10-6
「今から二十四時間以内に外さないといけないわけね。メイル、今何時?」
「午後四時だ。なにもかも手探りの作業になりそうだから下手をすると徹夜になりそうだな」
「あなた、一度家に戻ったほうがいいわ。あの子にはうまく伝えてここに来させないようにして頂戴」
「アイテルが使えなくなるからな。あんたはどうするんだ?」
「あなたがここに戻ってきた後、急いで洗浄してくるわ。あの子には申し訳ないけれど、一緒に行くの断っといてもらえる?」
「長旅の直後だものな。なんなら少し寝てきてもいいんだぞ。その間にシンクが起きてくれれば俺としてもやりやすいし」
「いいのよ。私は平気だから。それよりも早く顔を見せてあげて」
家に戻ると寝台の上で丸くなったレシュアが鼻水を啜っていた。彼女には本当に悪いと思ったが腰を据えて話を聞いている余裕はないので少し距離を置いて声をかける。
すると彼女は何事もなかったように起き上がって俺のほうを向いた。
キャジュの身体のことを掻い摘んで説明する。分からないことだらけなので時間がかかってしまった場合は家に帰らないこと。アイテル治療が必要不可欠なので心配になっても絶対に来ないで欲しいこと。それと施術はレインにも協力してもらうので洗浄場には一緒に行けなくなったことを話した。
応答を待ったがすぐには返ってこなかった。彼女の気持ちの断片が見えているだけに心苦しかった。
キャジュを見捨ててでも今夜は側にいて欲しいと言われたら、たぶん俺は本気で悩んでしまうだろう。それほどに今のレシュアも弱っていた。
「いいよ。行ってきなよ。私のことは大丈夫だから。そんなことよりも、キャジュのことを守ってあげて……」
彼女の口から吐き出されたのは、悲しみしか連想できない酷く重たい声だった。
俺はレシュアの言葉をそのまま飲み込むことしかできなかった。奥に潜めているものがなんであろうとも、それが彼女の本心だと判断したからだった。
キャジュを本当に必要としているのは俺ではなく彼女自身なのだ。心を繋ぎとめているものの優先順位を考えれば当然の選択をしたに過ぎない。
「じゃ、さくっと済ませてくるわ。またな」
交信機を食卓に置いた。直接手で渡すことは怖くてできなかった。
この女性が引き出してくれた笑顔をいつものように届けることが、今の俺にできる精一杯の配慮だ。
家を出る前にもう一度彼女を見たが、こちらに笑顔を向けることはなかった。
入れ替わったレインが普段着で戻ってきたのはキャジュが『停止』してから一時間が過ぎた頃だった。
ダクトスーツを着てくると予想していたが、彼女は意外にも部屋着でやってきた。しかも可愛らしい花柄つきで。
「あれは戦闘用の服だからね。威力だけ上げてもしょうがないでしょ。長丁場になるかもしれないんだから楽な服装のほうがいいと思ったのよ」
シンクライダーはまだ寝ていた。試しに顔をひっぱたいてみたが無反応だった。なんて使えない男なんだと思った。
「仕方がない。俺達だけでやってしまうか」
「頼りにしてるからね」
レインに一応断りを入れてからキャジュの白衣を開く。顔と同じ色をした白く艶やかな肌があった。もちろん大事な部分はしっかりと隠してもらっている。
話に聞いていたとおり、胸の下についている箱からは黒い線が腕と足と頭に向かって伸びていた。
例の棒は手首と足首の内側にしっかりと刺さっている。
「よく見るとこれ、身体にくっついているのね」
黒い線はキャジュの皮膚にしっかりと貼りついていた。指で引っ張っても取れそうにない。皮膚の中に食い込んでいるのだろうか。それともこの棒のようになにかで固定されているのだろうか。
「物は試しよ。思い切って外してみましょう」
「簡単に言うなよ」
「この細い線くらいだったら平気よ。傷だってすぐに塞がるでしょうし」
半ば強要された俺は、キャジュの身体にくっついている黒い線を力任せに引っ張ってみた。
やはり皮膚組織にめり込んでいたようで剥がせはしたものの、少しばかり血が滲んだ。赤い血だった。
止血をレインに任せて全身の線をキャジュから離す。そのあとはいつもの消毒と薬で処理をした。
次は棒だ。引っ張ってもびくともしない。
これは力任せとはいかないようだった。
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