Int.17:虚構空間、少年は幻影の戦場へ②
西條・錦戸両教官からの諸注意や訓練に関する口頭説明が終わり、遂にシミュレータを使ったTAMS操縦訓練が始まった。
とはいえシミュレータの数は六基なので、どうしても分割して訓練に当たらねばならない。順番が二分割された中、一真は前半組だった。
『では、訓練生はそれぞれシミュレータに乗り込め。マニュアルは読み込めと言っておいただろう? それに座学を思い出せ』
"01"から"03"までの三基を担当するオペレータ席に着いている西條がスピーカーで増幅された声で指示をする。ちなみに錦戸は反対側、即ち"04"から"06"までの担当だ。
ヘッド・ギアを頭に装着した一真は、予め指示されていた"01"のシミュレータ装置に近づいていく。格納庫のキャット・ウォークにも似た細い通路を通り、大きく口を開けたシミュレータの上部ハッチから内部に乗り込んだ。上面乗降式なのは、実際のTAMSと変わりない。
一真が乗り込み、コクピット・シートに背を預けると自動的にパイロット・スーツと背中のシートとが非接触接続され、同期される。すると一真の視界の中に幾つも機体情報が浮かび上がってくる。ヘッド・ギアから彼の眼球の網膜に直接投影されている映像だ。
視界の中にあるのに触れることの出来ない幾つものウィンドウ。それを不思議に思っていると、突然一真の座るコクピット・シートが勢いよく斜め下前方にスライドした。
「うおっ!?」
分かってはいたことだが、しかし実際に味わうのは始めてだ。驚いた一真の目の前に操縦桿や正面コントロール・パネルが迫ってくると、ハッチから飛び降りた瀬那が後席シートに滑り込んでくる気配がした。網膜に投影される情報の中、視界の端に瀬那の顔を映し出したウィンドウが小さく追加される。
このシミュレータは復座式のコクピットを再現しているのだ。こんな乗降方法だと脱出時のことが不安に思えてしまうかもしれないが、TAMSは基本的に単座/復座を問わずしてコクピット・ユニットごと前後どちらかに射出するモジュール式イジェクトを採用しているので、心配は要らない。
「網膜投影、というのか。慣れるまでは時間が掛かりそうであるな」
「かもな、不思議な感覚だ」
後席から聞こえる瀬那のそんな呟きに、半笑いで一真が返していると、瀬那の頭上にあった乗降用ハッチが閉じる。本来ならコクピット側から操作して閉めるものだが、まあその辺りはシミュレータということだろう。
やがて二人の手元にあるコンソール類に明かりが灯り、そして薄暗く待機状態に陥っていた機体のモニタが徐々に明るくなっていく。
そして繋ぎ目の無い半球状の、おおよそ視界270度ほどをカヴァーする半天周型モニタに映し出されたのは、ただの真っ白な色だった。何処でも無い、真っ白な色。ただ中央に"STAND BY"と表示されているのみで、他には何も無い。
これが、人型兵器TAMSのコクピットだ。カメラの捉える外界の景色は、今はこの真っ白に染まった球体状のモニタに表示される。戦闘機のようにヘッドアップ・ディスプレイや計器盤は無く、それらの役目は全てヘッド・ギアの網膜投影が担うというわけだ。
『一番機から三番機、異常はあるか?』
オペレータ席に座る西條の顔が視界の端に小さなウィンドウで表示されると同時に、ヘッド・ギアの耳小骨振動式スピーカーから声が聞こえてくる。
「一番機・弥勒寺、異常ありません」
「同じく一番機・綾崎、異常なし」
一真、続いて瀬那が答えると、続けて他のシミュレータからの通信も聞こえてくる。
『……二番機・東谷、異常なし』
『にっ、二番機・壬生谷! いっ、異常ありませんっ!』
視界の端にあるウィンドウに映った顔は、霧香と美弥だ。どうやら彼女たちが"02"のシミュレータに乗り込んでいるらしい。
『三番機・白井! 同じく異常なしです!』
『同じく三番機・レーヴェンス、異常なし。……ったく、なんでよりにもよってコイツと組まされなきゃならないのよ』
続けて顔が映し出されたのは、"03"のシミュレータに乗るステラと白井。ステラはよっぽど白井と組むのが気に入らないのか、ボソッとそんなことをぼやいている。
『無駄口を叩くなよ、ステラ。……どうだ、具合は向こうと変わらんか』
『ええ、流石に半共通規格だけあります。多少違うところはありますけど、問題はありません』
『なら結構。――――それでは早速だが、仮装訓練プログラムを開始する。まずは前席の者から操作だ。後席の者は相棒のバイタルが不調をきたした際、すぐに報告し非常停止スウィッチを押せ』
