Int.75:ブルー・オン・ブルー/戦慄の深蒼②
「やぁぁぁ――――っ!!」
右手の散弾砲を撃ちながら、残弾数の少ない左手の突撃機関砲も撃ちまくりつつ、スロットル・ペダルを底まで踏み込むまどかは叫びながら、上空の蒼い≪飛焔≫へ向けて斬り込んでいく。
『ふっ……』
しかし、マスター・エイジはちょいちょいと≪飛焔≫の機体を小刻みに動かすことで、飛んでくる無数の20mm砲弾とベアリング散弾を全て回避する。フライト・ユニットの翼を未だに折り畳んだままな辺り、まどかは自分がマスター・エイジにおちょくられていると感じてしまう。
「馬鹿にして!」
そんな嘗めた態度のマスター・エイジの戦い方に、まどかは妙に頭にきて。弾の切れた突撃機関砲を雑に投げ捨てれば、左腰のハードポイントに吊していた73式対艦刀の柄を空いた左手のマニピュレータで握り締め、それを逆手に抜き放つ。
「気に入らないんですよ! ヒトを小馬鹿にした、貴方のような態度の男はっ!!」
それをマニピュレータで器用にくるりと回し、順手に切り替えながら。まどかは対艦刀を持つ≪叢雲≫の左腕を振り上げて、やはりスラスタを最大出力で吹かしながら眼前の≪飛焔≫へと突撃を敢行する。
「墜ちてくださいよっ――――!?」
そして、蒼い≪飛焔≫に肉薄し。まどかは最大限の速度を以て、その左腕を、対艦刀の刃を振り下ろした。
まどかが振り下ろした対艦刀は、強化炭素複合繊維の刀身は、目の前の≪飛焔≫を縦一文字にバッサリと斬り裂く――――はずだった。
『……少し、単調すぎやしませんか?』
――――しかし、現実としてまどかの振り下ろした対艦刀は虚空だけを斬り裂いていて。肝心の≪飛焔≫といえばまどか機のすぐ真横にいつの間にか動いており、オープン回線で響くのはそんな、マスター・エイジの少しばかり落胆したような声音だった。
「喋るなぁぁぁぁっ!!」
咄嗟にまどかはスラスタを吹かして振り返り、腰溜めに構えていた88式突撃散弾砲を≪飛焔≫の腹に目掛けた。
『心得ておくべきですよ、退き際という奴は』
だが――――まどかが右の操縦桿のトリガーを引くよりも圧倒的に速く、マスター・エイジは動いていて。一瞬の内に振るわれた≪飛焔≫の両腕が振る対艦刀の刃に、まどか機の≪叢雲≫はその両腕を、肩の半ばからバッサリと斬り裂かれてしまった。
「っっっ!?!?」
コクピット・ブロックを揺さぶる凄まじい衝撃に、鳴り響く警報音。コクピットを揺さぶる衝撃にまどかが歯を食いしばって耐えていれば、しかしその対面でマスター・エイジはフッと小さく笑い。
『貴女、本当に少佐の教え子ですか?』
そう、小馬鹿にしたような態度で言い、バランスを失い地面に叩き落とされていく≪叢雲≫を見下ろしていた。
落着と同時に、凄まじい衝撃がまどかを襲う。激しい土煙を上げ、砕けたアスファルトの破片をそこら中に撒き散らしつつ、両腕を失った≪叢雲≫が背中から眼下の街に叩き付けられていた。
「あ……」
まどかは、そのせいで意識をほんの少しの間だけ失ってしまう。破損警告や推進剤漏れの警告、引火警報など、様々な警報音が重なり合って鳴り響くコクピットの中、しかしまどかにはそれが何処か、何故か子守歌のようにも聞こえてしまい。そのまま、ゆっくりとその意識を喪失させてしまった。
『…………』
地面に墜ちたその≪叢雲≫を上空高くから見下ろしながら、マスター・エイジは無言のまま渋い、何処か落胆したみたいな表情を浮かべている。
『少佐の教え子とは思えない、お粗末さですね……』
呟く独り言の、その声色は。やはり、心底からの落胆の色が入り交じっていた。
――――本当に、先程の少年と彼女とでは、違いすぎる。
マスター・エイジが数手交わしたまどかに対して抱く率直な感想は、そんな具合だった。
彼女は根本的にセンスが無い、というのだろうか。優秀な部類に入るのは確かなのだが、しかし何処かセンスに欠けている。絶対的な、戦うという行為に対してのセンスが、彼女には圧倒的に欠けている。
マスター・エイジはどちらかといえば、戦闘行為に芸術性を求める方だった。足の運びから何から、その全てに美しさを求める部類の人間が、マスター・エイジという男なのだ。
そんな彼の眼から見て、先程の少年――――白井に関しては、一種己と同じようなものをマスター・エイジは感じていた。至近距離での格闘戦は正直言ってイマイチだったが、しかしあの突きを咄嗟の機転で躱した辺り、決して下手というワケじゃない。
きっと、これが遠距離の砲撃戦ならばまた違ったのだろう。彼には何処か、己と似たものを感じてしまう。己と似た、芸術性のような何かを……。
しかし、今の≪叢雲≫の少女の方は別だった。彼女からは、そういった芸術的なセンスを、マスター・エイジが感じ取ることは出来なかった。
優秀なパイロット、それこそエース・パイロットになれるような素質のある人間というものは、往々にしてそういった芸術性を大なり小なり滲み出させているものだと、マスター・エイジは過去の経験からそう認識している。
例えば、西條元少佐。"関門海峡の白い死神"と恐れられた彼女だ。マスター・エイジの眼から見ても、彼女は間違いなく世界最強のスーパー・エースだろうと思う。
それ以外にも、錦戸元大尉やその他諸々、嘗ての≪ブレイド・ダンサーズ≫に属していた人間は、その殆どがそういった芸術性を戦いの中に滲ませていた。マスター・エイジにとってエースたり得る人間というのは、そういう者たちなのだ。
『……残念です』
故に、マスター・エイジは眼下の≪叢雲≫を駆る少女に対し、酷く落胆していた。
『少佐の教え子といっても、全員がそういうワケでは無いということですか』
そんな独り言を呟きながら、マスター・エイジは機体を降下させていく。ふわっとした、踊り子のように
『楽しめそうにないのなら、後に取っておく必要は無いでしょう』
呟きながら、マスター・エイジは少しだけオイル汚れのこびり付いた二振りの刃を両手の中に下げつつ、その≪叢雲≫にトドメを刺そうと一歩を踏み出した。
――――だが。
『…………待ちなよ、蒼いの』
オープン回線に飛び込んで来る、何処かで聞いた若い男の声。それと同時に機体のセンサーが真後ろに反応を認め、そしてマスター・エイジが機体を振り向かせれば。
すると、そこに立っていたのは――――ボロボロの、今にも朽ちそうに傷付いた≪新月≫だった。
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