Int.22:真影の詩、真夏の蒼穹と金色の少女③
そうして、京都駅を出た二人は市バスを乗り継ぎ、東山区の方にまで足を伸ばしていた。
バスを降り、
松原通の延長線上にあるこの参道には、こんなご時世だというのに観光客の数がかなり多かった。流石にド定番の観光スポット・清水寺へ向かう参道というだけはあるらしい。例え今が異星起源種との、種の存続を賭けた文字通りの絶滅戦争の最中にあっても、しかし人々の営みというものは変わらないようだ。
「凄い賑わいだね」
「だな」隣を歩くエマの何気ない呟きに、一真が短く頷く。
「……とても、戦争中とは思えないや」
「だな」小さく、そう一真が相槌を打つ。「まあ、こんなもんじゃないか?」
「……そうだね。うん、そうだ」
一真が言い返せば、エマはどう解釈したのか、納得したみたいに独りでうんうんと頷いていた。そして、
「人は、どこまで行っても人なんだ」
そう、一言一言を噛み締めるように、エマは歩きながらでそう呟く。
「人は人、か……」
そんなエマの放った言葉を、一真もまた噛み締めるように反芻する。そうしていると、隣でエマは小さく頬を緩ませて、
「……平和という、文化の保存」
「ん?」
エマが口走った、そんな妙な一言が引っ掛かった一真が彼女の方に振り向きながら訊き返すと、エマもまた一真の方に顔を向けて、こう言った。
「何も、戦うだけが全部じゃないって。…………そう、思っただけさ」
「戦うだけが、全部じゃない……?」
「うん」疑問符を浮かべる一真にそう頷いて、エマは参道を歩きながら、続けて言葉を紡ぎ出していく。
「当然、僕ら軍人は戦わなきゃいけない。当然だよね? 相手が攻めてくるんなら、こっちも相応の
…………でも。戦って、戦って、戦い抜いて。その先でもし、僕ら人類が勝てたとして。何十年も戦ってきた後に、その後に僕らの手元には何が残ってるのかな?」
「…………」
そんなエマの話に、一真は黙って耳を傾けていた。むせ返るような熱気の中、エマの紡ぐ言葉の他には辺りの喧噪と、そして遠くで大合奏をする蝉の鳴き声だけが、一真の鼓膜を揺らしていた。
「きっと皆、気付かないだけで。無意識の内に、平和そのものも遺そうとしているんだと、僕は思うな」
「平和、そのもの……?」
それが、君の言う"平和という文化の保存"なのか……――――?
続けて一真がそう訊き返せば、エマは「うんっ」と頷いて、それを肯定した。
「きっと、本能的にそうしてるんだと思う。人が人である為に、直接戦う以外に出来る、きっとこれは彼らにとっての戦いなんだ」
「文化の保存、か……」
一言一言を、まるで噛み締めるように。一真は蒼穹を見上げながら、その一言を反芻する。
「凄いな、エマは」
そして、隣を歩く彼女の方に視線を戻すと。一真はそう、何気なくそんなことをエマに向かって言っていた。
「そんなことないよ」しかし、エマはそれをやんわりと否定する。「僕は、ただ僕が思ったことを言ったまでさ」
「でも、その発想は中々出てくるものじゃない。……なんで、そう思ったんだ?」
「うーん…………」
一真に問いかけられて、どう答えたら良いものかとエマは思い悩む。その後で「……うん」と小さく独りで頷けば、
「この人たちの、楽しそうな顔」
「楽しそうな、顔?」
「そう、楽しそうな笑顔。それを見てたらさ、ああ、これがこの人たちにとっての戦いなんだ……って。何気なく、そう思ったんだ」
小さく、何処か儚げにも見える微笑みを浮かべた、そんなエマの横顔をチラリと横目で眺めながら。一真はフッと小さく口角を緩ませると「……そうか」と、軽く瞼を閉じながら、感慨深く頷いた。
「……えへっ、ちょっと湿っぽい話になりすぎたね。ごめんね、カズマ? 折角連れて来てくれたのに……」
そう詫びてくるエマに「気にするな」と一真は言いながら、隣を歩くそんなエマの左肩にポンッと左手を置いてやる。
「あっ……」
「いい話を聞けた、新しい解釈を知れた。それだけで、俺は満足さ」
何故か頬を軽く朱に染めるエマの横顔をチラリと横目に見ながら、フッと小さく笑みを浮かべた一真がそう言うと、振り返り一真を見上げて「……うんっ!」と頷くエマの表情が、あまりにも無邪気で、それでいて嬉しげで。そんな彼女の顔を見ていると、一真は自分までなんだか嬉しくなってきそうな気分だった。
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