21-2



 強くなりたいという欲求は俺の意識のほとんどを埋め尽くすくらいに増大していた。単純にみんなを守りたいというのが主な理由だ。だがそれは、次第に一人の人間として地球の勝利に貢献したいという思いにも変化していった。マーマロッテの強さへの憧れと言い換えてもよかった。

 これは自分の中に眠っていた男としての意地みたいなものだと解釈している。戦場で認められた日が本物の強さを手にした日なのだと考えるようになってからは、マーマロッテの幸せと自分の理想像を一律に扱うようになっていた。


 ちなみに彼女にはまだこのことを話していない。強く反対されると思ったからだ。そしてそれは、彼女の願いに逆らえない俺の心に深い傷を作り、関係に溝が生まれるだろうことを恐れていたためでもあった。



 俺もまた、戦争に翻弄される運命を自ら選び取ってしまったのである。



「……おい、メイル君」

「ん? なんだ?」

「都市からの通信が呼び出されているぞ。早く取りたまえ」


 シンクライダーはなにやら準備があるらしく外出していたので、彼の仕事が漏れなく俺のほうになだれ込んできた。

 タデマルは機械音痴を悟られまいとして相変わらずの横柄を気取っている。ここまでくるともう可愛いとさえ思えてしまうほどに慣れきっていた。


 通信は地下都市『ジュカ』からのものだ。この星に残っている三つの地下都市の一つと聞いてはいたが、それ以上の情報を仕入れていなかったのでやや応答を躊躇してしまう。


 タデマルの追加の命令が入り、俺はようやくジュカと繋ぐ決心がついた。

 操作をすると、立体映像に知らない男の上半身が映し出される。


「こちらはリムスロットだが、そちらは?」

『我々はジュカの防衛部隊だ。シンクライダー殿は、いないのか?』

「用事があって席を外している。今は俺が代役だ。用件があるなら話してもらって構わないぞ」

『手短に説明する。現在我々の都市はカウザの攻撃を受け危機に瀕している。ただちに応援を要請したい』

「だとさ、どういたしますか? 指揮者殿」


 タデマルは慎重に前髪を弄りながら黙考していた。俺は立体映像の男に返答まで少し待機してもらうよう頼む。

 答えが導き出されたのか、タデマルの白くて細い指が弄り倒された髪を優しく弾いた。席をかわれと言われたので素直に従うと、よそ行きの顔を作ったタデマルが立体の男と向かい合う。


『……おお、あなたはタデマル殿ですね』

「いかにもタデマルだが、急を要しているみたいなのでこちらの回答を簡潔に述べよう。要請はお断りさせてもらう。以上だ」


「おいおい、いくらなんでも早すぎだろ」


『非常に残念な回答だ。しかしそちらにも事情というものがある。甘んじて受け入れよう。手間をかけてすまなかった。通信は以上。貴殿等の幸運を祈る……」


 切れてしまった。詳しい状況を聞くことくらいはできたはずなのに、それもせずに終わってしまったことがなんともやるせなかった。


「今のは、どこからだったんですか?」


 後ろから話しかけてきたのはマーマロッテだった。

 タデマルは彼女の声に敏感に反応して振り向くと調子のよい顔をした。


「ジュカだよ。聞いていたのかい?」

「応援、しないんですか?」

「あそこはここの住民の半分も収容していないからね。そこそこの戦力を持っているとは聞いているが、犬型の本格投入に歯が立たないのであれば陥落は時間の問題なのだよ」

「それでも、私達にできることがあったんじゃないんですか?」

「うちの戦力を削ってまで守る価値があるかどうかの選定はしたさ。しかしね、彼らも命を懸けて戦っている。曖昧な返事は却って迷惑なのだよ」

「戦っているのは戦士ではありません! 人間なんです! 助け合う気持ちを簡単に諦めてしまう人間が生き残った未来に、真の平和が訪れるとは思えません!」

「非情な言葉に聞こえるかもしれないが、戦っているのはやはり戦士なのだよ……」


 胸が痛かった。二人の言い分がどちらも間違っていないと思えるからこそ、現実の厳しさが俺の心と現在の境遇に根深く突き刺さった。


「なになに、どうしちゃったのよ」


 マーマロッテの声を聞いたのか、レインも監視室にやってきた。

 さっきと同じような会話が繰り返される。狭い監視室に集まった四人のうちの三人が仮面の意見を待っていると、タデマルの時と同じくらいの間を置いて、その口は開いた。


「総合的に判断して、応援はしないほうがいいでしょう」

「どうしてなんですか?」

「理由は二つ。一つ目はカウザの急な動向の変化に対応するための戦力を確保しておきたいため。もう一つは、ここから戦士を一人ジュカに派遣させることが既に決定しているためよ」

「え?」


「誰なんだ。聞いていないぞ」


「今朝正式にその意向を本人からもらったばかりだから、あとから来たあなた達が知らないのも当然よね。ジュカに行くのはシンクよ。二日後に立つ予定だと言っていたわ」


 タデマルは視線を床に落として沈黙していた。シンクライダーの異動を知っていたのだとその表情が語っているようだった。

 仲間がいなくなる寂しさとは別の、どこか儚げな様子をタデマルから感じる。なにかが変だ。それは違和感というよりも、嫌な予感という表現が近いと思った。


「シンクさん、前からジュカが危ないことを知っていたんですね?」

「さあどうでしょうね。本人に聞いてみればいいと思うわ」

「今どこにいるんですか?」

「彼の自宅のはずよ」


 マーマロッテは誰にも返事をせずに医療室を出て行った。

 足取りはやけに落ち着いていて、その冷静さから垣間見える憤りは俺の存在をも掻き消すほどの強い信念を放っている。すぐに後を追えなかったのは、そんな彼女の信念に気安く触れることを本能が拒絶したから、かもしれない。


 シンクライダーと話をしたら彼女は真っ直ぐ戻ってくる。そう思った自分が浅はかだったことに気づいたのは、外に通じる避難通路の扉が開いた後だった。監視装置の映像には、扉の開閉があった情報と人影が一瞬だけ映り込んでいた。

 あとはもう、想像でなにが起こったのかを理解することができた。


「あいつ、なにやってんだよ」

「やれやれ、あの子のおてんばにはついていけないね。どうするよ? レイン・リリー」


「今日の防衛はお爺ちゃんに参加してもらうしかないわね」


「了解した。ご老人には僕から連絡を入れておく。君はさっき頭を下げに行ったばかりだからね」



 ……頭を下げる?

 ……なるほど、そういうことか。



「となると、シンクの後任がうちの爺さんってことなのか?」

「他に誰がいるのよ。達人は彼をおいて他にはいないわ。あなたは論外なのだし」

「なんか、申し訳ないことをしたな」

「あら、珍しいこともあるのね。あのメイルが彼女のために頭を下げるなんて」

「あの、は余計だ」

「やだ、気づいちゃった?」

「こういうことを言うのは心苦しいのだが、俺はあいつの味方になってやろうと思っている。間違ったことをしていたとしても、あいつだけは見捨てたくないんだ」

「だってよ、タデマル。これが愛ってやつなんだからしっかり覚えておきなさいね」


「悔しいが、参考にさせてもらうよ」


「でもねメイル、あの子のしていることがどれほど危険な行動で、どれほどの代償を背負うのかをよく考えて頂戴ね。あなたにもそれ相応の処遇が待っているはずだから」

「ああ、肝に銘じておくよ」


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