23-2
訓練を開始してから二ヵ月半が過ぎたある夜のことだった。またスクネが寂しいと言いだして俺の家に転がり込んできたのだ。
仕方なしに一緒に横になってやると、彼女は唐突に将来のことを話しはじめた。
「スクネね、これからもっとおおきくなったら、まえのおとうさんとおかあさんがいなくなったところにね、いろんないろのはなをそだててね、たのしいところにしたいんだ」
「立派な目標だな。スクネはそこで暮らすのか?」
「うん。ここのみんなもいっぱいきてくれるって」
「そうなのか。だったら楽しくなるだろうな」
「メイにいも、きてくれる?」
「もちろんだ。マーマも絶対来てくれるぞ」
「うれしい。スクネ、がんばるからね」
「もうお前は、一人じゃないからな」
「うん」
「ここにいる人達が、大好きか?」
「うん。みんなだいすき。あたらしいおとうさんは、いちばんすき」
「俺もだよ」
「ううん、ちがうよ。メイにいのいちばんはマーマでしょ?」
「ああ、そうだったな。じゃあお前は二番目か」
少しだけ嫉妬した彼女の顔がなんとも愛くるしくて、その奥に潜んでいるだろう孤独感に胸が締めつけられる思いがした。
この子も一人にしてはいけない。マーマロッテを守ってもこの子が不幸になってしまったら、俺達の目指した未来が見せかけだけの虚しい世界になってしまう。
……お前のことも、この命で守ってやる。
……だから、いつまでも笑顔でいてくれよな。
「あのね、スクネね」
「どうした」
「メイにいのこと、おとうさんって、よんでいい?」
「なんだか恥ずかしいな」
「だめ?」
「いや、いいよ。だって実際そうなんだから」
「うん。じゃあ、……おとう、さん」
目に涙を浮かべた少女を優しく抱きしめてやった。
溜め込んでいたものが一気に放出したのか、嗚咽を交えながら俺のことをお父さんと呼び続けた。
「なあ、スクネ」
「なに」
「俺はお前に、なにをしてあげられるだろうか?」
「ずっと、いっしょにいてほしい」
「それだけでいいのか?」
「スクネがおよめさんになるまで、……そばに、いて」
「分かった。約束する」
「ぜったい、ぜったいだよ。どこにもいっちゃ、だめだよ!」
「ああ。ずっと側にいてやるよ」
その夜、俺はスクネを抱いて眠りながら本当の強さとはなにかを知った。それは悪を打ち砕く力などではなく、愛するものを守るという揺るがない意思だった。
マーマロッテを守りたいという気持ちは確かに持っていた。しかしそういった思いと今やっている訓練が大きく乖離していたことまでは気がつかなかった。
訓練をはじめる前までの俺は無意識にそれができていたと思う。強くなるための力を欲するあまり、最も大切な思いを置き忘れていたのかもしれない。
翌日から激しい訓練をやめることにした。続けていればさらなる能力上昇を期待できただろうが今の自分に必要な強さは身体ではなく心のほうだったので、迷いも後悔もない。
レインとの格闘以外は星との同調に時間を使った。はじめのうちは集中するために自宅にこもっていたのだが、それすらも邪念を誘う要因と感じてからは以前のように農地区域の作業を手伝ったりした。医療室にも頻繁に足を運ぶようになり、つまらない会話で一日を過ごすこともあった。
それから二週間ほど経過したある日のレインとの訓練で、とうとう彼女の動きを完全に見極められるようになった。
俺は相当悔しがる彼女に心を込めて、深く頭を下げる。
「やだあ。泣かせないでよ。ちょっと感動しちゃうじゃないの」
「あんたのおかげでここまで来れた。本当に感謝している」
「まさかこの私を超えてしまうなんてね。あの子もきっとびっくりするわよ」
「それなんだが」
「どうしたのよ、神妙な顔しちゃって。もう教えることなんてないわよ」
「俺さ、武器使いたいんだよね。もしかして、忘れてる?」
「あら、すっかり忘れてたわ。そうね、どうしましょうか?」
「シンクが作ったやつの中にそれっぽいものはないのか?」
「あるとすればキャジュが知っているかもしれないわね。後で聞いてみなさいな」
「そっちのほうも稽古をつけてくれよな。頼むよ」
「はいはい。任せておきなさいって」
すぐにキャジュのいるところへ行って聞いてみた。すると医療室のどこかに転がっているはずだとの答えが返ってきたので早速探しに行くことにした。
めぼしいものは確かにあった。だが実際手に取ってみてもなんだかしっくりこないものばかりだった。キャジュにそのことを話すと、彼女も残念そうな顔をして「近いうちに新しいやつ作ってやるから今は素手で我慢してくれ」と言われた。
