Int.20:夏夜絢爛、刹那の大輪は星の海に咲き乱れ⑧

「わあ、見てよカズマっ!!」

 ――――その頃、一真たちの方では。

 人の行き交う縁日の中から少し離れ、寺の本堂にほど近い一角。人気ひとけのまるで無いような、それこそ一真たち三人しか居ないようなぐらいにがらんとしたそこで、頭上に打ち上がる花火を見上げながら。眼をきらきらさせながら、エマがそんな風にはしゃぎ回っていた。

「どこぞでコケると危ないから、あんまりはしゃぎすぎるなよ?」

「分かってるって! ――――それにしても、ホントに綺麗なんだね……!」

 一真にそう言われつつも、エマはまだはしゃぎ回り。頭上で舞い散る花火を、眼をきらきらさせながら見上げていた。

「おいおい……」

 そんな、彼女にしてはかなり珍しく子供っぽいような反応を示すエマに、一真が苦笑いを浮かべる。が、悪い気はしない。

「……これが、花火というものなのだな」

 としていれば、尚も隣に立っていた瀬那も同じように花火を見上げていて。見上げながら、そんなことをポツリと呟いていた。

「其方は、これを私に?」

「そういうこと」一瞬こちらへ振り向いた瀬那に、一真が頷き返してやる。「これを、見せてやりたかったのさ」

「……左様か」

 すると、瀬那は小さく微笑んで。また頭上の花火へと視線を戻せば、儚く舞い散る焔の華を、至極楽しそうな眼で眺め続ける。

「…………」

 そんな瀬那の横顔を、チラリと横目で眺めていれば。一真は自然と、その頬を緩く綻ばせてしまう。

 ――――本当に、連れて来て良かった。

 これを見せられただけでも、彼女のこの顔を見られただけでも。それだけで、一真は満足出来ていた。

(……瀬那はきっと、外の世界をあんまり知らない)

 これは、単なる一真の勝手な憶測に過ぎないことだ。だが、彼女の出自を――――綾崎財閥の隠された子であることを思えば、自ずと察せられることでもある。

 そう思ったからこそ、一真はこうして彼女をここまで連れ出した。今回だけじゃない、何度だって。そして、これからだって、暇があれば瀬那を、こうして外に連れ出してやろうとも思っている。少しでも良い、外の世界というものを、知っていて欲しかった。見ておいて、欲しかった。

(こんな世界でも、こんなご時世でも。俺に、出来ることがあるのなら。してやれることが、あるのなら――――)

 ――――俺は、何だってやってやる。

 一真にそう決意させるだけのものが、瀬那の横顔にはあった。そして、エマの楽しそうな表情にだって、それはあった。

 二人とも、結局は一真にとっては等しく、掛け替えのない女たちなのだ。だから、自分が二人にしてやれることがあるのなら、何だってしてやりたい……。それが、今の一真の抱く、紛れもない本心だった。

(まあ、考えすぎかもしれないけどな)

 そんな一言が頭を過ぎれば、一真はフッと自嘲めいた笑みを浮かべ。しかし、知らず知らずの内に一真は、右の指を一本ずつ折り曲げ。そして、硬く拳を握り締めていた。

 ――――最後に頼れるのは、やはりこの拳だけだ。

 それを、実感として痛いほどに感じているからこそ。一真は、自分でも無自覚の内にそう、拳を握り締めてしまっていた。握り締めたその拳は、彼の決意の表れでもあった。瀬那の、エマの。あの二人の為なら、この拳を一切合切の躊躇無く振りかざすという、硬すぎる男の決意の。

「…………一真」

 なんてことを一真が考えていた矢先、いつの間にかこっちに振り向いていた瀬那に、そう声を掛けられ。一真は軽く驚きつつも「な、なんだ?」とそれに反応する。

「……今日は、ありがとう」

 逸らさず、真っ直ぐとその双眸で見据えられながら、いつもの凛としたあの顔で言われてしまえば。逆に一真の方が却って小っ恥ずかしくなり、フッとクールな顔をして誤魔化しながら、「礼を言われるまでのことじゃ、ないさ」なんて言いながら、軽く視線を逸らしてしまう。

「それでも、申しておきたいのだ。…………此処へ連れて来てくれた、其方のその心意気が。それが、嬉しかった」

 瀬那にそんなことを、あの真っ直ぐな眼で言われれば。すると一真はまたフッと小さく笑い、

「……そうか」

 そう、短く頷くのみだった。

「……少し」

「ん?」

「…………少し、手を借りても構わぬか?」

 一真がそれに「ん? ああ、好きにしてくれ」と答えると、瀬那は「そうか」と言って小さく笑みを浮かべ。そして、そろりそろりと伸ばしてきた右手を、一真の左手に軽く絡ませてくる。

