Int.21:虚構空間、少年は幻影の戦場へ⑥

 それから、後席組のシミュレータ訓練も一真たち前席組がやったのと全く同じ手順で進められていった。十数分の操縦練習の後、先程と全く同じ構成の連中との仮想戦闘訓練が始まる。

 はたからここまで一歩離れた視点で見ていて、確かに全員の操縦傾向というか、そんなようなものが見えてくる。

 まず瀬那だが、こちらは問題ない。操縦練習中に何度か機体を転ばせたりもしたが、後半になってくると随分と安定感が出てきた。戦闘訓練が開始されてもそれは変わらず、特に接近戦を好む傾向がある。対艦刀の捌きは流石に自前の刀を普段から携行しているだけあって素晴らしく、射撃精度の方は今ひとつなものの、精密狙撃でも無い限り問題ない範囲だ。

「瀬那、右からグラップルが五、来る!」

「承知したッ!」

 目の前の敵を両手で柄を握る対艦刀一本で横薙ぎに斬り裂き、瀬那は右方へ振り向きざまに右手マニピュレータを対艦刀の柄から離す。空いた右手の中に射出展開した近接格闘短刀を右方から迫っていたグラップル種の一匹に投げつけて顔面を串刺しにすると、再び両手に対艦刀を握り直した瀬那の≪新月≫は背中のスラスタを吹かし、身を低くしつつ残り四匹の懐に飛び込んでいく。

「だぁぁぁぁッッ!!」

 地面を抉りながら着地し、そこから更に左脚をもう一歩踏み込んだ瀬那の≪新月≫が、右斜め下からの袈裟斬りを閃かせる。

 胴体を二分割された目の前のグラップル種が崩れ落ち、リアルに再現された返り血が機体を汚す。しかし瀬那は勢いを緩めずもう一歩踏み込むと、その隣の奴へ向け返す刃で横一文字の斬撃を見舞った。

「っ――――!」

 途端、瀬那は機体の背後に気配を感じ、咄嗟に右手の中で逆手に持ち替えた対艦刀の切っ先を、腕を引きながら後方に向けて突き出した。

 瀬那の≪新月≫。その後ろへいつの間にか肉薄し、太い腕を≪新月≫の頭部目掛けて振り下ろそうとしていた別のグラップル種が瀬那が逆手で突き出した対艦刀の刃に胸を深く貫かれ、仰向けに倒れる。背中まで突き抜けた刃を地面と釘付けにしながら、そのグラップル種は息絶えた。

 後ろの奴の身体に刃が突き抜ける感触を感じた時点で瀬那は右手マニピュレータを対艦刀の柄から離していて、その間にも空いた左手は≪新月≫の右腰マウント部に懸架されていた予備の対艦刀を掴み、それを居合い斬りの要領で左手一本で振り、最後に残っていた至近のグラップル種を斬り捨てた。

(……すげえ)

 そんな瀬那の戦いぶりを傍で眺めながら、一真は内心で感嘆の呟きを吐いていた。

 ハッキリ言って、瀬那の近接格闘センスは異常だ。斬撃時に踏み込む足運びは一真の素人目に見ても道を極めた達人級のそれで、まして勘も並外れている。背中に回った敵に対し、咄嗟に逆手に持ち替えた対艦刀を振り向きもせずに突き刺すなど、並みの人間が出来る芸当じゃない。

 その上、TAMSへの順応性も高い。十数分の操作練習でコツか何かを掴んだのか、動きの一つ一つはまだつたないところがあるものの、初めて動かすにしては随分と上等な動き方だ。あくまで素人目から見た感想だが、瀬那のTAMSパイロット適性はかなり高く一真には思えた。

