Int.77:ブルー・オン・ブルー/深紅と影、しかしその手は未だ届かず

「チィッ……!」

 その頃、上空で回避運動を取り続けるCH-3輸送ヘリに吊されるFSA-15Eストライク・ヴァンガードのコクピットで、ステラは焦燥感と己の無力感に苛まれていた。

 白井とまどかが危機的状況に陥っているのは、既に分かっている。今すぐにでも自機を吊すクレーン・ワイヤーを斬り裂いて自分だけでも二人の救援に向かいたい所だが、しかしそうも行かない状況が、またステラを激しい焦燥へと駆り立てる。

「まだ降りれないのっ!?」

『――――もう少しだ、もう少しだけ待ってくれ!』

「ああ、もう……!」

 自分と霧香機を吊し飛び回るCH-3輸送ヘリの機長にそう言われてしまえば、ステラはただ待つことしか出来なかった。

 だからか、余計に焦りが強くなる。今もそこら中を飛び回るフライト・ユニット付きのTAMSと交戦している真っ只中なのは、よく理解している。理解しているのだが……。

(私なら、全員叩き落とせるのに)

 そんな思いが、ステラを余計に苛立たせていた。

 ステラの原隊は、米空軍のアグレッサー部隊。即ち対人戦のプロフェッショナル部隊だ。それはステラとて例に漏れず、フライト・ユニット相手の三次元機動戦だって自分は十分にこなせると自負している。空中での三次元機動戦はステラ・レーヴェンスの最も得意とするステージ、現に演習での撃墜数は凄まじい量だ。

 だからこそ――――余計に、苛立つ。こうして何も出来ず、ただ手をこまねいているだけの自分自身が。

『……ステラ』

 そうしていれば、同じ機にステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードと共に吊されている≪新月≫――――霧香から通信が飛んでくる。敢えてプライベート回線なのは、無用な発言で状況を混乱させない為の配慮なのか。

「……何よ、霧香」

 それにステラも回線を開いて、苛立ちを織り交ぜたぶっきらぼうな声で応じる。すると、何故か霧香は『ふふ……』と小さく笑い、

『焦ってるね…………』

「うぐ……」

 そんな風に、いつもの調子で完全に図星を突かれてしまったものだから。ステラは何も言い返せず、ただ唸るのみ。

『焦っても、仕方ない……。とにかく、今は待つしかないよ……?』

「分かってるわよ、そんなの」

 分かってる、けど――――。

『ふふふ……』

 しかし、霧香はそんなステラの内心を奥の奥まで見透かしてか、そんな妙な笑みを崩そうとしない。

 そんな霧香の、ある意味で普段と変わらぬ様子を見ていれば。ステラも「はぁ」と小さな溜息をついて、「変わらないわね、アンタは。こんな時でも」なんてことを呆れた顔で霧香に言った。

『ふふっ……。褒めても、何も出ないよ……?』

「褒めたつもりじゃあ、ないんだけどね……」

 霧香は延々とこんな調子だったが、しかしそのお陰で、ステラは少しだけだが心の平穏を取り戻すことが出来ていた。そういう意味で、今は少しだけ彼女の、こんな呑気で飄々とした態度に感謝してしまう。

『それにしても……あの蒼い奴、ステラは、どう思う……?』

「間違いなく、かなりの腕ね」

 スカウト1からデータリンク通信で共有される、白井たち二機と交戦する謎の蒼いTAMS。その動きを眺めながら、ステラは冷静な声色でキッパリと判断した。

「あそこまでの腕前、アグレッサーやってた時でも早々見ない相手だったわ。アタシらの隊でも、あそこまで洗練された動きが出来る人間、殆ど居ない」

『だよね……』

「……恐らくだけれど、教官はその辺も加味して、アタシたちを援護に行かせることにしたんだと思う。自分で言うのも何だけど、対人戦ならアタシたち二人が一番だもの」

『……私も?』

「ええ」きょとんと首を傾げる霧香に、ステラは頷いて肯定する。

「アンタも、対人戦の経験値は相当だわ。それがTAMSか、生身相手かはさておいて……。

 ――――まさかこのアタシが、気付いてないとでも思った? 仮にもプロフェッショナルの、このアタシが」

 そう言ってやれば、霧香は『ふっ……』と相変わらずの妙な笑みを、あの薄い無表情の上に浮かべながら肩を竦め。そうしながら、『バレちゃったか……』なんて風に、それを認めるようなことを言った。

「詳しい事情は、敢えて聞かないことにするけどね。……それより」

『……うん』全てを察し、霧香が頷く。

『早く行かないと、あの二人……かなり、危ないかもね』

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