シミュレータの構成が復座式なのは単に訓練の効率を上げる為でもあるが、今西條が言ったように万が一に備えるという意味もある。なにせここに来るのは皆、初心者ばかりだ。いつどんな具合に身体に不調をきたしてもおかしくない。
『それでは訓練プログラム、開始だ。モニタが一気に変わるからな、驚くなよ?』
西條がそう言って数秒後、真っ白だったモニタが一気に姿を変え、二秒もしない内に何処かの市街地らしき景色が視界いっぱいに映し出された。同時に網膜投影の表示も変わり、方位計やピッチ計、速度ベクトル・マーカー、荷重G数値に海抜高度、大気速度計などが一気に視界中央部に表示された。この辺りの表示は、戦闘機のHUDに映し出されるものと変わらない。またTAMSのシルエットを模った機体状態表示や、各種兵装の残弾メーターなども端に表示される。
『全機、正常に稼働しているようだな。それでは各前席に機体操作を渡す。ユー・ハヴ・コントロール』
「一番機・弥勒寺、了解。アイ・ハヴ・コントロール」
『……二番機・東谷、アイ・ハヴ・コントロール』
『さっ、三番機・白井! アイ・ハヴ・コントロールっ!』
操作を受け取った旨を告げながら、一真は左右のサイドパネルから生える操縦桿を両手にぐっと握り締めた。
『それでは現段階での訓練環境を説明する。諸君らが乗り込んでいるのは訓練機・JST-1B≪新月≫だ。装備は93式20mm機関砲を背部マウントに左右一挺ずつ、腰のマウントにそれぞれ一本ずつ、73式対艦刀をマウントしている。両手はフリーだ。
……まあ、百聞は一見に如かずだな。とりあえず各機、歩かせてみろ』
「了解」
この巨大なロボットを歩かせる、と聞くと随分と難儀なことに聞こえるかもしれないが、実際はそこまで難しくない。操作系統は操縦桿とスロットル・ペダルがそれぞれ一対ずつのみとかなりシンプルで、後はIFS――――イメージ・フィードバック・システム、つまり思考による機体制御装置がパイロットの思考をヘッド・ギアを通して読み取り機体を制御する為、操縦そのものの難易度は思うほど高くない。
だが――――。
「――――うおっ!?」
…………いざそれを実際に扱ってみるともなれば、やはり相応に難しいものだ。
モニタに映る視界がひっくり返り、強烈な振動がシュミレータ装置を揺さぶる。シートの背もたれに身体を叩き付けながら、一真は操作を誤って機体を転ばせてしまったのだと気付いた。
「っ……。一真よ、大丈夫か?」
衝撃が装置を揺さぶった後、後席の瀬那が呼びかけてくる。彼女が割と心配そうな顔色なのは、視界の端に投影されたウィンドウに映る彼女の顔から読み取れる。
「あ、ああ……」
頭を軽く左右に揺さぶり、操縦桿を握り直しつつ一真が返事をする。
…………かなりの衝撃だった。だがこれでも、シミュレータが可能な限り再現した衝撃だ。幾らシミュレータといえども限界はあるから、実機はこれ以上の衝撃が襲いかかってくることになる……。
『どうした弥勒寺、さっさと機体を起こせ』
「りょ、了解」
西條に通信で急かされながら、一真は仰向けに転倒した機体をゆっくりと起こす。今度は上手くいきそうだ。
そうしながら左右に眼を走らせてみると、機体の――もちろん仮想空間上の――左右にはそれぞれ一機ずつ、別の≪新月≫の姿が見えた。どうやら左方の奴が霧香/美弥機で、右方の≪新月≫が白井/ステラ機らしい。
『う、うおおああっ!?』
と思っていた矢先、突然白井のそんな叫び声が聞こえてきたかと思えば、右方の白井機がステンッと前のめりになって派手にスッ転ぶ。
『――っ! ちょっと、アンタしっかりしなさいよッ! これで何度目よ、転ぶの!』
『す、すまん……――――っひゃあああ!?!?』
『この馬鹿ぁぁぁぁ!!』
相棒のステラが罵倒する声が聞こえたかと思えば、響くのは二度目の悲鳴。今度はステラの罵倒も重なれば、やっとのことで起き上がった白井機がまた盛大にずっコケる。
『…………』
そんな白井/ステラ機と裏腹に、今は霧香が操縦桿を握る霧香/美弥機はスイスイと歩いて行く。その足取りは、初めてTAMSを扱うとは思えない程にスムーズだ。
「すげえな、霧香の奴……。まるで初めてとは思えねーや」
そんな霧香機を横目に眺めながら一真がポロッと呟くと、瀬那が「……あ、ああ」と、何処か小さく詰まらせながら同意する。視界の端に映る彼女の顔色が何処か曇っているような気がしたが、気のせいだろうと一真は考え、気にしないことにした。
『弥勒寺、さっさとしろ』
「あっ、了解!」
西條に通信で急かされ、一真は再び機体を動かし始める。二度目だから、なんとか今度は上手く一歩を踏み出すことが出来た。
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