16-6



 残酷なことをしてしまった。本当に生きなければならない人の未来を自分のせいで壊してしまった。あんなに純粋で誰からも愛されていた人を私一人のせいで滅茶苦茶にしてしまった。彼には本当に酷いことをしてしまった。


 こんな文章を彼に書かせたのはあの時ついた嘘のせいだった。どちらとも知れないこちらの気持ちに、しっかりと伝わるよう細心の注意を払って書いているのがよく分かった。

 かなりの気を遣わせたのだと思う。一生懸命に考えてくれただろうその内容には、彼の押し殺した気持ちだけが表現されているようにしか感じなかった。


 私が知りたかったのは心臓移植を決心した理由だった。どうしてそうしようと思ったのか。なぜ私のために命を懸けようと思ったのか。それは、言い換えれば彼の私に対する想いだった。

 はっきり書いて欲しかった。大切に思われていたことは彼の行動と文面で知ることができる。でもそういうことではなかった。

 忘れろと言われてもできるわけがない。特別な存在として思ってくれていたのなら、そう書いてくれたほうがずっと幸せになれた。


 何度読み返してみても、それらしい気持ちはどこにも書かれていない。

 マーマロッテと書いてくれたことはとても嬉しかった。でもそれ以上の想像を膨らましてみても虚しいだけだった。

 最後の文章の下に塗り潰したような痕跡はあった。もともと文章が書かれていたのだろうけれど、しっかり塗られているせいでそれを見ることはできなかった。



 もう、彼の気持ちは閉ざされたままなのだろうか。



 ふと思った。塗り潰した箇所があまりに綺麗過ぎたのだ。

 もしかしたら文字を書いている筆と塗り潰している筆は違うものを使ったのではないだろうか。

 ひょっとしたら筆圧の違いで塗り潰した文字が読めるかもしれない。



 食い入るように見た。いろんな角度からも見てみる。

 ……

 ……!!



 予想は当たった。

 手紙を強い光の下で透かしてみるとおぼろげに文字が浮かんできたのだ。


 一文字一文字を慎重に読んだ。そしてそれは、一つの文章になった。


 私は家を飛び出した。無我夢中だった。胸を打つものが身体を全力で向かわせた。



 倉庫の扉の前に立ってみたが、前回来た時にあった手の震えは起こらない。

 揺るがない決心を胸に呼び鈴を押すと、やはりキャジュが出てきた。


「こんにちは。また、来ちゃった」

「レシュア。声、戻ったんだな」

「うん。あのね、キャジュ」

「入るか?」


 入ってもよかった。でも今はそうするべきではないと思った。


「彼は今、寝てる?」

「ああ」

「じゃあさ、ちょっと二人だけで、話さない?」

「あ、ああ、私は構わないが」


 キャジュには倉庫の外に出てもらった。場所はどこでもよかったので昼の陽気が差し込むところを適当に見つけて、そこの地面に並んで座ることにする。

 怪訝そうな表情を見せるキャジュと目を合わせないように意識した。なんとなくそのほうが話しやすいと思ったのだ。


「いろいろと、迷惑かけちゃって、ごめんね」

「レシュアが元気になってさえくれれば、大したことではない」

「ありがとう。みんなのおかげで、ちょっとずつだけど、よくなってるよ」

「そうか。で、話っていうのはなんだ? メイルのことか?」

「うん。それもあるけど、今はそうじゃない」

「大事な話なのか?」

「たぶん」

「どうした。言ってみてくれ。私とレシュアの仲じゃないか。遠慮するな」

「うん」


 話を真剣に聞いて欲しかったので少しの間黙っていることにした。

 早く倉庫に戻りたいのか、キャジュは腕組みをしながら胡坐をかいて私の言葉を待っていた。とてもそわそわしていた。


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