『はわわわわっ!?!?』

 としていると、無線からそんな声が聞こえてくる。気になった一真が視線を走らせてみると、

「……美弥」

 丁度、美弥の≪新月≫が前のめりに転倒する瞬間を見てしまった。しかも、何も無い場所で、だ。

『はわわわわ……わわわ……』

『…………美弥、早く機体、起こして』

『わ、分かってるよぉ霧香ちゃん……わわっ!?』

 こんな時でも冷静な起伏の少ない声色の霧香に言われ、美弥は慌てて機体を起こす。……が、また何も無いところで機体を転倒させてしまう。

『美弥、前。敵、来てる』

『へっ? ――――はわわっ! こ、来ないでくださいっ!』

 もう一度機体を起こした美弥の機体に、正面から十数体のグラップル種が迫る。

 慌てた美弥は機体が両手マニピュレータに保持している93式突撃機関砲を撃ち始めるが、しかし地面や空など変なところばかりに飛んで、しっかり命中する砲弾は少ない。大量にバラ撒かれる20mm砲弾はその殆どが地面の土か、或いは虚空を切り裂くのみで、これだけ撃っても仕留められたのはたったの一機という有様だった。

『た、弾切れですかっ!?』

『……! 美弥、リロードは間に合わない』

『は、はいっ!』

 霧香のアドバイスに従い、弾切れの93式突撃機関砲を投げ捨てた美弥機は両腰の73式対艦刀を抜刀すると、二刀流の格好で持ったそれを振り被りながら、迫り来るグラップル種の群れに向け機体を走らせる。

『えぇぇぇいっ!!』

 叫びながら、美弥は振りかぶった対艦刀をグラップル種の巨体目掛けて振り下ろした。

『あ、あれっ!?』

 だが、それは空振りに終わる。無茶苦茶な格好で振り下ろされた右手の対艦刀はその刃を地面に深くめり込ませ、容易には抜けなくなる。

『ううっ、抜けない……』

『美弥、それは諦めて』

『う、うん……』

 霧香の判断に従い、地面に刺さった対艦刀から手を離す美弥機。

『! 左、来る。避けて!』

『わわっ、わーっ!』

 先んじて気付いた霧香の言葉を信じ、美弥は叫びながら思い切り右方に向けてスラスタを吹かす。すると今まで美弥機が居た場所をグラップル種の豪腕が抉り、美弥は間一髪の所で難を逃れることが出来た。

『あ、ありがとうございますっ。霧香ちゃんのお陰で、助かりましたっ……!』

『礼は、後。それより周り、囲まれてる』

『えっ? ……はわわっ、どうしよう…………』

 結局、上手く立ち回ることの出来ない美弥機は、いつの間にか周囲を多数の敵に囲まれていた。前衛のグラップル種に阻まれているから撃ってはこないものの、アーチャー種の姿も少しは見受けられる。

 明らかに危機的状況だ。幾らシミュレーション上の仮想現実だとしても、これを見捨てる選択肢は一真には無い。

「瀬那っ、美弥が危ない!」

「皆まで言うな、一真! ――――くぞッ!」

 それは瀬那とて同じようで、交わす言葉も少ないままに一真の意志を汲み取っていた瀬那は、彼が言葉を紡ぎ終えるよりも早く、自機のスラスタを全力で吹かし美弥機の救援に向かう。

「っ――!」

 右手マニピュレータで銃把を握る93式突撃機関砲に残る20mm砲弾を、出し惜しみ抜きでありったけバラ撒く。主に狙う敵は後方のアーチャー種。飛び道具でいやらしく攻撃してくるあの連中が残っていては、助けられる味方も助けられはしない……!

「なにっ!?」

 しかし、そんな時だった。ガキンッという金属音と共に微かな振動がシミュレータのコクピットを揺さぶったかと思えば、あれだけ元気に撃ちまくっていた93式機関砲が突然弾を吐き出さなくなって、うんともすんとも言わなくなる。

「瀬那、弾詰まりジャムってる!」

 ――――弾詰まりジャム

 自動式の鉄砲なら、往々にして起こりうることだ。空薬莢が詰まったか、薬室に二重装填ダブル・フィードを起こしたか。或いはチェーン・ガン式である93式だから、何かの拍子にチェーンが外れたか……。

 いずれにしても、このままでは続けて撃てない。一応93式にはこういう事態に対処する為、機体マニピュレータで手動排莢・再装填が出来るような構造になっているのだが……。

