第100話
「……ふむ」
まだ来るか? 痛みに備えようと思ったが、ここでレオスは攻撃を止めた。
俺をその辺に放り投げた。それから見直すと、レオスは、俺の入って来た扉に向かって歩き始める。
こっちにはまだ天照之黒影があるというのに……何故?
「ど……どうし、た、魔念人……殺さねえ……の、カ……!?」
「いいや。実力が分かった。貴様は脅威には値しないと理解した。故に、次の脅威に行く」
「……!?」
「見ろ」
言いつつ、レオスは――『後ろ』の壁を指さす。
そこは、さっきまでの殺風景な壁とは違っていた。まるでスクリーンのように、何かの映像が映っている。
それは――陸前と、それを阻むあの爺さん・ピスパーの映像だった。
「あの女もまた神器持ち。我は奴を屠りに行く」
「俺を放置して……か?」
「言ったはずだ。貴様は既に脅威ではない」
脅威ではない、だって?
舐められたもんだな――と口を突いて出掛けるが、その言葉はすぐに詰まってしまった。さっきの不意打ちのような背後に回っての攻撃という超スピード。人間には対処のしようがなさすぎる。
「そこで大人しくしていろ。そうすれば後で楽に殺してやる」
「……?」
レオスは俺を見ず、やたらゆっくりと歩みを進めていた。
陸前が殺される。そんな焦りが湧きだしてくるが、俺の中で弾けた疑問が頭を冷静にしてくれた。
何故こいつ、俺へのトドメをここで刺さない? ピスパーの壁を破っても破らなくても、陸前はここに来る。急いで陸前を殺しに行く必要性は無いはず。
急いでいるにしても何故こんなにゆっくり歩いている?
そして初撃になったあの一撃……レオスは本当に一切動いていないのに、何でそんなことが出来た?
鼻血がだらだら垂れてくる。それはタイル張りの床に垂れ、血だまりを作って行く。
「……?」
いや、待て。
この床……タイル張りのはずだろ?
「……レオス。一つ聞かせろ」
「冥土の土産をやる趣味はないが」
「んなもん要らねえよ。ただ、こっちを見て答えろレオス」
俺は天照之黒影を、片手で構えなおした。
そして、俺を睨んだレオスに見えるように、左手を胸に持ってきて「三本指」を立てた。
「今の俺の立てた指の数を答えろ」
今度は、「聞こえた」。
殺到する、衣擦れの音。刹那に蘇る、殺気。害意。
その全ての出所は、今だからこそ分かる。
「そこだ!」
俺は「背後」から来ていたレオスの胸を貫いた。
「……! ぐ……ぬおおおっ!?」
レオスは明らかな苦痛を声にした。
「だまし討ち……! まさかトップがそんなことをしてくるなんて、夢にも思ってなかったからな。騙されちまったよ」
俺はレオスから天照之黒影を引き抜いて――『床』に突き刺した。
すると、剣の刺さった個所には、僅かに放射状のヒビが入る。それはまるで、ガラスか何かを打ち割ったかのように。
「この部屋は全面が「画面」になっている……さっきまでテメーがいたところも、座っていたテメーも、全部映像だ。本人は攻撃の時だけ俺の後ろから出てきて、攻撃すりゃあいいってことか。随分セコイ真似してくれるじゃねえかよ」
「よくぞ……我が部屋のからくりに気が付いた。どうやら、十把一絡げの者ではないらしい」
「タイル張りのクセに、継ぎ目に沿って血が流れなかったんでね……。しかしアンタ、やたら慎重なんだな。あそこで攻撃をやめて、俺を挑発して……また騙し討ちで確実にトドメを刺すつもりだったんだろ? 本気で殺りに来てるんだな」
「その通りだ。我は貴様を殺すことも辞さぬ」
ある意味で潔く。ある意味で絶望的な宣言だ。
「手段など問わん。如何様な卑怯をも我は喜んで行使し、貴様を叩く。名誉など既に奪われ尽くした身。何の躊躇いもない」
「……」
「残念だ。兼代 鉄矢。あのまま我が幻影に踊らされ死していたのなら……貴様は、これから起こる絶望を味わわずに済んだだろうに」
「絶望……?」
何の話だ? それほどの恐るべき能力がこいつにあるとでもいうのか?
「見るがいい、兼代。これが絶望の形だ」
レオスはそう言って、体から小さなものを取り出す。
それは小型のナイフ程の大きさの武器――武器?
ちょっと待て。
魔念人って、魂の無い物は持てないんじゃなかったか?
嫌な予感が、じくじくと胸を蝕んでいく。
「解放」
そして、レオスの言葉に応え――そのナイフは「闇」を広げた。
黒煙のような「闇」の奔流。それが収まると、巨大な剣が姿を現した。
無数の骸骨が纏わりついたような柄に鍔。人の腕の骨のような形をした刀身。薄い赤色のオーラ。
「銘を、「伊邪那美之御骸(いざなみのみむくろ)」
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