20-3
空き倉庫に着くと扉は既に開いていて、入り口を入ったすぐのところでレインが戦闘態勢のまま静止していた。
「ス、スクネ!」
「スクネちゃん!」
狂気に満ちた顔をしたライジュウがこちらを見ていた。その太い腕にはスクネちゃんの首が絡まっている。まだ意識があるようだったが、苦しそうな表情をしていた。
「レシュア、これを。タデマルに連絡、急いで!」
「は、はい」
交信機を受け取った。メイルから教わったとおりに操作してタデマルに繋ぐ。事情を説明すると、すぐに行くという声が返ってきた。
「それとキャジュ、あなたは少し離れていて。犠牲は最小限に抑えたいから」
「……おい、それってスクネを犠牲にするっていうことなのか? まさか、冗談だろ?」
「本気よ。ここで感情に走って住民にまで被害を広げたくないもの」
「待ってくれよレイン! スクネはまだ子供なんだぞ! それに、やつの標的は私のはずだ! 犠牲になるなら私のほうだ!」
ばちん、という音がしてキャジュは右の頬に手を当てた。
叩いたのは、レインの左手だった。
「あなたこそ冷静になりなさい。スクネの命を犠牲にするなんてまだ一言も言っていないわよ。それにね、やつの目的はきっとあなたを殺すことではないわ」
「どういう、意味だ?」
「こいつはきっと、私達の情報を握っているあなたを回収するためにここへ来たのよ」
タデマルがシンクライダーを連れて飛んできた。
到着するやタデマルはシンクライダーに耳打ちをし、話の内容に頷いた元医師はその場をすぐに離れてしまった。
「レイン・リリー、防衛の時間だ。ロル君には先に出てもらっている。レシュア君もすぐに向かってくれ」
「え? でも」
「ここは僕が引き受ける。さあ、急いでくれたまえ」
どうしたらいいのか分からなかったので、咄嗟にレインの名前を呼んだ。
彼女の視線はライジュウに向けられたままだった。
「……行くわよ、レシュア」
「だって、スクネちゃんが」
「ロルとシンクでは対処しきれないわ。機械兵が都市の中に入ってきたら、あなた責任取れる?」
「……あの、私だけ、ここに残っていちゃ、駄目ですか?」
「一時の感情でやつを倒せるなら、もうしているはずでしょう?」
レインは見通していた。私の運動能力をもってすればスクネに傷一つつけさせずにライジュウを倒すことができる。ただしそれは、一瞬にしてライジュウの身体を人の形ではないものにすることと等しかった。
私にはできない。分かりきっていることだった。
「レシュア君、これは命令だ。事態は一刻を争う。さあ、行くのだ!」
レインに手首を掴まれた。
嫌な予感がするのは、絶対に気のせいなんかではなかった。
「レシュア、二分で片付けるわよ。それとタデマル、私達が戻るまで下手な手出しはしないように。あなた、ここの住民以下の実力なんだから」
「僕を誰だと思っている。君達の指揮者だぞ。あれ程度のもので簡単にやられはしないさ」
「キャジュも、分かってるわね?」
「……あ、ああ」
私とレインは高速で飛び出した。狭い避難通路の壁を破壊する勢いで突入し外へと繋がる扉を抜け、閉じる動作を目視確認し、地面に穴が空くほどのアイテルを放出し、戦場へと突入した。
レインは二分と言っていたが、体感では一分もかからなかったと思う。
全ての処理を終えた私達は、もと来た道を全速力で駆け抜けた。
――そして、私達が戻ってくるとそこはもう血に染まっていた。
恐れていたことがとうとう起きてしまったのだ。
「なんでお前が、自分のことしか頭にないようなやつが、どうしてここまで命を張れるんだよ!」
「……せ、正義の、ためだ。ぼ、僕にしかできない、けじめのつけかたが、あるんでね……」
私達がいなくなった直後にライジュウがスクネの首を絞めはじめたので、タデマルが飛び込んでいったのだそうだ。
なんとか少女を奪い返したタデマルは、小さな身体をしっかりと抱きながら人ならざるものと格闘し倒せはしたものの、自らも重傷を負ってしまったのだという。
「口だけ偉そうなこと言いやがって! そんなんじゃお前、本当に格好良くなってしまうじゃないかよ! どうしてくれるんだ! 返事しろよ! 私のこの気持ちに、責任をとってくれよ!」
キャジュの心の叫びは、その一途な思いとともに空き倉庫を黒く塗り潰した。
「シンク! 急いで止血を! あとのことは任せたわ!」
「了解! さあ、キャジュ、彼を医療室に運ぼう。手伝ってくれるね?」
タデマルを背負ったシンクライダーとスクネを抱いたキャジュがいなくなると、大の字になって倒れる得体の知れないものが倉庫の中に残った。
レインはその物体が再度動き出さないことを念入りに確認する。
私とロルは、その様子を見ていることしかできなかった。
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