「ちぃぃっ!!」

 しかし瀬那は手動で再装填する余裕は無いと判断したようで、弾詰まりを起こした93式機関砲を潔く投げ捨てた。もう一挺の93式突撃機関砲も先刻の戦闘中に投棄してしまっている為、瀬那機はこれで飛び道具を全て失ったことになる。

 再び73式対艦刀を両手で握る格好になった瀬那の≪新月≫は、そのまま美弥機を囲む敵の群れの腹を食い破るように突撃を敢行する。こちらに背を向け、美弥の≪新月≫に群がる連中を瀬那は次々と斬り伏せていく。

「っ……!」

 そうして、美弥の機体が見えた頃。どうやら転んだらしく仰向けに地面へ転がっている美弥機の胸部目掛け、グラップル種の一匹が腕を振り下ろすのが瀬那の眼に映った。

 瀬那は咄嗟に対艦刀から左手を放し、腕裏の鞘から近接格闘短刀を射出。手元に残った最後の一本であるソイツを勢いよく投げつけると、今まさに美弥機の胸へ振り下ろされんとしていたグラップル種の右腕に深く突き刺した。

 苦しむような物凄い雄叫びを上げて、そのグラップル種が数歩後ろにたたらを踏む。すると続けて瀬那は手元の73式対艦刀をブーメランのように投げつけ、ソイツの横腹に深く深く、対艦刀の刃をめり込ませ絶命させた。

「瀬那、後ろだっ!」

「ッ――――!」

 咄嗟にスラスタを短噴射し、軽くステップを踏むように回避した瀬那機が今まで立っていた場所を、討ち漏らしていたアーチャー種の実体弾が襲った。

 しかし、瀬那に抵抗する術は無い。93式突撃機関砲は二挺とも喪失し、対艦刀は手元に無い。最後の砦である近接格闘短刀も投擲してしまい、回収はとても不可能。ともなれば取れる手段は逃げの一手しかなく、かといって唯一の味方である美弥機はアテにならない。

(これは……)

 ――――もう、駄目なのか。

 状況は明らかに絶望的。逃げながら起死回生の一手を見出し瀬那は活路を開くつもりのようだが、しかし敵には飛び道具を持つアーチャー種が居る。これが殴るしか能の無いグラップル種だけならばまだなんとかなるかもしれないが、しかしこのままでは追い詰められジリ貧になるのは目に見えている。

 前席で状況を冷静に分析しながら、そんな風に一真が諦めかけていた――――その、瞬間だった。

「な、何事だっ!?」

 瀬那が珍しく、狼狽えた声で叫ぶ。そんな彼女の視線の先で――――瀬那の≪新月≫を執拗に狙っていたアーチャー種の群れが次々と弾け飛び肉塊と化していく光景が、確かに一真の眼からも見えていた。

「おい瀬那、アレって!」

「う、うむ。アレは……!」

 二条の火線が美弥機を囲む敵の群れを薙ぎ払い、遠くから近づく最大出力で吹かすスラスタの轟音が空気を激しく震わせる。猛然とした速度で急接近してくる機影に重なるように、一真の、そして瀬那の瞳に網膜投影されるアイコンが示すのは"03"の数字。

『ほらほら、退きなさい雑魚どもッ! 騎兵隊のお通りよッ――――!!』

 視界の端に映る、燃えるような紅色のツーサイドアップ・ヘアと、自信に満ち溢れた金の双眸。その叫び声は遙か太平洋の彼方より来たりし米空軍アグレッサー部隊のエース、ステラ・レーヴェンスの雄叫びめいた声に相違ない。

 ステラ機は全速力で加速したままアーチャー種を掃討し、肉薄。それらを両手の93式突撃機関砲の20mm砲弾による全力掃射で掃討し、最後に残った一匹に対しては、ステラはあろうことか減速せずそのままの勢いで突撃を敢行。右脚を突き出したかと思えば、なんと飛び蹴りをカマしてみせた。

 飛び蹴りというと大したことなく聞こえるかもしれないが、それを繰り出すのは鋼鉄の塊めいた身長8mの巨人だ。加速度と重量を加味したその蹴りの衝撃が凄まじいのは想像に難くなく、現にステラ機の蹴りを喰らったアーチャーはそのまま大きく吹き飛び、何度も地面をバウンドしてやっと横たわる。