その日は結局、武器を使った訓練を諦めた。
次の日の朝、俺は防衛部隊の集会に来るよう言われたので顔を出した。するとそこでタデマルは俺を防衛メンバーとして正式に加入させることを発表した。事前の報告もなしに言われたので驚いてしまったが、断る理由はなかったので引き受けることにした。
参加者が解散した後、タデマルは俺一人だけを呼び出した。
用件を聞くと、彼がかつて愛用していた武器を俺に譲りたいのだという。
「昨日も彼女とちょっとした喧嘩をしたよ。使わないものを大事に取っておいても意味なんかないだろ、てね」
『一線ホツマ』と名のついた細長い武器は刀とも呼ばれる鋭利なもので、アイテル武器としても当然使えるが、アイテルなしでも相当な威力を備えているものらしい。
今は鞘と呼ばれる保護具に収められている。見た目も重さも申し分ないものだった。
「でも、これはあんたの大事なものなんだろ? いくらキャジュに説得されたからってそんなもの簡単には受け取れないよ」
数秒間の沈黙があった。
そしてタデマルは視線をやや落として、重そうに口を開いた。
どうやら、前髪は弄らないみたいだった。
「以前僕は、君のことを農民上がりの下衆と言ったことがあるだろ。それだけではない。君の誇りを傷つけてしまうような発言もたくさんしてしまった。レシュア君に対してもそうだ。君達には本当に酷いことをしてしまったと反省している」
「これは、その罪滅ぼしというわけか」
「それでもまだ、足りないと思っているくらいだ」
「……ふっ」
「どうしたのだ、気に入らなかったのか?」
「あんたも随分丸くなってしまったと思ってな。キャジュの偉大さを噛み締めていたんだよ」
「彼女は僕をまるっきり変えてしまった。本当に素晴らしい人だよ」
「最近はどうなんだ。うまくいっているのか?」
「髪をもっと短くしろと言ってうるさいね。ならばそっちも、もっと髪を長くしたらどうなんだと言ってみたら、どういうわけか本気で怒られてしまったよ」
「つまりは、全てが順調、というわけだな」
「そういうことに、なるだろうね」
俺は彼の気持ちを受け取ることにした。
ありがとうと言い頭を下げてきた彼に手を差し出すと、俺達の手の平は一つの大きな拳になった。
「この戦争を終わらせよう。そして君も、幸せを掴んでくれ」
「あんたの思いはこの刀にしっかりと込められた。任せておけ。必ず終わらせてみせる」
タデマルから譲り受けた武器を使って早速訓練を再開するべくレインのところに行った。彼女は一線ホツマを見るなり快く引き受けてくれたのだが、その刀の切れ味が鋭すぎることを理由に訓練での使用をやめて欲しいと言われた。いきなりの肩透かしを食らった俺は代替になりそうな武器、というか頑丈な長い棒を準備して立ち回りを教わることになった。
レインから伝授されたのは基本的な武器の振り方やその際の体重移動などが主だった。無駄に振り回さなければあとは自己流でも構わないらしいので、訓練そのものは二日間で終了した。
それからはまた睡眠を省略して研究に明け暮れる日々を送った。
ある程度の形が完成した後はそれを人間に向けないための訓練に移行する。一線ホツマはレインの大鎌のようにヴォイドアイテルで具現化させる武器ではないので、誤って仲間を切らないようにじっくりと時間をかけて習得していった。
俺の剣術は実戦で何度か使っているうちに完璧なものになった。当初思い描いていた目標にようやっと到達したのだ。
ところが、そんな俺の成長を嘲笑うかのように機械兵は地上に現れなくなる。
タデマルがこの奇妙な変化を各都市に伝えると、他の都市でも同様の現象が起こっているとの報告が入り、その事実を知った住民の誰もが、戦争は終わったと歓喜の声を上げた。
俺は、本当の戦争がはじまったのだと思った。
不意にマーマロッテのことが気にかかる。ジュカを守ると言って出て行った彼女が、目的を失って余計なことを考えてはいないだろうかと思ったのだ。
実力だけで見れば彼女を迎えに行くには十分なものを備えていた。だがなにかが不足しているようにも感じる。それは覚悟なのか、それとも予感なのかは分からない。
すぐに答えを出せなかった俺は、ひとまずこの時点でのジュカ行きを控えることにした。
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