、二人で終わらせる復讐だ」

 やっとこさ正気に戻った白井の紡ぎ出したその言葉は、何処か誓いの言葉にも似ていた。

「…………分かったわ、アンタとアタシは一蓮托生よ。終わらせるの、アンタの呪いを。終わらせるの、アタシの手で、アキラの呪縛を」

 強く、強く抱き締めてくるステラの両腕の力を、白井はただ黙って受け入れた。彼女の声を受け入れた時のように、彼女が必死に差し伸べてくれた手を、ありのままに握り返すかのように。

「アンタは、何があってもアタシが護り抜いてみせるわ。二度と、アキラにあんな哀しい思いはさせない……!」

 涙の雫が浮かぶステラの金色の瞳からは、既に慟哭や哀しみの色は消え失せていて。そこにあるのは言葉と同じ、ただただ深すぎる決意と覚悟の気配のみだった。

 カラン、と机から転がり落ちた空薬莢が床に落ち、白井とステラの足元へと転がっていく。ステラの手で雷管の弾かれた呪縛はほんの僅かだが解き放たれ、後はただただカートリッジに込められた復讐の魂が爆ぜるのを待つだけだった。白井彰とステラ・レーヴェンス、二人分の想いを乗せた復讐のホロー・ポイント弾頭が飛翔する、その瞬間を…………。

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