 指と指とが絡み合い、そしてきゅっと小さく握られれば、一真はそれを硬く握り返す。決して放すまいという、小さな決意と共に。

「……むー」

 なんてことをしていれば、いつの間にか傍まで戻って来ていたエマが、何故か頬を膨らませ。ジトーっとした目付きで、一真たち二人を見つめてくる。

「? エマ、どうかしたか?」

「……るい」

「?」

「…………ずるいじゃないか、瀬那ばっかり」

 小さく頬を赤らめながら、エマはそう言えば。よく分からずに疑問符を浮かべ続ける一真の胸に真っ正面から飛び込んで来て、思い切り抱きつくような格好で両腕を身体に絡ませてくる。

「!? お、おいエマ……!?」

「僕だって! カズマのこと……大好きなんだからぁ」

 ……もしかして、酔ってるのか?

 そんなはずはないのに、そんなことを思うぐらいに、今のエマは物凄い猫撫で声だった。

 まあでも、きっと祭りの雰囲気で浮かれているせいもあるのだろう。そうやって自己解決した一真は、さてどうしたものかと胸元のエマを見下ろし、続いて伺いを立てるようにチラリと左隣の瀬那の方へ視線を向けると、

「…………」

 ――――構わぬよ。

 そう言わんばかりに、瀬那は一真の方を見ながら、軽く微笑みながら頷いた。

「……だな」

 そうすれば、一真は大きく肩を竦ませながら、フッと諦めたような笑みを一瞬だけ浮かべてみせる。そしてその後で握り締めていた右の握り拳を解けば、その右腕を胸元に抱きつくエマの背中に回してやり、トントンと軽く掌で叩いてやる。

「ふふっ……♪」

 そうしてやれば、エマは実に満足げに微笑み。「カーズマー♪」なんて物凄い猫撫で声で呼びながら、一真の胸にスリスリと頬をすり寄せてくる。

(やっぱり、酔ってんじゃないのか?)

 思わず苦笑いしてしまうほどに、今のエマは凄い調子だった。

 だがまあ、たまにはこんなのも悪くない。二人となら、こんなことだって悪くない……。

「…………」

 右手はエマの背中を撫で、左手は相変わらず瀬那の指と絡ませあい。そんな具合に両手を塞がれながら、正に両手に花といった状況で、一真は無言のままに頭上を仰ぐ。

 夜空と月に彩られた漆黒に染め上がる夏の闇夜のキャンパスには、相変わらずの焔の華が咲き誇っていた。幾つも幾つも、焔で形作られた様々な形の花びらが、色とりどりの色を伴って一瞬ぱぁっと咲き、そして途端に散っていく……。

 儚いほどに、それは一瞬だった。しかし、儚いからこそ美しい。ほんの一瞬の瞬きだからこそ、それは美しく感じられるのだ。

「…………」

 そうしながら、一真はまた一瞬だけ視線を落とし。胸元に抱きついたままのエマと、そして隣に立ち天を仰ぐ瀬那の横顔を眺める。頭上の焔の華たちの瞬きに照らされる彼女たちの顔色は、至極楽しそうで。それでいて、何処か美しくもあった。

 そんなエマを、瀬那をチラリと見て。やはり今日、此処に来て正解だったと、一真は心の底からそう思える。

 そして、同時にこうも思っていた。何事も無く、今日一日も終わって良かったと。出撃も無く、そして瀬那に対する刺客の襲撃も無く、こうして一日を平穏に終われて良かったと。小さな感謝と共に、一真はそう思っていた。

 ――――今日も、こうして何事も無く終わって行き、夏の日常の一ページへと還っていく。

 だからこそ、一真は今、この一瞬を噛み締めていようと思った。この二人を、瀬那とエマ、なりふり構わずに己を愛してくれたこの二人を、決して放さぬように。そして、刹那の一瞬を、永遠の中に焼き付けていようと。

 ――――頭上で、刹那の花々たちが瞬き、散っていく。

 咲き誇る大輪の、星の海に瞬く大輪たちの命は、ほんの刹那。瞬きする間の、ほんの一瞬なのかも知れない。

 しかし、確かに感じた美しいという想いは、この感情は、決して消えることはない。散ることは、ないのだ。

 だからこそ――――彼は、彼女たちは、この一瞬を胸の奥へと焼き付けていく。戦火の中に身を置く彼女らだからこそ、この一瞬を永遠のものとしておきたかった。

 この一瞬が永遠ならば、きっと次も生きて還れる。そして、また次も刻みつけていくのだ。戦乙女ヴァルキリーたちと過ごした、儚い平穏のページ、そのひとつずつを、何よりも大切に…………。

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