Int.42:白き閃光、震える剣は目覚めの刻を待つ

「来たか、弥勒寺」

 昼食を終えた一真が急いでグラウンド横のTAMS格納庫に向かうと、格納庫の壁に寄りかかりながら煙草を吹かしていた西條は駆け寄ってくる彼の姿を視界に収めるなり、ニヤッとしながら彼を手招きした。

「あの、教官。俺に見せたいものって、一体……?」

「まあ、焦るな」

 ふぅ、と紫煙混じりの吐息を吐き出しつつ、西條は軽く空を仰ぐ。そうして短いマールボロ・ライトの煙草をもう一度咥え直せば、西條はボソッと口を開いた。

「弥勒寺」

「はっ、はい」

「正直言ってお前、勝ち目あると思うか?」

 何気ない風にそんなことを言われ、一真は少しの間押し黙ってしまう。

「…………正直、微妙なところです」

 そして、俯き気味に口を開いた。

「ほう?」

「相手は仮にもアグレッサー部隊のエリートですし、喧嘩を買った相手を間違えたといえば、それまでだと思います。……けど」

「けど、なんだ?」

 また少し押し黙った一真は、意を決したように顔を上げると、

「アイツから吹っ掛けてきた喧嘩です。買わなきゃ男がすたるってもんですし、それに買って後悔もしてません」

 すると西條はフッと小さく笑うと「……結構」と小さく頷き、短くなった煙草を携帯灰皿に放り込んだ。

「よかろう。弥勒寺、お前の覚悟と気概はよく分かった。…………だから、私もお前にアレ・・を渡してやる決心が付いた」

「アレ?」

「いいから、黙って私に着いてこい」

 そう言って西條は壁から背を離すと、近くにあった格納庫の勝手口のドアノブに手を掛けた。

 格納庫の中に踏み入っていく西條に付き従い、一真も一緒になって格納庫の中に入っていく。

 一歩踏み入った格納庫の中は相変わらずの喧噪に包まれていたが、しかし西條はそれに構わず堂々とした足取りで格納庫のド真ん中を我が物顔で歩く。またそれを咎める者は誰一人としておらず、寧ろ整備クルーたちは西條の姿を見かけると、わざわざ挨拶をしてくるぐらいだ。

「ほいほい、ご苦労さん」

 そんな風な具合で適当に整備クルーたちを労ってやりながら西條と歩くこと、暫く。西條は格納庫の奥の奥、突き当たりに届きそうなぐらいの奥に行くと、漸くそこで立ち止まった。

「弥勒寺、アレを見ろ」

 西條の指し示す先、立ち並ぶ他と同じようなTAMS整備用ハンガーを一真が仰いでみると――――。

「これ、は……?」

 ニヤリと不敵に笑う西條の指し示す先。唖然とした顔をする一真の視線の先。そこに居たのは――――見慣れぬ姿の、純白の巨人だった。

「JS-17≪閃電せんでん≫、その強化改修型・タイプFだ」

 JS-17≪閃電≫――――。

 その名は元来ミリタリー・マニアである一真とて聞いたことがある。五年と少し前より配備が開始された、現在の日本国防陸軍の主力機だ。総合的な性能は米軍主力機のFSA-15C≪ヴァンガード≫と同等かそれ以上、まして格闘戦のスペックなら随一と言われているような機体で、とてもこんな士官学校に置くような代物ではない。

 まして、強化改修型――――タイプF、型式番号にするならJS-17Fといったところだろうが、そんなものが存在するなんてのは聞いたことがない。その旨を一真が西條に問うてみると「当然だ」と西條は言って、

「今のところ、一般に存在はあまり知られてないからな。別に上層部としても隠してる気は無いみたいなんだが」

 と、至極当然な顔色でそう答えた。

「スペック的には、アイツのFSA-15Eストライク・ヴァンガードにも遅れは取らないはずだ」

「ステラの、ですか?」

「ああ」西條は頷く。そして胸ポケットから煙草を取り出そうとしたが、ここが格納庫であることを思い出すと「チッ」と軽く舌打ちをして手を引っ込めた。格納庫は火気厳禁だ。

