陽子side その5

縦一直線に連なり、逃走車を追うパトカーの群れ。

列を広げることができないのは、今走っているのが狭い道だからである。


猿面時計強盗とのカーチェイスは今や、住宅地へと舞台を移していた。

なぜか執拗に駅周辺を走り回っていた強盗犯は、これまたなぜか突然に方針を変えたのである。

一方通行の細い車道を、恐ろしいスピードで逆走していた。

追う方もそれにならうしかないが、警察としては周囲への注意も怠ることができない。

逃走車を見失わぬよう、付いていくのが精一杯だった。


強盗犯が一転して、警察を撒きにきたきっかけ。

それは謎の少女の出現にある。

そのように考える警官は少なくなかった。

どこからか現れた顎ヒゲ少女が車上に張り付いた途端、セダンが大通りから横道へとはずれたためである。

強盗犯は何らかの理由で少女を待っていたのではないか。

そのため街中を走り回ることで時間を稼ぎ、そして彼女の到着と共に本格的な逃走を開始したのだ。

だとすればヒゲ少女は強盗の一味、それどころか主犯格かもしれない。

「止まりなさい!今すぐ車から降りなさい!」

少女と猿面に向かい、警官達はスピーカーで呼びかけ続ける。

だが、前を行くセダンはガン無視を決め込み続ける。

ルーフにしがみ付くヒゲ少女も振り返りすらしない。


そして、そんなときである。

「うわぁっ!」

1番前を走るパトカーにて、ハンドルを握る警察官が突然ブレーキペダルを踏み込んだ。

パトカーが急停止する。

後に連なる車両も止まらざるを得ない。

前から順番にブレーキランプが灯る。

「バカ野郎!なにやってる!」

あわや大規模な玉突き事故を起こすところである。

先頭のパトカーへ向かい、後続する警官達が怒鳴った。

しかし、先頭からの反応はない。

再び走り出そうともしない。

仕方がなく警官達は車両から降り、続々と前へ集まってきた。

そして彼らは理解する。

「なんだ、あいつらは......」

先頭のパトカーが止まった理由。

それは、道の先に人が立っていたからである。

逃走車が通過した直後に、脇道から現れたのであろう。

通せん坊をするように道路を塞いでいる。

人数にして、およそ20人。

年齢も性別もばらばらで、服装もスーツやジャージ、学ランなど様々だった。

一見すると通行人にしか見えない。

「うっ......⁉︎」

しかし警官達は思わず声を上げかける。

目の前を塞ぐ老若男女にはただ一つ、不気味な共通点があった。

額に札を貼っているのだ。

カマボコ板ほどの大きさの白い紙。

そこへ墨で何やら字を書き付けたものを、全員が額から垂らしている。


異様な光景に警官達はたじろいだ。

事態が飲み込めない。

わかるのは、眼前の20人が無関係な他人同士ではないということだけだった。

お揃いの札を付けている以上、何らかの組織として警察の前に立ちはだかっているのは明らかである。

時計強盗の仲間か。

当然、警官らはそう疑う。

このキョンシーもどき達は、強盗犯と警察の分断を狙ったとしか思えないタイミングで現れたのだ。

それは一歩間違えば、自分達がパトカーに撥ねられてもおかしくない瞬間だった。

「しかし、何のために......」

警官の1人が呟く。

札を付けた者達が、強盗犯をそこまでして逃がそうとする理由がわからない。

猿面どもに命令を受けたとして、逮捕や轢死を恐れず飛び出してくるとは。

言わば意思を持たぬ捨て駒である。


道路に並んでこちらを見続ける人々。

数瞬の沈黙の後、ようやく我に帰った警官らは口々に叫ぶ。

「なんだ、お前らは!」

「そこをどけ!道を開けろ!」

しかし返事はない。

空洞のような目で、彼らはただただ警官を見返すばかりだった。



「あれ?」

背後が静かになった気がする。

セダンの屋根の上、うつ伏せの陽子は首だけで振り返った。

パトカーがいなくなっている。

あれだけ追い掛けてきていたのが、いつの間にか1台残らず消えていた。

他に用事でもできたか。

それとも警察は、この事件を自分に一任することにしたのだろうか。

陽子はそんな風に思った。

強盗の主犯かとまで疑われていることなど、彼女は知る由もない。


さて、いよいよ孤立無援になった陽子だが、もとより彼女は警官に助けを求める予定などなかった。

自分の手で強盗を捕まえ、人質を救いたいのだ。


ウィスカーとの一瞬の邂逅の後、陽子は普段の落ち着きを取り戻し始めていた。

別に普段から落ち着いているわけではないが、要は怒りと焦りのために狭まっていた視界が開けた感覚である。

思いがけず、ネコの知り合いに会えたのが良かったのかもしれない。

こちらを向いてあんぐりと口を開けたウィスカーの顔を、陽子は思い出す。

言葉こそ交わさなかったが、表情を見れば彼の心は伝わってくる。

「オッケー、ニャンコ。絶対こいつら捕まえてみせるからな!」

同時刻、半分壊れたウィスカーがツバメに応援を求めていることも、彼女はまだ知らない。


何も知らず、また推量もことごとく間違っている陽子だが、既に次の手は思い付いていた。

猿面達への反撃開始である。

彼女は車の屋根の上、匍匐前進を始めた。

寝そべったまま二の腕を繰り、ずりずりと前へ這っていく。


そして、

「ばあっ!」

とフロントガラスから逆さに垂れ下がった。

前面を覆う陽子に視界を遮られ、運転手の猿面は首を横へずらす。

そんな男に向かって、陽子は手を伸ばした。

ガラスを通過する左腕。

ヒゲシャイニーの魔法を使い、腕だけを車内に突っ込む。

陽子は運転手の襟を掴むと、思い切り前に引っ張った。

「おらっ!」

透明なものを通り抜けられるのは陽子の身体だけである。

猿面男はしたたかにフロントガラスの内側へ頭をぶつけた。

陽子は続けて腕をガラスに出し入れする。

それに合わせガンガンと、男は仮面越しに額を打った。

「あははは!」

陽子は面白くなってくる。

適当にやってみたことが、思いのほか効果的だったからだ。

外にいながらにして、車中の猿面へ攻撃できる。

ウィスカーの言うとおりだと陽子は思った。

どんなにショボいと思われる能力にも多少の使い道はあるものなのだ。


調子に乗った陽子は、更に力を込めて運転手を揺さぶる。

「これはツバメにナマズ獲りを断られたアタシの分!」

彼女は叫び、猿面の額をガラスに打ち付けた。

そして男を運転席のシートに押し戻すと、また強く引っ張る。

「これは良いところで野球を打ち切られたアタシの分!」

全く関係ないことの腹いせに、攻撃を受け続ける運転手の男。

フロントガラスに頭を打った際、猿を模した面に亀裂が入る。

「そしてこれは、ゲーセンでハブられたアタシの分だあー‼︎」

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