 地面を抉りながら着地したステラ機は、しかし容赦なくその横たわるアーチャー種に向けてトドメの一撃を繰り出した。放たれた数発の20mm砲弾に身体を切り刻まれ、仮想空間上ながらそのアーチャー種は確実に息絶える。

『瀬那……だっけ? 無事なようね』

「う、うむ。助太刀感謝するぞ、ステラよ」

『いーのいーの。丁度右翼の連中平らげて、物足りなかった所だしね。

 …………っと、のんびり話してる余裕は無さそうか。瀬那、これ使いなさい』

 と、ステラ機は自分が左手に持つ93式突撃機関砲を瀬那機に向けて渡してきた。

「私に、か?」

『当然。予備マガジンはまだあるでしょ?』

「うむ。……済まぬな、痛み入る」

 差し出された93式を受け取り、瀬那は左手マニピュレータで直接ソイツの弾倉を入れ替えた。普段は両手に武器を持っていることが多いから大抵ロボット・アームで済ませる弾倉交換の作業だが、こうして普通にマニピュレータで行うことだって勿論可能なのだ。

『あと、このよく分からないサムライ・ソードも持っていって』

 迫ってくるグラップル種を右手の93式で掃討しながら、ステラは今度は73式対艦刀まで瀬那に差し出してきた。「よいのか?」と瀬那が訊くと、

『あー、いいのいいの。こっちじゃそれあんまり使わないし、私も勝手分かんないしね。使わない奴でデッドウェイトにするより、見たところ腕が良いっぽいアンタに渡した方が合理的ってもんよ。だから、遠慮は要らないわ』

「……そうか、其方は米軍であったな。

 よかろう、ならば有り難く頂戴させて貰う」

 ステラから差し出された対艦刀を左手で受け取り、瀬那機は右手に93式突撃機関砲、左手に73式対艦刀といった格好になる。ステラの方は93式一本だが、既に左手マニピュレータで予備弾倉を掴んでいた。アレなら、ロボット・アームを使うよりも断然交換速度は速い。

「伊達にアグレッサー部隊って訳じゃないわけか……」

 ああいう細かいテクニックからも、彼女が手練れであることが一真には分かる。彼女自身に対してはあまり好感が持てないだけに悔しいことだが、しかしこうしたテクニックは見習うべき点だと一真は冷静に思い、片手に予備弾倉を携えるステラのスタイルを脳裏に刻みつける。

『……っと、ちょっと遅すぎたみたいね…………』

 そうして瀬那機になんとか戦闘態勢を整えさせている内に、美弥機が撃墜判定を受けてしまっていた。しょんぼりした美弥の顔が網膜投影のウィンドウから消えると、ステラが少しばかり悔しげに歯を食いしばる。

『ま、仕方ないか……。――――でも、アンタは堕とされちゃ困るわよ』

「無論だ」対艦刀を構えながら、瀬那が答える。「其方こそ、ゆめゆめ気を払うがよい」

『ちょっと、それ誰に言ってるワケ? アタシはこれでも……』

「分かっておる、皆まで言うな。――――ふっ、ちょっとした冗談だ。気を悪くさせてしまったか?」

『あーはいはい、分かった分かった。アンタって冗談も言えたんだ』

「うむ。私とて、冗談の一つや二つぐらいは心得ておる」

『はいはい、分かりました。――――じゃあ』

「うむ、参るとしよう」

『しっかりアタシのケツに付いてきなさい。でないと、振り落とされるわよ?』

 どうやらのんびりしすぎたようで、いつしか瀬那・ステラの両機は敵の残存兵力全てに囲まれていた。

 しかし、二人は浮かべた不敵な顔を崩さない。互いの背中を合わせ、返り血まみれの二機は闘志を燃やす。

『さあ、行くわよ――――ロックン・ロール! 暴れるわよッ!』

「いざ――――参るッ!!」

 二機の≪新月≫が、一斉に飛び出していく。それはまるで嵐のようで、舞い踊る二機の周囲には文字通りの血の雨が降り注いだ。

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