警戒心を解こう

 幼女は起きた。

 起きたんだけども、ここで一つの問題が発生した。


「ふしゃーっ!!」

「どうどう、どうどう……」


 折角器に盛ってきた薬草のスープを手渡す事もできないまま、幼女と対峙する僕。

 あまり広くない部屋なので距離こそ短いけども、

 後少しでも近付くと襲い掛かってきそうなくらい、彼女の気が立っていた。


 ……いや。

 まあ、僕も怪しまれるかなくらいには思っていたし、

 魔物の成分も含まれているからこうなるとは思っていたんだけども。

 今最大の問題はそこじゃないんだ。


「服着よう、ね?」

「やーーーっ!!」


 ……助けてください、幼女が服を着てくれません。

 

 そう、そうなのだ。

 僕がスープと一緒に持ってきた子供サイズの布の服。

 新品だし綺麗なはずなんだけど、彼女は異様にそれを嫌っていた。


「いやいや、まずいって……」


 何がまずいって、この子外見幼女の癖にやたらと一部の成長がおかしいのだ。

 さっきもアレ? とは思ったけど、

 こうして立ち上がって動いている姿を見たら、その違和感は更に増幅した。


 例えるなら、リンゴだろうか。

 普通ならまだ平坦な草原を幻視するような其処エデンに、

 アダムとイヴも真っ青の、巨大な禁断の果実が実ってしまっていたのだ。

 

「これも魔物パワーなのかな……」


 なるべく目線を逸らしながら、ぽつりと呟く。魔物すごい。


「……まずは、慣れさせなきゃだめかなぁ」

 

 言葉が通じているかも分からないのだ。

 それならお手製・薬草スープの出番と行く事にしよう。


 ことん。

 スープの入った器を、ギリギリセーフなラインに置いてみる。

 

「……にゅう」


 幼女はすぐに反応して鼻をひくひくとさせている。

 もっと警戒されるかなと思っていたけど、お腹が空いているのかな。


「大丈夫、おいしいよ」


 自分の分のスープを啜りながら、安全に飲める物だと示す。


「うー……」


 幼女は言葉が分かったのか、安心したのかは分からないけど、少しずつスープへと近付いて来た。

 四つんばいで。

 近付く度に何かが揺らされているけれど、大丈夫。

 僕には見えない。

 あれはリンゴ、ただのリンゴ。

 リンゴなのだ。


「……ん」


 幼女は無事スープの元へ辿り着くと、一度こちらをチラっと見た後口をつけた。

 四つんばいのまま。


「にゃっ!」

「わ、大丈夫!?」

 

 器も持たずに顔を突っ込んだので、傾いてしまった器からスープが少し漏れた。

 それが彼女の首にかかってしまったので、慌てて体を拭きに近付く。


「ふ、ふしゃーっ!」

「こら、暴れないの」


 逃げようとする幼女を捕まえてガッチリホールド。

 抵抗されたらどうしようかと思ったけど、力の差は見た目通り……じゃない、強いな、この子!

 けど根性で抑え込んで、スープの掛かってしまった部分を丁寧に拭いていく。


 うん。

 ……裸の幼女を逃げられないように無理矢理捕まえて体を拭くって、

 何だか物凄い犯罪臭のする絵面だよね。


「はい、もう大丈夫」

「んぅ……」


 邪念を振り払いつつ終えるも、幼女は逃げだす事も無く素直にその場に留まっていた。

 もしかして、警戒されなくなったのかな、なんて思う。

 

「にゅう……」


 幼女の視線の先には、少し零してしまったスープがある。

 こっちも警戒されちゃうかと思ったけど、まだ飲む気はあるようだ。良かった。


「でもね、あれはきちんと手に持って飲まなくちゃ危ないよ?」

「……?」

「ああ、言葉が分からないのかな。……よし、じゃあ」


 僕は幼女の分の器を取って、ふーふーと息を吹きかける。

 隣に四つんばいでいる幼女は、そんな僕を不思議そうに見ていた。


「よし、これで熱くない。

 ……ほら、持っててあげるからお飲み」


 秘技ふーふーである。

 小さい頃、僕もよくやって貰ったんだよね。


「……」


 幼女は僕とスープとを交互に見て、少し悩んで、やがて口をつけ始めた。

 

