Int.33:桜花爛漫、風に吹かれて咲き乱れ

 生い茂る竹の間を吹き抜けていく涼やかな風が藍色をした瀬那の髪を、そして霧香の漆黒の髪を撫で、揺らす。

 堂々たる立ち姿の瀬那と、その前で静かにひざまずく霧香の二人は、はたから見れば明らかに主従関係のようで。だからか一真は、あれだけ熱かった斬り合いの熱が完全に冷めた今でも尚、混乱する頭を落ち着かせられずにいた。

「……瀬那、霧香。君たちは、一体……?」

 そんな二人に歩み寄りながら、恐る恐るといった風に一真が声を掛ける。すると瀬那は目の前に跪く霧香と一度頷き合ってからこちらを向き、

「一真よ、ひとまずはここから離れるのが先決だ。済まぬがこの話、一旦預けてはくれぬか」





 そうして竹林を離れた瀬那と一真、それに霧香を加えた一行は嵐山市街の中、桂川の堤防沿いにあるちょっとした団子屋のようなところで腰を落ち着かせた。

 店の軒先にある紅い毛氈もうせん敷きの椅子に瀬那と一真が二人並んで腰掛け、そんな瀬那と背中合わせになるよう反対側に霧香が座る。適当に頼んだみたらし団子の串を皿から摘まみつつ、一真が口を開いた。

「……さっきの連中は?」

「分からぬ」と、瀬那が即答する。「しかし、忍びの者であることは確かだ」

「忍び……って、忍者ってことか!?」

「たわけ、声が大きいぞ。

 ――――無論だ。しかし、宗賀衆の者ではないな。であろう? 霧香よ」

「……うん」

 瀬那の後ろでみたらし団子をはふはふと口に入れながら、霧香が小さく頷く。

「何処の忍びかは分からなかった。……でも、あの戦い方は、宗賀の戦い方じゃ、ない」

 もぐもぐとみたらし団子を頬張りながら言う、そんな霧香の腰にあった忍者刀は、いつの間にかその姿を消していた。きっと傍らに置いた旅行者風のリュックサックに入れているのだろうが、あのリュックだって一体全体何処から、どのタイミングで引っ張り出したのかも定かじゃない。

「ふむ……。しかしあの者どもは、明らかに私の命を狙っておった。もしや霧香、其方はこのことを予見して?」

 瀬那の言葉に、コクリと頷いて無言の内に同意の意を示す霧香。

「……私の役目は、瀬那を護ることだから」

 そんな風に二人が小声で交わす会話に中々割って入る隙を見つけられない一真だったが、二人のやり取りを傍から耳に挟む内、やはりこの二人は初対面などでなく、やはり旧知の仲。それも主従関係のような間柄のようにしか思えなくなってくる。

「……なあ、瀬那」

「む?」一真の方に振り向く瀬那。

「やっぱりその、二人は……昔からの知り合い、なのか?」

 一真がそう言えば、霧香は一度伺いを立てるように瀬那の方を向く。それに瀬那は一度軽く頷いた後、一真の方に向き直り「……うむ」とその問いを肯定した。

「すまぬ。咄嗟のことといえ、其方には嘘をついてしまったことになる。許せ、一真よ」

「いや、それはいいんだ。……でも、ってことはやっぱり」

「うむ」瀬那は頷いて、話を切り出し始める。

「私と霧香は、幼少のおりより共に過ごしてきた。詳しいことは省くが、霧香は私の警護役なのだ」

「警護役……?」

「うむ。正面切っての斬り合いならば負ける気は無いが、総合的な戦闘技術は霧香の方が私よりも上なのだ。詳しくはまだ話せぬことであるが、私はそういう家柄ゆえ、悪意ある者に狙われることも決して少なくない」

「だから、その為に霧香が?」

「うむ」大きく頷いて、瀬那が同意した。

「……すまぬ。其方にはまだ、詳しいことまでを申していものなのか、私にも分からぬのだ。時が来れば、必ず其方には全てを打ち明ける。

 ……ゆえに、今暫し待ってはくれぬだろうか、一真」

 神妙な顔で瀬那にそう言われてしまえば、一真は少しの間思い悩みはしたものの、

「……分かった。瀬那が俺に言っていいって判断するまで、俺は待つよ」

 そんな一真の中に残された選択肢といえば、すぐにそう言葉を返してやることしかないのだ。

「済まぬな、本当に済まぬ。いずれ時が来れば、必ず其方には全てを打ち明けるゆえ、今は……」

 本気で申し訳なさそうな顔で瀬那が言うものだから、一真は「良いって良いって!」と慌ててフォローをしてやる。

「こうして俺も助かったワケだし、それでチャラってことで。それなら良いだろ?」

「しかし、先刻の一件は私が其方を巻き込んでしまった形になる。ゆえ、詫びねばならぬのは私の方なのだ」

「だから、そんな細かいところまで気にしなくて良いって!」

「だが……!」

 尚も瀬那が食い下がるものだから、一真は「うーん」と唸って思い悩む。

(どうしたものかなあ)

 このままでは、瀬那が一日中こんな顔をしたままになってしまう。さてこの後どうしたものかと一真が思い悩んでいると、一つ良い案が思い浮かんだ。

「それじゃあさ、瀬那。その代わりといっちゃ何だけど、一つだけ俺の願いを聞いてくれないか?」

「むっ、無論だ! 何でも申してみよ! 私に出来ることなら……!」

 提案するや否や瀬那が凄い勢いで食いついてくるものだから、一真は「いやいや、そんな大層なことじゃないって」と苦笑いしながら少し彼女をなだめる。

 瀬那をなだめた後、一真は長椅子から立ち上がると瀬那の方へ向き直り、彼女の金色の双眸を見下ろしながらスッ、と片手を差し伸べた。

「さっきの続きをしよう。折角楽しく過ごした一日なんだから、最後まで瀬那と二人、楽しく一日を終わらせたいんだ」

 一瞬、ぽかんと呆気に取られる瀬那。しかしハッと正気を取り戻すと、「うむ」と頷き差し出されたその手を取った。

「何処でもいい、一真の思うがままに私を連れ回すがい。今度こそ、其方の望む通りに私は付き従うぞ」

 そんな二人のやり取りを見ながら、フッと小さく笑った霧香は瀬那たちに気付かれぬよう、気配を殺しながらスッと立ち上がる。

「ふふ……私はお邪魔、みたいだね……」

 景色の中に溶け込んでいくように、その姿を消していく霧香。そんな風に彼女が消えたことにも気付かず、一真は手を取った瀬那の手を引っ張り上げ、彼女を導き引き起こしていた。

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