「――――弥勒寺」

 西條が改めて向き直ってくるものだから、思わず一真も「はっ、はい」と畏まってしまう。

「この機体、お前に託そうと思う」

「俺に……ですか?」

 西條は「当然だ」と頷いて、

「元々、武闘大会の折にクラス代表となった者には、相応の機体を預けるのが慣例だ。何せ相手には、高性能機を引っ張って遙々やって来た交換留学生が居るからな。それに使い古しでズタボロな旧式もいいところな≪新月≫で戦えだなんて、あまりに酷ってもんだろう」

「でも、俺はまだクラス代表なんかじゃあ……」

「良いんだよ」困惑する一真の言葉を半ばで制し、西條は話を続けた。

「どうせお前が負けたら、ステラがクラス代表になって機体を預ける必要も無くなるんだ。だったらせめて、お前を出来る限りフェアな環境に引き上げてやるのが筋ってもんだろう?」

「それは、そうですが」

「タイプFは物だけで考えれば、十分ステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードと戦えるだけの性能がある。後は弥勒寺――――お前次第だ」

 そんな澄ました眼で見据えられながら、自分の肩を叩かれながらそんなことを言われてしまえば。一真の胸の奥に燃えたぎる闘志の炎は、更に燃え滾ってしまう。

「……分かりました、教官。謹んで拝命致します」

 だから一真は、敢えて恭しく西條に向かって礼を告げた。

「……ふっ。なんだかお前、瀬那の奴に影響されてないか?」

「言われてみれば、かもしれませんね」

 何故だかおかしくなって、二人して笑い出してしまう。その後で一真が「しかし、なんで俺にこれを?」と訊けば、

「なーに、お前の心意気が気に入ったのさ。それに……」

「それに、なんです?」

「例年、武闘大会の優勝者は交換留学生ばかりだ。――――私らの国で、私らの学校で外様とざまに好き勝手我が物顔されるのが、いい加減気に食わなくなってきただけのことさ」

 優勝しろとは言わん。だがステラ如きには勝ってみせろ、弥勒寺――――。

 西條はそう言うと唐突に踵を返し、白衣の裾を翻すと「はっはっは」と独り高笑いをしながら立ち去っていってしまった。

「あっ、教官!」

「はっはっは。私の手が空いている時はシミュレータに付き合ってやる。さっさとソイツに慣れてしまえよ? はっはっは――」

 押し留めようとする呼びかけを意に返さず、西條の背中がどんどん遠くなっていく。一真は慌ててその後を追おうとするが、何故だか一度立ち止まってしまった。そして振り返り、視線を仰ぐ。

「≪閃電≫・タイプF――――」

 己が愛機となる純白の巨人は、物言わずただそこに佇むのみ。しかし一真には、何故だかその姿が頼もしく思えた。

「ん? あれは……」

 そして、その頃だった。白い≪閃電≫の真横。格納庫の更に一個奥にあるTAMSハンガーに、何故か目隠しの覆いが被せられていることに一真が気付いたのは。

 被り方から見て、明らかにあの中にはTAMSがある。しかしロープでキッチリと結ばれ固定された覆いは、まるで中の機体を封印しているかのような近寄りがたさがあり。それが妙な不気味さを漂わせていることもあって、一真は気になりこそしたが、それ以上の興味を抱くことが出来なかった。

「おっと」

 とした頃に、昼休み終了十分前を告げるチャイムの音が鳴り響いた。次はシミュレータを使った高度戦術訓練があったはずだから、うかうかしてはいられない。

 慌てて駆け出した一真の思考から、例の隠されたハンガーのことは既に掻き消えていた。あるのは妙な高揚感と、もしかすればステラに勝てるかも知れないという微かな自信。そして己に≪閃電≫・タイプFを託した西條の期待に応えなければという妙なプレッシャーにも似た、しかし余計に闘志を駆り立ててくれる感情のみ。

 一真は格納庫を抜け、地下のシミュレータ・ルームに向かって走り続ける。忙しない一日は物思いに耽ることを許してはくれないが、しかし少年に決意させ、不屈の闘志を抱かせるだけならば十分すぎる程に長かった。

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