 ちろっ。

 ちろちろっ。

 ちろちろちろっ。


「……!」

「こら、慌てないでゆっくりね」


 どうやらお気に召したらしく、休むことなくスープを飲み始めてくれた。

 一心不乱に一生懸命、手の平の上で啜る幼女は何ていうか、こう……かわいい。

 めちゃくちゃかわいい。

 お持ち帰り、したいな……。


「んーっ」

「わ、わ」


 なんてトリップしていたら、いつの間にか器を空にしたらしい幼女が身体を擦りつけて来た。

 な、なんか嘘みたいに懐かれてるんですけど。

 スープの力恐るべし。


「はは、くすぐったいよ」

「んーっ!」


 勢い余って僕の首筋から何までペロペロしだす幼女。

 字に表すととっても危険な香りがぷんぷんするね。


 ……とりあえず、警戒心を無くすことには成功したらしい。

 ペロペロ舐め続ける幼女と戯れながら、

 僕は何とか彼女に服を着せる事に成功する。


「やーっ!」


 自分の体の上に何か着る、というのが慣れないのだろうか。

 それなりに嫌がってはいるけども。


「似合ってるんだけどなあ」


 やっと暴れるのをやめた幼女を、改めて見回してみる。


 130センチ程度の身長。

 高く見積もっても一桁程度しかない身体に不釣合いな、大きなリンゴ。

 腰まで届く長い紫色の髪。

 それらを包む、白い布の服。


 うん、やっぱりよく似合っている。

 ちょっと気になる所といえば、やっぱり角だろうか。

 それと大きなリンゴ以外は本当に、普通の幼女と変わらない。


「……さて」


 うーっ、と服の裾を引っ張っている彼女を見て、僕は考える。


「今後どうするか、だよねえ」


 この世界でエルフは見れど、魔物の一部を有した人間なんて見た事が無い。

 僕が行った合成が正しかったのか、何らかの要因が重なって生まれたのかも定かでは無い。


 いずれにせよ、この子を一人で放り出す訳にもいかない。

 人間に見つかったらタダじゃ済まないだろうし。

 そんなのは僕も望まない。


「うー?」

「……よしよし」


 心配そうに顔を覗き込んでくる幼女の頭をぽんと撫でる。

 ……この子、結構人にほいほい付いていっちゃいそうだよね。

 せめて、言葉が通じたら何か分かるかもしれないのに。

 

「そうだ、見てみるか」


 僕はふと思いつく。

 言葉が通じなくても、少量の情報を見る魔法があったじゃないか。


 対象の肉体能力や魔力なんかを分析して、大よその数字として出力してくれる魔法。

 言語が通じないとほとんど意味は無いかもしれないけど、それでもやらないよりマシだよね。


「よし、――"解析"」


 解析。

 主に魔物相手に使う魔法だ。

 僕は彼女の額に手を当てて、魔法を放出する。

 一瞬の間を経て、僕の手にじわりと熱い物が広がった。


「?」


 幼女はきょとんとしてるけど、なんとも無いらしい。

 成功だ。

 

 床に手を当てると、大きな魔方陣が広がり始め、

 つらつらと文字を描いていく。

 息を呑みながら、僕はそこに書かれた文字を読み始めて――


「……えっ?」


 そこで、絶句した。


【種 族】ユニコーン・A

【レベル】1

【 ATK 】637

【 DEF 】3767

【 INT 】1287


 まだ僕が使い慣れていないからか、出てきたのは簡素な情報だけ。

 それでも、目を見張る数値ばかりだった。


 おかしすぎる。


 ……大よそ、戦士役とされる冒険者の基準ATKが130から200。

 600ってなんだこれ?

 DEFなんかは意味が分からない。

 INTも充分おかしいんだけど、それが霞んで見えるレベルだ。

 そういえばこの子、スープが掛かって熱がってはいたけど火傷も何もしてなかったような……。

 それに、身体強化魔術を施している僕の力でも抑え込むのがやっとだった。


「ううー?」


 床に突然映し出された数値の意味が分からないのか、幼女は首をかしげている。


 ……勿論、これはあくまで魔力が導き出した参考の数値だ。

 やり方が間違っていた可能性も否定しきれない。


 でも。

 もし、これが本当なら……。


「言葉、覚えられるかも……」


 INTの数値に注目しながら、僕は目を輝かせた。

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