Round.04 ユードラ /Phase.9

「先ほどはお恥ずかしいところをお見せしました」


 三人――あるいは二人と一体は応接室を出て、首都ラーンの市街を歩いていた。

 とにかく、ユードラにはカノエを解剖したりだとか、アトマを標本にしたりとか、そういう願望は、一応は、ないらしい。


「いやまあ、もう慣れたというかなんというか……警護とかは付けなくて大丈夫なんですか? お姫様なんじゃ……」


「お姫様はやめてください、そう呼ぶのはレイオンだけです。レイオンは元々、父のアルハドラ=ハインリヒに仕えていたヘルムヘッダーなのです。惑星侯マーキスとは言っても、星団公デュークである父はともかく、学者のついでに代官をやっているだけの私に、それほど政治的価値はありません」


「ところで、この服の趣味はユードラさんの?」


「ええ、外出着は大体こんな感じですよ?」


 カノエはジルヴァラの戦闘宇宙服から、ユードラの用意させたレンドラ製の衣類に着替えている。

 デザインや縫製はカノエから見て普通の、フードの付いた黒い薄手のジャケットにパンツ。ハンチング帽に赤い伊達眼鏡、ついでに髑髏意匠ドクロ・デザインの銀製イヤーカフまで付けられた。

 全体的に黒だとか赤だとか銀だとかで締められた雰囲気は、ゴスかパンクといった風情である。


 ユードラも同様にパンキッシュなスタイルで、お姫様という単語をその衣装で全力否定していた。

 ついでに学者要素も全否定している感はあるけども。


 ともあれ、こうしていればラーンの一般人に見えるはず。

 外見はともかく、ユードラはこの星の領主なのだから、警護が居ないのは疑問であったが、さすがに政治の突っ込んだ話までは分からない。

 ユードラの父、アルハドラ=ハインリヒの名が、ストーリーの登場人物として、どこと無く聞き覚えがある程度だ。


「で、それはいいにしても……コレが目立ちすぎのような」


【コレ言うな】


 カノエが半目で振り返った先には、ミニチュア用のホットパンツにシャツ、ハンチング帽を被ってサングラスまで掛けたアトマが、ふらふらと飛んでいる。

 先ほどからパンキッシュな赤黒よりも目立つこの銀紫の妖精が、往来の視線を集めまくっていた。


【しかし、いい街だねぇ。リューベックの祖先から伝わる伝統の街並み】


 アトマは目立つのも構わずに、あっちへ飛び、こっちへ飛び、ラーン旧市街の散策を楽しんでいる。

 この星の惑星侯マーキスユードラに、ジルヴァラの自我発現個体ヒューレイアトマ。そして、どうやら現在非常に希少レアらしい太陽系人類ソラスカノエ。

 奇妙な取り合わせは、どうしても人の目を引いていた。

 主にアトマが原因だが。


 三人はひとまず、テラスのある喫茶店に腰を落ち着けた。


「私の研究意欲で話が逸れてしまいましたけど、結局、お二人は何の目的でこの惑星レンドラへ?」


 よくよく考えれば、拘束されていないのが不思議な話だが、警戒されていないことに越したことはない。


「何の……と言われても困ります……僕は目的も何も……」


「そう言えば、カノエ様は六千年の間、炭素冷却カーボンフリーズで封印されていたのでしたね」


 ユードラはティーカップの取っ手をつついて遊びながら言葉を探す。


「ディエスマルティスと言うと、六千年前に銀河腕アーム間の転移航路ヴォイドレーン。いわゆる大転移航路グランドレーンを渡った“最初の七隻”の一隻です。確か、クヴァルの始帝ヴァルヴァラがその七隻の指揮を執っていた、とか……クヴァルに追われているのはそういった理由ですか?」


「そのあたりのことも、全然……いや、クヴァルとかは分かるんですけど……」


 ユードラは丁寧に説明していると思うが“こちら”の事情に疎いカノエにしてみれば、名詞の意味をヘヴンズハースの記憶から関連付けて手繰りだすので手一杯だ。


「他には……フィラディルフィアとおっしゃっていましたよね? セラエノとはお知り合い? ユーリはご存知ですか?」


【ああ、彼はフィラディルフィアから離脱した後に目覚めたから、たぶんセラエノやユーリのことは知らないと思うよ】


 また知らない名前が現れる。それに答えたのはアトマだった。


「ではアトマ様。セラエノやユーリから何か言伝などは……」


【ない】


「無いのですか!?」


【うん。バタバタだったしね。ただ、ナインハーケンズに襲われなければ、ここにあるサンバルシオンから大転移航路図グランドチャートを貰って、オリオンアームへ渡るつもりだったみたいなのだけど……】


「サンバルシオンはシンザ同盟の後期開拓船団の船ですから、大転移航路グランドレーンは航行しているはずですけど……当時の大転移航路図グランドチャートが使えますか? もう三千年も前のものですよ?」


【そこはほら、ユーリが……何とかするんじゃない?】


 人差し指をクルクル回して、アトマは得意げに言うが、ユードラはそれを聞いて溜息を吐いた。


「ユーリさんは確かに優秀な航海士リフターですけど……それだと、結局のところフィラディルフィアが無事なことを祈るしかありませんね。どちらにせよ、アトマ様が大転移航路図グランドチャートを引き出せたとしても、骨格艦フラガラッハの質量では超長距離の転移は出来ませんし……」


【そうなのよね。フィラディルフィアが無事なら解決なんだけど……】


「セラエノと連絡が取れないことには、八方塞がりですね」


 そういってアトマもユードラも塞ぎ込んでしまう。カノエが口を挟める話題でもなく、静寂が流れる。

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