Int.01:夏の空、飛び往く鳥が詩うは色彩の詩

 ――――ときは、それから暫く遡り。

「カズマ、お昼でも一緒にどうかな?」

 今日も今日とて、昼休みが訪れるなり平気な顔をしてA組の教室に入ってきたエマ――――エマ・アジャーニはその短いプラチナ・ブロンドの髪を揺らしながら一真の席まで近寄って来れば、彼にいきなりそんな提案を持ちかけてきた。

「毎度毎度こっちに入って来て、君って奴は……。西條教官にドヤされても知らねーぜ?」

 そんなエマに呆れるみたく大げさに肩を竦めながら、一真が言う。クラス対抗TAMS武闘大会の決勝が終わってからこっち、エマは延々この調子なので、一真はもう見咎めるのを諦めているような雰囲気だ。

「一真、いではないか、そう言わずとも。折角こうして誘いに来ておるのだ。そう無碍むげにすることもあるまいて」

 すると、そんな一真の横から飛んでくるそんな声は、彼の後席に座る綾崎瀬那あやさき せなの一言だった。

「まあ、そうだけどよ」

 瀬那の席に右肘を掛けながら、振り向く一真がそう言う。今の一真は椅子に対して横向きに座って壁に背をもたれている感じなので、後ろに振り向いて話しかけているワケでは無い。ちなみに、エマはそんな一真のド真ん前に立っている。

「それに、幾ら舞依とてそこまで短気ではない。一真は些か、心配をしすぎているように思えるぞ」

「……ま、舞依?」

 瀬那が西條のことを下の名で呼んだのに妙な引っかかりを感じたらしく、彼女の言葉に耳を傾けていたエマは困惑したように首を傾げ、反芻するように言う。

「っ~~~!!」

 と、その頃になって瀬那は己の失言に気付いたのか、慌てて取り繕うべく何か言おうとするが、しかし上手い言葉が出てこず。手振りだけを妙に動かすだけで、中々に珍妙な仕草を見せるのみだった。

「はは……」

 そんな瀬那の慌てように苦笑いしつつ、「それはそれとして」と一真は意図的に話題を逸らすように話を切り替え、

「んで、昼。行くか? エマ」

「もちろんっ! っていうか、僕の方から誘ったんだけどね……」

 一度大きく喜んだ顔をした後で、苦笑いしながらわざとらしく肩を竦めてみせるエマ。それに一真は「細かいことは気にしない、気にしない」と言って、

「折角だし瀬那も誘っちまうけど、構わないよな?」

「あー……」

 そう言うと、エマは何故かほんの少しだけ思い悩むような顔をすると、

「――――うん、折角だしね。逆に瀬那の方は、良いのかな?」

 と、妙な間を置いてから了承の意を告げてきた。

「うむ」エマの問いかけに、二つ返事で頷く瀬那。「無論だ。断る理由など、ありはしない。であろう? 一真よ」

「まあな」

 相変わらず一風変わったことばかりを口走る瀬那に、一真も慣れた様子で同意しながら席を立ち上がった。

「他、誰か誘うか?」

「うーん……」

 立ち上がった一真が訊けば、何故だか彼の至近に立ったままでエマはまた思い悩む。エマが前に居る状況で一真が立ったのだから当然だが、何故だかエマが一歩下がろうとしなかったせいで、吐息が肌に触れる程度の距離になってしまっている。

(うぐ……)

 そんな至近なものだから、なんというか。かぐわしい香りというのだろうか。そんなようなものがエマから漂ってきてしまい。なんとも筆舌に尽くしがたいと言えばいいのかか、形容し難いそんなものが鼻腔をくすぐってくるせいで、一真は言葉も出ないままにそっぽを向くことでしか気を紛らわせられないでいる。

(男にとっちゃ劇物だな、これ)

 なんて呑気なことを思っていると、どうやら何となく察したらしいエマは「……へえ?」なんて虫の羽音ぐらい小さな声を漏らすと、更に半歩を詰めてくる。

「っ……」

 無論、それを一真がどうこうは言えない。ただ、中々に悪い顔をしたエマは完全に気付いているような素振りだった。近づいてきたのも、明らかにわざとか。

「ふふっ……♪」

 小さく笑い、瀬那に見えない角度で一真の左手にそっと指先を這わせた後、やっとエマは一歩下がり、一真と距離を取った。

(ほっ……。肝が冷えるぜ、全く)

「折角だし、ステラたちも誘おうか。どうせなら、皆で行った方が楽しいからね」

 一真が内心でホッとしている間に、やっとこさエマはそんなことを口走る。それにいつの間にか立ち上がっていた瀬那は、立てかけていた刀を左腰に差し直しながら「うむ」と頷き、エマの提案に同意の意を示す。

「ん、呼んだ?」

 ともしていれば、広い歩幅でこっちに歩み寄ってきながら話に首を突っ込んでくる少女が一人。一真よりデカいかってぐらいの長身で、ツーサイド・アップの格好に頭の左右で結った紅蓮の炎の如き真っ赤な髪を揺らしながら歩いてくるその少女は、エマもその名を出したくだんのステラ・レーヴェンスに相違なかった。

「ああ、丁度良かったや。僕たちで今からお昼に行くんだけど、ステラも誘おうって所だったんだ」

 そんなステラの方に振り向きながら、柔らかい笑みを浮かべつつエマがそう言う。それにステラは「ん? 行くわよ勿論」と二つ返事で即答し、

「じゃあ、霧香や美弥も誘うの?」

「可能なら、ね」ステラの言葉に、エマが頷く。「出来ることなら、折角だしアキラも誘いたいんだけど」

「げっ……白井も誘うのぉ?」

「ははは、そう言ってやらないであげてよステラ」

「そうだぜ」苦笑いするエマの後に、一真が二人の会話に首を突っ込む。「白井の奴が聞いたら、泣くぜ今の?」

「――――もう泣いてるぜ…………」

「ほわぁっ!?」

 一真が二言目を口走った、その途端――――ステラの背後から半べその白井が、白井彰しらい あきらがスッと姿を見せたものだから、あまりに驚いた一真は素っ頓狂な声を上げて大きく飛び退く。

「ん? ――――っきゃあっ!? な、何やってんのよこの馬鹿はっ!!」

「グフォァッ!!」

 ワンテンポ遅れて振り返ったステラも驚いて飛び退き、ともすればその脚で白井が蹴り飛ばされる。妙な声を上げながら彼方に吹っ飛んでいく白井と、それを「アキラぁーっ!?」と追い掛けていくエマ。この光景にも、もう随分と見慣れたモノだ。

「おう、今日も良い飛びっぷり」

 だからか一真は特に白井の心配をするわけでもなく、寧ろ吹っ飛んでいく白井が空中に描く軌道を呑気に眺めながらそんなことを呟いてしまう。それに「今日はステラ、調子がいみたいであるな」と腕組みをしながら同意する、隣の瀬那も大概だが。

「ったく、アンタはいっつもいっつも……! もうっ!」

 至極呆れた顔でそう吐き捨て、腰に片手を突くステラがぷいっとそっぽを向く。それから彼女は並び立つ一真と瀬那の方に振り向けば、

「まあいいわ。馬鹿と介護係一人は放っといて、アタシたちだけで先に行きましょ?」

 と、さっさと行こうと催促をしてきた。

「しかし、いのか?」それに瀬那が待ったを掛ける。「白井は別として、此度こたびはエマから誘ってきたこと故、彼奴あやつを置いていくというのは些か気が引けるのだが」

「んー、じゃあこうしましょっか」

 そんな瀬那の言葉を聞き、ピンと人差し指を立てたステラがこう提案する。

「アタシは霧香と美弥連れて、先に席確保しとくわ。アンタたちはエマと馬鹿回収して、ゆっくり来なさい」

「お、おう。……つってもステラ、良いのか?」

 少々困惑した顔で一真が訊けば、「ん?」と何が何だか分かっていない顔でステラが視線を流してくる。

「いや、お前たちに面倒なこと押し付けちまうようで、何というか気が引けるっていうか」

「あー、いいのいいの」

 しかしステラは一真の気遣いは無用と言わんばかりに、顔の前で二、三回ほど手を仰いで否定した。

「アタシからしたら、馬鹿の介護の方がよっぽど面倒だし。かといって連れて行かないと、アイツ拗ねるじゃないの? だからこれでおあいこ。アタシたちは先に席取っといて、アンタたちはあの馬鹿引っ張ってくる。簡単なギヴ・アンド・テイクよ」

「……そ、そうか。それならそれで良いんだが」

「ステラもこう申しておる。ならば、そのようにすればいのではないか?」

 続けて瀬那にまでそう言われてしまうものだから、一真も「ま、いいか」ととりあえずの同意の意を示してしまう。

「オーケー、これで成立ね。んじゃあアタシは二人誘って先に行くから、さっさと食堂来なさいよ? あんまり遅くなったら、承知しないんだからね」

「つっても犠牲になるのは、白井だろ?」

「当ったり前じゃない」

 踵を返して歩き出していたステラは、冗談めかした一真の言葉に一度立ち止まって振り向けば、彼女もまた冗談めいた視線を横目で一真に流してきた。

「そういうことだ。我らも白井を拾って、手早く向かうとしよう。昼休みといえども、そう時間は長くはないのだ」

 瀬那にそう言われれば、去って行くステラの背中を見送っていた一真は「おう」と頷き、先んじて一歩踏み出していた瀬那の後を追う。

 そうしながらふと、一真は何の気無しに窓の外へ視線を投げてみた。校舎の窓から見える外界はカラッとした晴れ間が広がっていて、差し込む日差しは随分と痛い。むせるような熱気が照り返し、蝉の鳴き声を背景にし鳥たちの飛ぶ蒼穹には、大きな白い入道雲が幾つも浮かんでいた。

「もう、夏か……」

 初夏の色を強く彩った世界を眺め、一真はふと独り言を呟いてみる。世界がどんなになっても、訪れる夏の景色は変わらない。例えそれが人類の終わりが近い戦いの最中であっても、肌を焼く夏の気配は相変わらずの彩りだった。

 ――――夏は、もう訪れていた。少年少女たちにとっては最も長く、そして暑い夏が。

 しかし、彼らはそれを未だ知らない。知る術も持たない。ただそこにある夏空だけが、誰にも気取られることなくその気配を滲ませていた。

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